サイト内
ウェブ

サル痘の感染拡大なぜ止まらない? 米国も緊急事態を宣言

  • 2022年8月10日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 新型コロナウイルスとは異なり、サル痘ウイルスは多くの場合、感染者の発疹、かさぶた、体液に直に皮膚が接触したり、汚染されたリネン類に触れたりして感染する。したがって、感染経路がいくらかわかっていて、感染を検査でき、2種類のワクチンがあることを踏まえれば、米国において、サル痘を管理するのはそう難しいことではなかったはずだった。

 にもかかわらず、感染者数が恐ろしい勢いで増え続けていることから(感染者の大半は男性と性交渉を持つ男性)、米国の連邦政府は8月4日、サル痘について「公衆衛生上の緊急事態」であると宣言した。

 米疾病対策センター(CDC)の8月10日時点のデータによると、2022年5月以降、サル痘がエンデミック(特定の地域などで普段から継続的に発生する状態)になっていない82カ国において、3万1000件を超える感染報告があり、そのうち米国内のものは約9500件にのぼる。感染はワイオミングを除くすべての州で確認されているが、全体の半分以上はニューヨーク、カリフォルニア、イリノイ、フロリダ、テキサスで記録されている。

 問題の一部は、「わたしたちが5月に認識した時点で、すでに地域社会でかなり感染が広がっていた」ことにあると、ニューヨーク、コロンビア大学の感染症専門医で疫学者のワファー・エル・サドル氏は言う。また、公衆衛生の専門家によると、検査の受けにくさ、誤診、限られたワクチン接種の機会、そして唯一の抗ウイルス薬の処方手続きが(つい最近まで)煩雑だったことなどが、今回の危機を悪化させたという。

「接触によって広がり、社会的および性的ネットワークを通じて循環する感染症が地域社会に出現し、その拡大を防ぐ主な手段、つまりワクチンが手に入りにくい場合、現在のような状況になるのは当然です」とエル・サドル氏は言う。

 感染拡大のそのほかの要因としては、感染が疑われる経路(精液や膣分泌液を介した、性行為による感染など)への理解不足や、仕事を休めない人たちへの経済的支援の欠如などが挙げられる。感染者は21日間の隔離が必要となるが、これは非白人の低所得者層、不法移民、トランスジェンダーなど、そもそも医療へのアクセスが難しい状況にある人々にとって特に大きな問題となると、ニューヨーク市の非営利団体「ゲイメンズ・ヘルス・クライシス」のジェイソン・シアンシオット氏は言う。

 また、無症状や軽症の症例が見過ごされることで、現在の感染者数が著しい過小評価となっている可能性もある。

「わたしたちが把握しているのは典型的な症状を示す感染者ですが、症状が軽くて自力で回復したり、誤診されたりするケースが多いのではないかと考えています」とエル・サドル氏は言う。「現在の感染者数は氷山の一角なのかもしれません」

 しかし、連邦政府の対応が遅かったとはいえ、サル痘が公衆衛生上の緊急事態と宣言されたことによって、今後はリソースの動員、データ収集の合理化、官僚主義を排した州や地方政府によるよりよい対応が可能になると、公衆衛生の専門家は言う。

次ページ:ワクチン接種が追いつかない

ワクチン接種が追いつかない

 先に述べたように、米国でサル痘に使えるワクチンは2種類ある。

「ジンネオス(Jynneos)」という名称の2回接種ワクチンは、ウイルスに曝露した人や、感染リスクのある人に接種することができる。「ACAM2000」と呼ばれる1回接種ワクチンは、天然痘用に承認されており、サル痘にも使えるものの、このワクチンには比較的有害な副作用が多く、特にHIV患者のような免疫不全の人々は注意が必要だとCDCは警告している。米国、英国、欧州連合の調査データでは、HIVにも感染しているサル痘感染者の割合は28〜51%だった(編注:日本では国内で生産・備蓄している天然痘ワクチンのサル痘予防への使用が承認されている)。

 しかし現在のところ、ワクチンの供給量は、対象となる人々(男性と性交渉を持つ男性、セックスワーカー、ウイルスにさらされた医療スタッフなどを含む)の需要にははるかに及ばない。

 サンフランシスコの保健担当官スーザン・フィリップ氏によると、同市では配布されたワクチンの接種が急速に進んでいるという。市内で唯一、サル痘のワクチン接種を予約なしで受けられるザッカーバーグ・サンフランシスコ総合病院では、「ワクチン接種を実施しているときには、数ブロック先まで列が伸びています」と氏は述べている。ニューヨーク市の状況も同様だ。

