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年間6万人が死亡、狂犬病について知っておくべきこと

  • 2022年9月8日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 2022年4月、米国ワシントンD.C.で、米下院議員を含む9人が野生のキツネにかみつかれた。同市の公衆衛生研究所は、安楽死させたそのキツネが狂犬病を持っていたことを確認した。

 狂犬病は、アフリカとアジアの農村部を中心に、世界中で年間約6万人の死者を出している。主に動物にかみつかれることによって広がるこの病気は、発症すればほぼ100%の確率で死に至る。

「狂犬病は過去のものと思われがちですが、世界ではこの病気で10分間に1人が亡くなっています」と、英グラスゴー大学教授で狂犬病の生態を研究するケイティ・ハンプソン氏は言う。

 狂犬病による死は、ワクチンの使用でほぼ確実に防ぐことができる。狂犬病のワクチンは1885年にルイ・パスツールによって開発され、改良が重ねられてきた。その結果、米国内においては、野生動物の狂犬病感染が毎年数千件報告されているにもかかわらず、人間の死者はわずか1人か2人にとどまっている。(編注:日本では、帰国者や入国者が発症する例をのぞき、国内での感染は1950年以降発生していない)

 2018年、世界保健機関(WHO)は、2030年までに狂犬病による死者をゼロにするという計画を発表した。

「狂犬病は有効な対策が存在する問題です」と、英国を拠点とする慈善団体「ミッションレイビーズ」(レイビーズは狂犬病の意)の戦略研究ディレクター、アンディ・ギブソン氏は言う。「解決の光が見えているのです」

狂犬病とは何か

「狂犬病リッサウイルス」は、中枢神経系を攻撃することに特化したRNAウイルスだ。人は、すでに感染している動物の唾液や神経系の組織に接触することで感染する。動物にかまれることによって感染する場合がほとんどだが、中には感染した動物にひっかかれたり、その唾液にふれたりすることで感染するケースもある。感染すると、ウイルスが神経細胞を通じて広がり、やがて脊髄と脳に達する。脳内に入ったウイルスが複製を始め、症状が現れる。

 すべての哺乳類は狂犬病に感染するが、ハンプソン氏によると、肉食動物はかむ力が強いため、感染させる能力が特に高いという。この病気がイヌと関連づけて言及されることが多いのは、彼らが人間のそばで暮らし、世界の多くの地域で自由に歩きまわっているために、病気を広める可能性が高いからだ。

 しかし、大半のイヌが狂犬病ワクチンを接種している国の場合、狂犬病の感染はキツネ、アライグマ、コウモリといったそのほかの肉食動物の間で繰り返されている。たとえば米国では最近、コウモリに関連する狂犬病の人への感染の増加が見られた。米疾病対策センター(CDC)は、その原因はおそらく、人々がコウモリのもたらす危険性を認識していないことにあると指摘している。

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狂犬病の症状

 狂犬病と聞くと、口から泡を吹いて攻撃的な態度を取る動物の姿を想像する人が多いだろう。しかし専門家によると実際はそんなに単純ではなく、発作や不安、せん妄、不眠、呼吸困難、自傷行為、その他の異常行動など多岐にわたると警告している。

「狂犬病は人を欺くのに長けており、どんな症状でもあり得ます」とギブソン氏は言う。「唯一の共通した兆候は突然死です」

 CDCによると、狂犬病の初期症状はインフルエンザに似ており、脱力感、発熱、頭痛のほか、かまれた部位のチクチク感などがある。ウイルスが脳に広がるにつれ(数週間から数カ月間かかることもある)、より多様で重篤な症状が現れてくる。

狂犬病感染が疑われるときは

 狂犬病は、発症すればほぼ確実に死に至るため、感染が疑われる動物にかまれたときは迅速に行動することが肝要だ。コウモリにかまれた跡は目に見えない場合もあることから、専門家は、コウモリと接触したときには関係当局に連絡するよう勧めている。

 しかしギブソン氏によると、狂犬病への最初の対応は自分でもできるものだという。「傷口を石けんと水で15分間洗うことで、狂犬病感染のリスクを大幅に減らすことができます」。狂犬病ウイルスはかなりもろく、石けんでその活動を抑えることができるからだ。

 その後は、感染リスクの評価と暴露後予防策(PEP)の実施が可能な医療機関で治療を受けるのが望ましい。狂犬病のPEPは、迅速かつ正確に行われれば100%有効な治療法であり、通常、2週間かけて4回接種する狂犬病ワクチンと、狂犬病免疫グロブリン(かまれた部位のウイルスを中和し、体の免疫反応が高まる間、防御を提供してくれる血清)の投与が含まれる。

