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今や菌に薬が効かない「ポスト抗生物質」時代に、年500万人死亡

  • 2024年6月24日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

今や菌に薬が効かない「ポスト抗生物質」時代に、年500万人死亡

 80年前にペニシリンが広く使われるようになった直後から、細菌は抗生物質(抗菌薬)をかわす方法を見つけ始めた。それ以来、危険な微生物と人類との間では“軍拡競争”が繰り広げられてきた。新たな研究によると、この闘いで人類は敗北を続けているという。

「薬剤耐性菌のパンデミック(世界的大流行)は非常にゆっくりと進行してきたため、あまり注目を浴びてきませんでした」。しかし、現在の耐性菌の増加傾向と、この問題に対処できる新たな抗生物質の不足を考えれば、より注目される必要があると、米国立衛生研究所(NIH)の一部である米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)の研究医クリスティーナ・イェク氏は言う。

 世界保健機関(WHO)によると、抗生物質への耐性をもつ細菌は、世界的な公衆衛生で最も重要な課題のひとつだという。これらの細菌により、世界では毎年推定約500万人が死亡している(編注:日本では、重要な2種類の薬剤耐性菌の血流感染症で年間約8000人が死亡している)。細菌が抗生物質に耐性をもつようになると、医師は感染症を簡単に治せなくなる。

「以前から医師の間では、有効な抗生物質が存在しないポスト抗生物質の時代に突入するだろうと言われてきましたが、多くの点で、われわれはすでにその時代にいると言えます」と語るのは、米エール大学医学部の臨床部門であるエール・メディシンの感染症内科医リック・マーティネロ氏だ。

「抗生物質の助けがなければ、感染および入院の長期化や死亡など、患者がたどる経過はより厳しいものになるでしょう」

院内感染の増加

 イェク氏らNIHの研究者が2024年春、スペインのバルセロナで開催された欧州臨床微生物感染症学会で発表した予備的な報告によると、米国ではコロナ禍の最中、入院患者のうち耐性菌に院内感染した割合が32%増え、入院患者1万人あたり38人にのぼったという。この割合はその後やや低下したものの、依然としてコロナ禍前の水準を少なくとも12%上回っている。

 最も大きく増加したのは、「カルバペネム系」と呼ばれる抗生物質に耐性をもつ細菌による感染だった。それらには、重大な院内感染の原因となっているアシネトバクター・バウマニ、緑膿菌、腸内細菌目細菌が含まれる。

 米疾病対策センター(CDC)は、米国で耐性菌感染症の発生率が通常よりも高くなっていると、コロナ禍の最中に警鐘を鳴らした。2020年には死者が2万9400人を超え、その半数近くが病院内で感染していた。

 耐性菌感染症の患者の割合は、いずれ以前の水準に戻るだろうと期待されていたが、イェク氏によると、これまでのところ、院内感染する患者の割合は元に戻っていない。

 また、薬の開発も遅れている。米食品医薬品局(FDA)によって近年承認された新たな抗生物質は、その大半が従来の薬に変更を加えたものであり、耐性菌に作用する新しいメカニズムをもっていない。「われわれは厳しい現実を突きつけられています」とイェク氏は言う。「耐性菌が進歩する一方、こちらはほぼ停滞したままなのです」

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耐性菌感染症にかかりやすい人たちは?

 NIHの報告には、保険会社や医療システムから集めた全米200万件の入院データが含まれており、研究者らは、耐性菌感染症に最もかかりやすいグループの特定を試みた。

 すると、ほかに病気をもっているほど、耐性菌感染症にかかる可能性が高いことがわかった。

 さらに、ヒスパニックや低所得者、教育水準が低い人々でも、感染率は増加していた。「データで際立っていたのは、社会的に弱い立場の人ほどリスクが高いということです」とイェク氏は言う。

 また、同じ国際学会における米デューク大学などの報告によると、カルバペネムに耐性をもつ腸内細菌目細菌に感染した米国の黒人女性は、同じ状態の白人の男女よりも死亡率が高かったという。そうした女性たちの中には、入院前から血管や腎臓の病気を抱えている例が多く見られた。

