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ロケットと宇宙船が爆発でも「成功」、スペースXの流儀とは

  • 2023年11月21日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

ロケットと宇宙船が爆発でも「成功」、スペースXの流儀とは

 11月18日の現地時間午前7時3分、米国テキサス州ボカチカからスペースXは史上最大のロケット「スターシップ」を打ち上げた。「スーパーヘビー」と呼ばれる1段目の巨大ブースターロケットは、ロケットと同じ名前の宇宙船「スターシップ」を分離した後、地上に落下する途中で爆発した。宇宙空間まで上昇したスターシップは、高度約148キロメートルで通信が途絶え、スペースXがエンジンを停止させる直前に自動飛行停止システムが作動し、メキシコ湾上空でやはり爆発した。スターシップは東へ向かい、地球をほぼ一周してからハワイ付近の太平洋に着水する予定だった。

 スペースXによる実験的な打ち上げは、これまでに何度も爆発や災難に見舞われてきた。こうした事例は、試験飛行は失敗だったのではないかという印象を人々に与える。

 ところが、今回の打ち上げの場合、主な目標は達成されていた。それは、カリフォルニア州ホーソーンで見守っていたスペースXのスタッフがあげた歓声を聞けば明らかだ。

「本日の飛行試験で成果を上げたチームに称賛を送る」。NASAのビル・ネルソン長官は打ち上げ後、X(旧ツイッター)にそう投稿した。

 実験用ロケットの打ち上げが成功とみなされるためには、それ以前に行われた試験飛行よりも良い結果を示す必要がある。一度目の試験飛行では、ロケットはスターシップの分離に失敗して制御不能となり、空中で自爆した。 

 今回のフライトでは、この上段宇宙船の分離方法に変更が加えられた。ロケットの各セクションが分離する数秒前に、上段のエンジンを噴射したのだ。これは「ホットステージ分離」と呼ばれる方法であり、驚くべきことに、初の実用試験で見事成功を収めた。

 事態が悪化したのは、フライトにおけるこの重要なパートが終わったあとだ。エンジンを再点火して向きを変え、メキシコ湾に着水するはずだったブースターは、下降中に爆発した。そして上段は、飛行中に生じた問題によって自動的に自爆した。

 要するに、ミッションの完遂には至らなかったものの、今回の打ち上げは、NASAが宇宙飛行士の月面着陸に利用することを予定しているこのロケットにとって、大きな前進となった。

 有人宇宙飛行プログラムが、爆発を繰り返すロケットや宇宙船に依存しているというのは信じがたいことだ。また、州や連邦の規制当局がそれを許しているというのも、極めて意外に感じられる。しかし、スペースXは事実、そうした立場で開発を進めている。

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「作れ、試せ、壊せ、繰り返せ」

 今回の打ち上げを見守っていたのは、観客やライブストリーマーたちだけではない。NASAの関係者もまた、進捗を注視していた。なぜならスターシップは、2020年代のうちに月面基地を設立することを目指す「アルテミス計画」において、重要な役割を担っているからだ。

 将来的には、スターシップは月周回軌道に送られ、そこから宇宙飛行士を搭乗させて、およそ半世紀ぶりとなる月面への降下を行うことが予定されている。

 伝統的なNASAのエンジニアリングとスペースXの文化が大きく異なっていることは、毎回の試験飛行において明確に見て取れる。従来の開発プログラムでは、試験による検証を実施する前に、設計を完璧に仕上げることを目指していた。

 一方、スペースXが採用しているスローガンは、これとはまったく異なる。すなわち、「作れ、試せ、壊せ、繰り返せ」だ。炎上する宇宙船の残骸を積み上げつつ、イーロン・マスク氏率いるスペースXは、どんな競合他社や政府出資の宇宙開発プログラムよりも、エンジニアリングを大きく進歩させてきた。

