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北極の海氷が劇的に薄く平らに、2007年から、研究で判明

  • 2023年3月18日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

北極の海氷が劇的に薄く平らに、2007年から、研究で判明

 1895年4月、有名なノルウェー人探検家、フリチョフ・ナンセンは、北極の氷原を犬ぞりで進み北極点を目指したが、果てしなく連なる氷脈に行く手を阻まれた。「どこまでも続く氷塊は、まさにカオスだった」。ナンセンは、探検記『極北:フラム号北極漂流記』にこう記している。そりを引いてこの氷脈を越えるのは「どんな巨人でもへとへとになるほどの苦行」だった。

 だが、2023年3月15日付けで学術誌「ネイチャー」に掲載された論文によれば、ナンセンの行く手に立ちはだかった険しい氷脈の大部分が、いまでは過去の存在になっているという。尾根状に連なっていた北極の厚い海氷は、急激に薄く平らになっていた。この変化は2007年頃に生じた。夏に北極の海氷域が記録的に縮小したために海水温が上昇し、その結果、さらに海氷が急激に減少するというフィードバック現象が起きたのだ。

 現在では、薄くなった氷盤がぶつかりあっても互いの圧力で簡単に砕けてしまい、以前のようにアコーディオンのような氷脈を形成して厚くなることはなくなった。薄く平らな氷は海洋をより速く移動するので、氷盤が成長できる時間も減少した。そのため、氷盤に依存して生きている生物は、大きな負担を強いられている。

「北極の生態系にとって海氷は、森にとっての土壌のような存在です」。米コーネル大学の気候科学者で、ホッキョクグマの保護団体「ポーラーベアーズ・インターナショナル」のフラビオ・レーナー氏は、こう話している。「こうした急激な変化は、海氷下の微細藻類からホッキョクグマのような頂点捕食者にいたるまで、海氷に依存するすべての動植物に影響を及ぼします」

 氷脈は、北極海の氷を厚く頑丈な構造にする。上空から見ると「細長く積まれたレゴ(ブロック)のようです」と、今回の論文を発表した研究チームのマッツ・グランスコグ氏は話す。チームは、北極海と大西洋を結ぶ主要な出入口であるフラム海峡で、1990年から海氷観察を続けてきた。論文の筆頭著者であるノルウェー極地研究所のヒロシ・スマタ氏らの報告によれば、このような尾根状の厚い氷脈は2007年から半減した。

 現在の北極の海氷は、ナンセンが目にした無秩序な氷塊よりもむしろ雪に覆われた駐車場に似ている。論文の共同著者、ローラ・ド・ステュアー氏によれば、2005年と2007年の夏に海氷が激減して濃い色の海面が露出し、より多くの熱を吸収したために、さらに海氷が減少し、熱吸収が高まるというサイクルが生じた。今回の研究結果は、衛星観測その他の研究結果とも合致すると、米国立雪氷データセンターとカナダのマニトバ大学の海氷遠隔探査の専門家、ジュリアン・ストローブ氏は話す。

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 尾根状の氷脈は、氷盤同士が衝突するか、または片方がもう一方に乗り上げると形成される。その圧力で氷が変形し、氷塊が押し上げられて積み重なった大きな変形氷ができる。スマタ氏は、このプロセスが氷が厚くなる最速の方法だと言う。だが、海氷が薄くなるともろくなるので、ぶつかり合った際に砕けてしまい、大きな氷脈は形成されなくなる。

 氷山と同様に、氷盤の90%は海中にある。水面下の氷脈は深さ18メートルにもなることがあり、海氷をその位置に保つ役割を果たすので、海氷は流動せず徐々に成長することができる。しかし、今回の論文によれば、ナンセンが意図的に船を海氷域に残して確認した強力な海流は、2007年以降に速度を3割以上も増している。

 現在の海氷は、水中の氷が小さいか存在しないためにこの海流に抗う力がなく、北極海を押し流され、水温がもっと高い大西洋に出て溶解してしまう。そのため、氷盤の寿命は平均1.5年以上短くなっている。

 薄く平らな形状で速く流れる新たな海氷の構造は、北極の生態系に甚大な影響を及ぼすおそれがある。たとえば、潮流が速くなると、ホッキョクグマは有利な狩り場に留まるためにもっと速く歩かなければならず、この「氷上トレッドミル」に大きなエネルギーを消費することになると、米オールド・ドミニオン大学の生物学者で「ポーラーベアーズ・インターナショナル」のジョン・ホワイトマン氏は説明する。

 しかも、ホッキョクグマが狩りをする海氷域は縮小し、海が凍結する期間は短くなっているので、彼らが蓄えられるエネルギーはすでにかなり乏しくなっている。海氷構造の変化は、海氷に依存するズキンアザラシ、イッカクのような哺乳類だけでなく、北極の氷上で狩りをして食料を得る先住民たちの生活も脅かしている。

 また、海氷の底部周辺には、上の写真の端脚類のような多くの生命体が生息している。氷脈の底面部分が失われると、海洋食物網の底辺にいるこうした生物やその他の微生物の生息域が縮小し、海洋システム全体に影響が及ぶ可能性がある。

 薄く平らになった海氷は、地球温暖化で増加している北極低気圧の打撃も受けやすい。海氷の基本構造が変化したことで、船舶の航行や外来種の侵入も拡大する可能性がある。

 それらの結果、どうなるかが明らかになるまでには、まだ時間がかかりそうだ。一方、北極海の海水温は上昇を続けている。「いまでは夏だけでなく冬でも海水温が上昇しています」と、海洋学者のド・ステュアー氏は指摘する。「ですから、すでに薄くなっている海氷はさらに解けやすくなるのです」

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