世界に残る貴重な建築物、自然、芸術をユネスコが世界遺産として保護していることは有名だが、伝統医療も儀式や祭り、言語、音楽などと同じ「無形文化遺産」として保護の対象になっていることはご存じだろうか。2023年末には、インドネシアの伝統的な健康飲料「ジャムゥ」が無形文化遺産として新たに登録された。
インドネシアからフィンランドまで、ユネスコが保護する「健康にいい」無形文化遺産と、それらを体験できる5つの国を紹介する。
今、観光客に人気のジャムゥは、およそ1200年前に建てられた石造寺院にもレリーフとして刻まれている。ジャワ島にある世界最大規模の仏教建築物「ボロブドゥール寺院」に残るこうしたレリーフからは、ショウガ、ライム、ターメリック(ウコン)、タマリンドなどを原料として作られたジャムゥを病気の男性に与えている様子が見て取れる。
ジャムゥは体温を整えることで病を癒やす。バリ島では多くのカフェや露店で売られている。熱がある人には冷たいジャムゥが、悪寒に悩む人には温かいジャムゥが提供される。インドネシアではあらゆる年齢層の人たちが飲む。ジャムゥの作り手は主に女性で、自ら栽培したハーブやスパイスを使う人が多い。
ジャムゥの作り方は地方によって異なり、飲む人の年齢や健康状態に応じて配合を変える場合もある。友人や家族のためだけにジャムゥを作る人もいれば、店や市場で売ったり、観光客にジャムゥ作りを教えたりする人もいる。
バリのアヤナリゾートでは2時間のワークショップが開かれており、経験豊富な作り手の指導の下、参加者はジャムゥの歴史を学び、リゾート内の農園で摘んだハーブをゆでてジャムゥ作りに挑戦できる。
インドを訪れる旅行者は、悟りを得たい、体や心を回復させたいなどさまざまな個人的なニーズから、ヒマラヤ山脈の山腹や、ヤシの木が茂るビーチ、寺院の床などで体をひねってきた。すべて、5000年の歴史を持つヨガの効果を期待してのことだ。
北部インドで誕生したヨガは、フィジカルかつスピリチュアルな実践であり、哲学でもある。ヨガは簡単なものから複雑なものまで一連のポーズからなる。ポーズをとると同時に瞑想やチャンティング(詠唱)を行ったり、呼吸をコントロールしたりすることで、心の平和を得ることができる。
ユネスコはヨガを「性別、階級、宗教に関係なくあらゆる年代の人が実践している」と紹介している。
旅行者は自分が求めるレベルに応じて、北部の都市シムラーにある「ワイルドフラワー・ホール」といった5つ星ホテルでの単発レッスンから、ダラムコットの町にある本格的なヨガスクール「ヒマラヤ・アイアンガーヨガ・センター」まで、さまざまな場所でヨガを学べる。ムンバイ近郊にある100年の歴史を持つヨガスクール「カイヴァリアダマ」などでヨガ指導者の資格を取る外国人も多い。
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タイの観光地にはマッサージ店が乱立しているため、外国人はともすればタイマッサージを単なる営利目的の事業と捉えてしまうかもしれない。
しかしヌアット・タイ(タイ古式マッサージ)は2500年の歴史を持ち、タイ文化の柱とも言える存在だ。多くの家庭でも実践されているマッサージを、タイの人々は芸術と科学が融合したものとして誇っている。
ヌアット・タイのマッサージ師は手、足、ひざ、ひじなどを巧みに使って、患者の体をもんだり、曲げたり、伸ばしたり、絞めつけたりする。こうすることで体にある7万2000本の「セン」というエネルギーの通り道を刺激し、健康状態を改善させる。タイ仏教の考えでは「セン」の通りをよくすることで、水、風、火、地という体の中の4つの元素のバランスが整えられる。
旅行者はプーケットやチェンマイなどに数多くあるヌアット・タイのマッサージ店で体をほぐしてもらうといいだろう。あるいはバンコクにある「ヌアット・タイ・マッサージ・スクール」でその技を学ぶこともできる。
人の体に細い鍼(はり)を刺す習慣はおよそ5000年前に中国で始まった。背景には中国古代哲学がある。この治療法には、体の中の陰と陽のエネルギーのバランスを整える働きがあるとされる。
鍼もヌアット・タイと同様に、生命力の流れの滞りを取り除き、心と体の健康を取り戻すことを目的としている。「気」と呼ばれる生命エネルギーは、主要な臓器を結ぶ12本の経脈(けいみゃく)を流れるとされる。
鍼師は通常、5本から20本の細い鍼を患者の皮膚の経穴(けいけつ、ツボ)に刺入(しにゅう)することで、片頭痛、筋肉痛、呼吸器疾患から生理痛まで治療する。鍼治療によって、いわゆる「幸せホルモン」の1つであるエンドルフィンが分泌されるという研究もある。
中国を訪れた旅行者は、たとえば上海にある「ボディアンドソウル・メディカルクリニック」の2つの支店で鍼を体験できる。
誕生から1万年近くを経ても、フィンランド人が愛してやまないサウナ。人口わずか550万人のこの国には約330万台のサウナがある。9割のフィンランド国民が最低でも週に1度は入るというサウナは、彼らにとって単にストレス解消の場所ではない。
サウナはフィンランド人にとって社交の場であり、自然と対話する場でもある。湖畔や森、山など美しい自然の中に設置されたサウナもあり、そこに家族や友人が集まり、会話を楽しむ。
外国からの旅行者もヘルシンキにあるサウナ店「ロウリュ」や、サプミ(ラップランド)にある「アークティック・サウナワールド」、ヌークシオ国立公園内にある「ホークネストサウナ」などで、フィンランド式サウナを楽しむことができる。