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私たちは実は努力が大好き、挑戦に駆り立てるドーパミンの力

  • 2024年5月20日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

私たちは実は努力が大好き、挑戦に駆り立てるドーパミンの力

 へとへとになりながらマラソンをしているときや、無為にスマートフォンをスワイプしているとき、私たちはよく自問する。「自分はなぜ、こんなことをしているのだろう?」

 どちらの答えも「ドーパミンのせい」だ。ドーパミンは脳の神経伝達物質で、報酬の処理や、報酬を追い求める動機付けに関わっている。食べ物であれ、ドラッグであれ、インスタグラムの「いいね」であれ、私たちが何かを快いと感じると、ドーパミンがそれをもっと欲しくさせる。ときに中毒と言えるほどまで。

 米スタンフォード大学医学部の精神科医であるアンナ・レンブケ氏は、著書『ドーパミン中毒』(新潮社)の中で、スマートフォンを「24時間365日デジタル・ドーパミンを供給する現代の皮下注射針」と呼んでいる。

 スマートフォンは、手軽さや便利さへの欲求を満たしてくれる。けれども時に、私たちは安楽よりも困難を好んで選ぶ。例えばマラソン、山登り、家具の組み立てなどだ。

 カナダ、トロント大学の心理学者マイケル・インズリクト氏は、これを「努力のパラドックス」と呼ぶ。私たちはしばしば努力を避けるが、一方で努力することにやりがいを見いだし、「苦労するからこそ価値がある」と考えることもある。私たちは、山頂まで行くロープウェーがあっても、同じ景色を見るために山登りをするし、完成品の家具の方が安くても、自分で組み立てるタイプの家具を買う。

「どうやら私たちは、努力を避けると同時に、努力を好んでいるようなのです」とインズリクト氏は言う。

 この現象が当てはまるのは、登山やマラソンのような極端な活動だけではない。多くの人がパズルやクロスワードに挑戦したがるのは、努力すること自体が楽しいからだ。私たちの脳は、努力に価値を認めるようにできている。忍耐と献身を要する仕事に価値を見いだすように、ドーパミンが促すからだ。

ドーパミンは脳に何をするのか?

 即時に快感を与えてくれるアプリに私たちが夢中になるのはドーパミンの働きのせいだが、多くの労力を要することに価値を見いだすのもドーパミンの働きによる。

 米スタンフォード大学医学部の精神科医ニール・エシェル氏の研究では、マウスを訓練し、穴の中に鼻先を何回か突っ込めばジュースをもらえると教え込んだ。そして、ジュースをもらえるのに必要な回数を増やしたり、軽い電気ショックを与えたりすると、マウスの線条体(動機づけや報酬の経験に重要な役割を果たす脳領域)で、より多くのドーパミンが放出されるようになることを明らかにした。

 同様に、より大きな報酬が与えられるのを待つ間にドーパミン濃度がじわじわと上昇し、忍耐と我慢の価値が強化されることが研究で明らかになっている。

 しかし、ドーパミンは私たちに動機を与える一方で、リスクももたらす。ドーパミンが大量に分泌されるような報酬をたえず追い求めていると、燃え尽き症候群や不健康な行動につながるおそれがある。さらに、社会的な成功へのプレッシャーが人々を過剰に駆り立て、競争や他人からの評価を追い求める文化を育ててしまう可能性もある。

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 とはいえ、依存性のある薬やアプリとは違い、努力や苦痛を伴うことを意図的に行ってもドーパミン濃度が急上昇することはない。上昇と下降はより緩やかで、「依存の問題を起こしにくい、より持続可能な形になっています」とレンブケ氏は言う。

 苦痛を伴う刺激への依存症になる人もいるが、あまり一般的でなく、社会的に困ることは少ない。エクササイズ中毒や仕事中毒で医師による治療が必要になるのは極端なケースだけだ。

努力が好きになるには

 米エモリー大学の心理学者ケネス・カーター氏は、いわゆる「アドレナリン中毒者」も、本当に求めているのはドーパミンだと言う。凍結したナイアガラの滝を初めて登ったことで知られるアイスクライマーのウィル・ガッド氏はカーター氏に、アドレナリンをどばっと出したいだけなら高速道路を走って横断するだろうと語っている。

 ガッド氏がアイスクライミングをするときには、氷がたてる音を聞き分け、氷が自分の体重を支えられるかどうか判断しているという。まるで熟練した職人技のようだ。氏がアイスクライミングをするのは、リスクを求めているからではなく、挑戦したいからだ。

 カーター氏は、「刺激追求型の人は、そうした混沌とした環境ではドーパミン濃度が高くなる傾向があります」と言う。そしてコルチゾール(ストレスにさらされたときに闘争・逃走反応を引き起こすホルモン)の濃度が低くなる。「刺激追求型の人は、その組み合わせを追い求めているのです」

 アイスクライミングは遠慮したいという人は、努力に価値を見いだすことを学習するのが良いかもしれない。インズリクト氏は、(課題をこなしたことではなく)難しい方の課題を選んだことで報酬を与えられた人は、次回も、たとえ報酬が得られなくても難しい方の課題を選ぶ傾向にあることを研究で明らかにした。

 学校やスポーツなどで見いだした努力の価値は、仕事や子育てといった関係のないタスクにまで波及する。「人は、何かのためにした努力に報酬を与えられると、努力すること自体に価値を見いだすようになるのです」とインズリクト氏は言う。

 そうは言っても、スマホを置いて努力を追求することは、最初は難しいかもしれない。そこでレンブケ氏は、努力をスケジュールに組み込んだり、友人と一緒に行ったり、より大きな利益のためにすることを勧める。例えば、チャリティーマラソンに出場したり、ガソリン代を節約するために自転車に乗ったりするのだ。

 刺激になるものを選ぶことも重要だ。私たちがスマホをじっと見るとき、傍目には何もしていないように見えるが、スマホを見ることで何かをしている。私たちは退屈を避けるためには、お金を払ったり、グロテスクな画像を見たり、自分自身に電気ショックを与えたりすることさえ厭わない。

「私たちは努力を嫌いますが、退屈も嫌いなのです」とインズリクト氏は言う。氏の研究では、人々は何もせずにいるよりも、面倒な知的作業をすることを選ぶ傾向にあった。「スイートスポットがあります」と氏は言う。「私たちはあまり努力をしたくないのですが、刺激も欲しいのです。そして、努力することが面白くなる場合があります」

 とはいえ、いつも同じ努力をするのでは退屈してしまうので、新鮮さを保つ必要がある。ウォーキングをするための新しい公園を見つけたり、ジムで楽しむためにお気に入りの番組やポッドキャストを取っておいたりするのだ。

 私たちは、行動の原動力となるドーパミンの力を知ることで、快楽の追求と何かに挑戦することの間に、より健康的なバランスを保つようにできる。レンブケ氏の言葉を借りれば、「私たちは努力するようにできている」が、その傾向を持続可能で充実した活動に振り向けられるかどうかは、私たち自身にかかっている。

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