 米食品医薬品局(FDA)は、ジンネオスワクチンの1回目の接種から28日後に2回目を受けるよう呼びかけている。しかし、1回目を受けた人たちが2回目の接種をいつ受けられるのかは定かではない。なぜなら市は、より多くの人たちが少なくとも部分的にでも保護効果を得られるよう、1回目の接種を優先しているからだ。

 供給の問題は、デジタルに詳しくない人、インターネットにアクセスできない人、数分で埋まってしまう同市の接種予約が開始される午後6時に仕事をしている人たちに、さらなるハードルを課している。

「今後も多くの感染者が出るでしょう」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の感染症疫学者アン・リモイン氏は言う。ウイルスは、つながりが強い社会的・性的ネットワークの内部で急速に広がっており(ただし感染する可能性は、感染者と密接に接触した人ならだれにでもある)、事前の免疫もないからだ。

緊急事態宣言で何がどう変わるのか

 サル痘の感染力は新型コロナウイルスほど高くないが、緊急事態宣言は「人々の注意を促すでしょう」と、エル・サドル氏は言う。また、政府がさまざまなレベルで協力し、情報を共有し、さらなる資源を利用できるようになる可能性もある。

 7月28日、米国保健社会福祉省(HHS)は、すでに配布されているジンネオスワクチン34万回分に加えて、78万6000回分を配布する計画を発表した。同計画では、リスクのある人口が多く、新規感染者数も多い地域を優先することになっている。

次ページ:やはり性感染症か

 FDAはまた、限られたジンネオスワクチンの供給を拡大するべく、これまでの「皮下注射」と異なる「皮内注射」を8月9日に承認した。皮内注射にすれば、ワクチンの量が5分の1で済むという。

 重症者に対しては、一部の医師は「テコビリマット(tecovirimat)」、別名「ティーポックス(Tpoxx)」と呼ばれる天然痘の抗ウイルス剤を処方している。

 ニューヨークでは、緊急事態宣言により、サル痘ワクチンを接種できるスタッフが、救急医療従事者、薬剤師、助産師にまで拡大された。またカリフォルニアと同様に、医療従事者には、ワクチン接種のデータと、場合によっては抗ウイルス剤の処方データを州保健局に送ることが義務づけられる。

 こうしたデータは、評価や検査を受けに来た人は何人いたのか、だれがワクチンを接種したか、ワクチンの需要が高いのはどこか、抗ウイルス剤を何回投与したかを、公衆衛生管理者が把握するのに役立つとフィリップ氏は言う。

 これまでのところ、感染者の大半はほかの男性と性交渉を持つ男性であり、またその多くが非白人だ。 最近のCDCの報告書によると、自らの人種と民族に関するデータを提供した米国のサル痘患者約1300人のうち、58%がヒスパニックか黒人だった。

 検査を受け、ワクチンを接種し、抗ウイルス薬「ティーポックス」を使う人が増えれば、サル痘のこの株について、また、現在の治療法にどの程度の効果があるのかについて、より多くを理解する機会につながる。

精液が感染拡大の源となる可能性

 現在に至るまで、ジンネオスワクチンおよび抗ウイルス薬ティーポックスの有効性の正式な試験は動物でしか行われていない。人間を対象とした試験は実施が難しかったり、倫理的に問題があったりしたためだ。実世界のデータがあれば、科学者は、ワクチンの1回接種と2回接種では得られる免疫がどれぐらい違うのかや、ティーポックスが体内でウイルスの広がりをどの程度抑え、症状を抑制するのかなどについて研究することができると、ジョンズ・ホプキンス大学健康安全保障センターの感染症専門家アメッシュ・アダルジャ氏は言う。「そうしたデータの収集が今、ある程度まで進んでいるところです」

 ウイルスがどのように広がるのかについての理解も深まりつつある。医学誌「Eurosurveillance」に7月14日付けで発表された研究によると、対象とした感染者12人から採取した精液、唾液、尿、糞便からサル痘のDNAが検出されたという。ウイルスが体液中でも感染力を維持するかどうかは不明だが、8月2日付けで医学誌「The Lancet Infectious Diseases」に発表された研究では、サル痘患者の精液が感染拡大の源となる可能性が示唆されている。

「物の表面や呼吸器飛沫からの感染リスクについても理解が進むでしょう」とエル・サドル氏は言う。「疑問は尽きませんが、今こそ研究資金を動員して、できる限り早くこれらの疑問に答えを出すべきです」

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2022 日経ナショナル ジオグラフィック社