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米国人がメートル法でなく、ヤード・ポンド法を「好む」理由

  • 2024年6月22日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

米国人がメートル法でなく、ヤード・ポンド法を「好む」理由

 米国、ミャンマー、リベリアの共通点をご存じだろうか。「この3カ国には恥ずかしい類似点がある」とメートル法支持者は主張する。メートル、グラム、キロメートルではなく、フィート、ポンド、マイルという帝国単位(ヤード・ポンド法)を使用しているのだ。

 しかし、実は、話はもっとややこしい。米国ではフィートやポンドといった単位が広く使われているが、実際に国が推奨しているのはメートル法だ。

 では、なぜ米国人はメートル法を使わないのか? メートル法の発展の歴史と、なかなか日常生活に定着しない理由を見ていこう。

実は推奨されていた

 まずはこんな事実から。「米国では1866年にメートル法の使用は法制化されています」と、度量衡の標準を管理する米国国立標準技術研究所(NIST)の連邦メートル法プログラムを主導するエリザベス・ベンハム氏は言う。

 実際に、1970年代以降、貿易や商取引においては、メートル法(国際単位系、SI)を国として推奨する方針を政府は示してきた。しかし、使用は任意で、一律的な制度とはせずに産業界や個人にSIの使用をやんわりと促す程度だったために、普及に1世紀以上も費やす結果となっている。

混とんから始まったメートル法

 事の難しさは、度量衡にまつわる混とんとした歴史からも見て取れる。メートル法の起源はフランス革命にさかのぼる。18世紀後半の啓蒙思想の時代、フランス人は、国を襲った政治的混乱の中に、ある大きなチャンスを見いだした。その頃のフランスには膨大な数の計量単位が存在し、国内だけでも25万種類もの単位が使われていた。

 フランス以外でも、国ごとに、さらには同じ国でも地域ごとに独自の計量単位があった。世界共通で一定の決まりに基づく国際基準を夢見る科学者にとっては、悪夢としかいいようがない状況だ。

 新たな体系づくりを任されたフランス科学アカデミーは、その基準となる尺度を、パリから測定した「北極から赤道までの距離の1000万分の1の長さ」と決めた。これを1メートルとし、著名な科学者らによって苦労の末に文書にまとめられ、以後すべての度量衡の基礎となった。例えば、1ミリリットルは1立方センチメートルの水の体積、というように。

なかなか進まない切り替え

 メートル法はすぐさまフランスで採用されたが、一般市民が新方式を取り入れるのに時間がかかるのは世の常だ。導入は遅々として進まなかったが、メートル法は世界中の科学者に電気ショックのような衝撃を与え、電気や磁気などの定義にメートル法が使われるようになっていった。

 やがて、メートル法の概念が広まり始める。1866年になる頃には米国でも採用され、同年、商取引でのメートル法の使用を認める法律が可決された。

 ゆっくりではあるが、メートル法は米国内に広く知られるようになる。最初は、度量衡の標準化のため、各州に提供された真鍮製の原器によるところが大きかった。

 その後、1875年に米国、ドイツ、ロシア、フランスなどの大国によってメートル条約が締結されたことも、後押しとなった。条約を機に度量衡の国際的な運営機関が設立され、米国がメートル法に切り替わる道が大きく開かれた。

 ところが、米国内での普及は依然として進まなかった。その間、科学者たちがメートル法の改良を重ね、多くの分野に適用を広げていったにもかかわらず。

 1960年を迎える頃には、メートル法は電圧や速度、熱容量、放射輝度に至るまで、地球上のありとあらゆるものを網羅し、近代化された。この年、国際単位系(SI)が定められ、世界中で採用された。

次ページ:メートル法への切り替え

 米国以外の国々は着々とSIを採用し、道路標識や容器を変え、学校ではメートル法を教えた。何年も遅れをとっていた英国でさえ、他のEU諸国と足並みをそろえようと、メートル法を広く取り入れた(EU離脱後、メートル法反対派は「メートル法の使用を止めるべきだ」と主張、議論を呼んでいるが、その案はまだ採用されていない)。

 メートル法の採用が国際的に広がり、連邦政府も使用を促す方針を強めたものの、米国の足取りは重いままだった。メートル法は複雑で導入費用がかかりすぎると主張する企業経営者、「外国」の影響を快く思わない議員、連邦政府による大々的な採用は州の権利を侵害しかねないとする論争などが、抵抗に拍車をかけた。

 その結果、混乱が生まれた。1975年にメートル法転換法を制定し、米国は正式にSIを国家として推奨すると宣言したが、連邦政府機関においてさえ、産業、教育、商業、日常生活でのメートル法の採用に向けた動きは鈍かった。

 道路標識が一例だ。メートル法転換法の施行後、連邦政府当局は米アリゾナ州に新設した州間高速道路をSIのシンボルにしようと、マイル標識ではなく、キロメートル標識を設置した。しかし、運輸当局は、高速道路網の他の場所に、メートル表記のみの標識の設置を広げようとはしなかった。

「今も米国内ではヤード・ポンド法とメートル法の両方が広く使用されている」とベンハム氏は言う。そして、「私たちは、単位が混在するリスキーな環境に身を置いているのです」と指摘する。併記ラベルは一般的になっているし、定規や道路標識、工具をよく見ればメートル法の表記があることも多い。そのために計算ミスや混乱が生じ、大きな損害を招くこともあろう。

「(メートル法を)推進するリソースや技術者を持ち合わせた大企業では、メートル法の採用が戦略的優位性をもたらすことを即座に理解し、最善策を取って先に進むことができています」とベンハム氏は説明する。「しかし、中小企業や個人の場合は、メートル法への切り替えにはサポートが必要です。生まれたときからメートル法が見につくように次世代の子どもたちを教育しようとしている人々に対する支援体制も欠かせません」

メートル法への切り替え

 それでもなお、「メートル法への自主的な移行は不可能ではない」というのがベンハム氏の持論だ。「自分の身近なところに存在するメートル法を探してみてほしい」と言う。「私は氷山を例えに使うのですが」とベンハム氏は続ける。「表面に出ているのは帝国単位系ですが、食品ラベルや車のスピードメーター、温度計など、多くの産業ですでにメートル法が使われています」

「最終的には、個々人が一歩踏み出して日常生活で使うと決めない限り、メートル法への完全移行は実現しない」とベンハム氏は言う。ベンハム氏が仕事では教育に力を入れ、日常生活ではメートル法に切り替えた理由もそこにある。スマートフォンの設定を変え、長さはマイルからキロメートルに、温度は華氏ではなく摂氏にしている。

「私たちにはテクノロジーがありますから」とベンハム氏は期待を寄せる。「変化は起きます。強制される場合に比べ、ゆっくりとしていますけれど」

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