「スペースXが設計しているのは、すぐに試作品を作れる乗り物です」と、元NASAの宇宙飛行士で、スペースXでも働いた経験を持つ南カリフォルニア大学教授のギャレット・エリン・リーズマン氏は言う。「10番目のロケットが爆発したときには、11番目のロケットがすでに待機しています。ひたすら進み続け、学び続けるわけです」

 ファルコン9の開発に着手した際、スペースXは打ち上げの失敗を4回経験したのちに、ようやく第1段ロケットと第2段ロケットを壊すことなく分離させることに成功した。今では世界で最も頻繁に打ち上げられているロケットとなっているファルコン9は、NASAのクルーと貨物を国際宇宙ステーションに運ぶミッションにおける主力であり、また商業衛星打ち上げ業界を率いるリーダーでもある。

 スペースXは、これと同じエンジニアリング手法をスターシップ計画にも使っている。スターシップの場合は、試作機のサイズがずっと大きいというだけだ。「迅速な反復開発アプローチは、スペースXのすべての主要な革新的進歩の基礎をなしている」。飛行前の声明において、同社はそう述べている。

 こうしたアプローチと速い開発ペースは、時として高い代償を伴う。ロイターが今月発表した報道からは、進歩のために安全が軽視される職場環境がうかがえる。

 この報道によると、スペースXでは9年間で600件の負傷事例があり、その中には職場での死亡事故も1件含まれている。2014年、ロニー・ルブラン氏は、テキサス州マグレガーにある同社のエンジン試験場で、移動中のトラックから投げ出されて死亡した。圧力タンク用の断熱材が車から落ちないよう、自力で抑えようとしていたときに起こった事故だった。

次ページ:「米国政府にはもうそうした力はないのです」

 政府の施設でこうした死亡事故が起こったのであれば、もっと多くの注目が集まったはずだ。スペースXと契約することによって、NASAは責任を負うことなく、民間企業の積極的な手法から生まれる成果を享受できる。

「評判や説明責任ということに関して、NASAは非常に注目度が高い存在です」と、宇宙コンサルティング企業アストラリティカル社の創業者ローラ・スワード・フォルチク氏は言う。「NASAは米連邦議会の監督下に置かれています。スペースXにはそこまでの説明責任はなく、単に投資家や顧客に対して責任を負っているだけです」

 同社の安全性に関する懸念が浮上する中、ほかの企業も技術開発においてこうした積極的なアプローチを採用すべきかどうかについて、疑問を投げかける声は少なくない。

「スペースXは失敗を許されるライセンスを持っているのだと、わたしは捉えています」と、NPO「惑星協会」の宇宙政策チーフであるケイシー・ドレイアー氏は言う。「これは大きな利点ですが、まだ十分に検証されているとは言えません」

 スペースXがこれだけの支持を得られているのは、ほかの宇宙企業にはない実績のおかげだ。「スペースXはもはや、大口を叩くだけの、どこのだれともわからない、実力も証明されていない企業というわけではありません。彼らはNASAにとって最も信頼できる、最も成功した請負業者です」とドライアー氏は指摘する。「独自に人を宇宙に送り込む能力を持つ機関は世界中で、ロシア、中国、スペースXの3つです。米国政府にはもうそうした力はないのです」

 宇宙飛行を成功させることが、再び地政学的に喫緊の課題となっている現在、もしスペースXがなければ、NASAは今でもロシアから宇宙飛行士の乗り物を借りていたことだろう。

 NASAのビル・ネルソン長官はまた、中国の月探査計画をアルテミス計画のライバルとして位置づけ、彼らが最初に月面に到達する可能性があると述べている。このレースで競争力を維持するために、NASAはスペースXの成功を必要としている。

 現在のスケジュールでは、NASAのアルテミス計画における最初の月面着陸は2025年になる予定だ。宇宙飛行士をフロリダから月周回軌道まで運ぶNASAの大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」も含めて、計画には遅れが出ることが予想されている。

 月周回軌道では、月面着陸を担うスターシップが待機している。NASAの月計画におけるそうした重要な位置づけが、スペースXにワシントンD.C.内外での大きな影響力を与えている。

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