 狂犬病ワクチンは通常、予防手段としてではなく、感染後に投与される。これは大半の人たち(特にイヌの狂犬病がコントロールされている国の人たち)は、狂犬病に暴露する可能性が低いためだとハンプソン氏は言う。ただし、仕事の関係でリスクがある人や、リスクの高い国へ行く人たちは、あらかじめ接種してもよいだろう。

「相当に運が悪くなければ狂犬病のイヌにかまれることはありませんが、そうした国では毎日数千人がかまれていることを考えれば、無視できないリスクです」とハンプソン氏は言う。

次ページ:人間への脅威は

人間への脅威は

 富裕国に住んでいる人の場合、そもそも狂犬病に感染するリスクがきわめて低い。なぜなら、科学者たちが狂犬病の予防に有効な手段を知っているからだ。すなわち、地域の宿主(主に飼い犬)の少なくとも80%にワクチンを接種することによって集団免疫を作ればよいのだ。

「集団免疫を獲得できれば、感染を阻止し、そのサイクルを止めることができます」と、各国政府や国際機関と協力して狂犬病対策に取り組むNGO「狂犬病制御世界同盟」の事務局長ルイス・ネル氏は言う。「そうやってウイルスを根絶するのです」

 米国では、狂犬病による人間の死者数は、20世紀初頭には年間100人以上だったものが、イヌのワクチン接種を開始した1960年代以降は年間わずか1〜2人にまで減少している。ヨーロッパも同様の経緯をたどり、また最近では、ラテンアメリカとカリブ海諸国での死者数が1983年以降95%減少し、同地域から狂犬病はほぼ消滅した。

 とはいえ、こうした国々での感染リスクがゼロになったわけではない。キツネやアライグマといったそのほかの動物がもたらす危険性に加えて、狂犬病に感染したイヌが国境を越えて病気を再導入する可能性もある。米国でさえ、輸入したイヌの感染例が報告されることがあり、また人間の患者のほぼ4分の1は、国外旅行中にイヌにかまれたことによって感染している。

 しかし、感染の脅威が圧倒的に大きいのは、まだ狂犬病をコントロールできていない国々だ。WHO狂犬病モデリングコンソーシアムが2018年に学術誌「Lancet」に発表した研究は、もしそうした国々が対策を講じなかった場合、2020年から2035年の間に、100万人以上が狂犬病によって亡くなると推定している。

世界の狂犬病をコントロールするには

 WHOは、2030年までに狂犬病による死者をゼロにしようと呼びかけている。狂犬病の予防法はすでにわかっていることから、専門家は、感染国において必要とされるのは、政治的な意思と医療インフラの改善だと述べている。

 たとえば、「ミッションレイビーズ」がインドのゴア州で活動を始めた2013年の時点では、州政府が発見する狂犬病のイヌは年間5匹程度だった。しかし、監視活動を強化したところ、1週間に2件の陽性例が出るという深刻な状態であることが判明した。「突如として、いたるところで狂犬病が発生していることがわかったのです」とギブソン氏は言う。

 問題への理解を深めたゴア州は、数年間にわたる狂犬病撲滅プログラムに署名した。その内容は、年間9万5000頭分のワクチン接種を行い、接種率70%の達成を目指すというものだ。スマートフォン技術によってイヌの発見と進捗の追跡が容易になったこともあり、ゴア州では現在、人間の狂犬病は撲滅されている。

 また、2018年のWHOのモデル研究では、低所得国において暴露後治療を受けやすくさせることも推奨されている。同研究の主執筆者であるハンプソン氏はこれについて、イヌの集団免疫が確立されるまでの間、人々の安全を守るうえで費用対効果の高い方法だと述べている。

 しかし、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)によって、より深刻な脅威への対応にリソースが割かれるようになった。ネル氏は、2030年までに死者をゼロにするという目標が遠のきつつあることを認めつつも、これは目指すべき重要な目標であると付け加えている。ギブソン氏もこれに同意し、たとえ少しでも狂犬病の撲滅が進むなら、たくさんの人命が救われるだろうと述べている。

「撲滅はぜひとも実現させたい目標です」と氏は言う。「しかしそれまでの間にできる対策を講じるだけでも、多くのよい結果が得られるでしょう」

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