院内感染はとりわけ厄介

 どこで感染した場合でも耐性菌は重大な問題だが、院内感染はとりわけ厄介だ。その理由のひとつは、院内感染する耐性菌は一般に毒性が強く、より多くの抗生物質に耐性をもっている可能性が高いため、体に障害が残ったり、死亡したりする確率が高くなることだ。

 また、院内感染は「われわれ(医療従事者)が感染を引き起こしたことを暗に意味しています」とイェク氏は言う。細菌は、カテーテル、点滴ライン、外科手術の開口部などを通して患者の体内に入る可能性がある。

 2022年に医学誌「Cureus」に掲載されたレビュー論文ではほかにも、医療施設への長期の入院や、抗生物質を過去3カ月以内に使用したことなどがリスクとして挙げられている。

医療と農業での使い過ぎ

 科学者らは何年も前から、抗生物質の無差別かつ過剰な使用が耐性菌のまん延につながることを知っていたが、状況を変えるには至っていない。医療での使い過ぎに加えて、抗生物質は畜産や農業でも頻繁に使われている。

「抗生物質はニワトリやウシの成長促進剤として使われたり、ナシやリンゴの木に散布されたりすることもあります」とマーティネロ氏は言う。

 抗生物質や抗真菌薬にさらされると、多くの細菌や真菌は死滅するが、生まれつき耐性をもつものは生き残って増殖するだけでなく、その特徴をほかの微生物にも伝える。時がたつにつれ、一部の細菌が1つだけでなく複数の抗生物質への耐性遺伝子を蓄積していく。こうした多剤耐性の微生物は、とりわけ治療が難しくなる。

次ページ:不必要な抗生物質の使用を控える

 このような状況では、「患者には奇跡を祈って複数の抗生物質を投与し、相乗効果を期待することになるのですが……全体として、そうした患者は感染症から回復せず、その多くが死亡する可能性が高いのです」とイェク氏は言う。

 複数の薬を組み合わせることが有効な場合もある。たとえば、「Cureus」のレビュー論文によると、セフタジジムにアビバクタムという抗生物質を組み合わせて使うと、緑膿菌に対する有効性が65%から94%に上がるという。

不必要な抗生物質の使用を控える

 科学者らは、今も効果的な新薬を探し続けている。米マサチューセッツ工科大学の研究者らは最近、ある細菌の酵素を阻害する方法を発見した。これは新たな種類の抗生物質の開発につながる可能性がある。このほか、人工知能(AI)を活用して新薬の候補を見つけ出そうと試みる研究もある。

 一方、多くの病院では、耐性菌の感染を最小限に抑える手順を定め、手指の衛生、器具の消毒計画、院内清掃の改善などに取り組んでいる。

 こうした対策にはまた、入院中に抗生物質を使う期間を適宜短くすることも含まれる。抗生物質の使用を抑えれば、死亡率を上昇させずに入院期間を短縮しうる。

 地域の診療所で患者を診ている医師もまた、患者を安心させるために抗生物質を出すなどの不必要な処方を控える必要があると、イェク氏は言う。

 抗生物質は、常に正しい解決策になるわけではない。副鼻腔炎という鼻の疾患は、アレルギーで起こる場合もある。インフルエンザの原因はウイルスだ。いずれのケースでも、抗生物質では改善は見込めない。

 もしあなたが実際に細菌感染症にかかり、医師から幅広い種類の細菌に効く抗生物質を処方されたときには、より標的を絞った薬の方が効果があるのではないかと聞いてみてほしいと、イェク氏は言う。

 また、マーティネロ氏は、抗生物質を含む可能性の低いオーガニック食品を購入したり、食品会社に対して動物や作物への抗生物質の使用を減らすよう働きかけたりすることを勧めている。

 マーティネロ氏は言う。「抗生物質の恩恵はいずれ失われる可能性があることを、われわれは理解する必要があります。間違った使い方をしていれば、その危険性はさらに高まります」

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