サイト内
ウェブ

「アジアの」「殺人」スズメバチに新たな英名、なぜ?

  • 2022年8月4日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 在来の生態系に大きな影響を及ぼし得る侵略的外来種として米国で問題になっているオオスズメバチ(Vespa mandarinia)に新たな英名が与えられた。これまで非公式な一般名はあったが、米昆虫学会(ESA)は7月25日、オオスズメバチの英語での一般名として「ノーザン・ジャイアント・ホーネット(northern giant hornet)」を採用した。

 また、2020年に北米の太平洋岸北西部への侵入が話題になったとき、東アジア原産のこのハチに「殺人スズメバチ(murder hornet)」というあだ名が付けられ、メディアで大きく取り上げられた。

 このようなあだ名を使った報道は、人々の恐怖心をかき立てた。その結果、たくさんの在来種のスズメバチが誤って殺され、スズメバチ専用の殺虫剤が飛ぶように売れた。だが、すべてのスズメバチは獲物を殺す。そのため、この種にだけ「殺す」という意味を含む名前を付けるのはそもそも筋が通っていないという理由もあり、科学者はこの呼び名を嫌い、使用を避けた。

 オオスズメバチは世界最大の狩りバチだ。体長は4センチほどもあり、見るからに恐ろしい。アレルギーをもつ人が刺されると生命にかかわることもある。刺された時はまるで「赤く焼けた針で突き刺された」ような感覚だと、日本の森林総合研究所の昆虫学者、牧野俊一氏は説明する。

 一方、オオスズメバチは「アジアン・ジャイアント・ホーネット(Asian giant hornet)」という非公式な一般名でも呼ばれていた。だが、これにも問題がある。理由の一つは、アジアには他にも大型のスズメバチが生息していることだ。その中には世界の別の場所で侵略的外来種と見なされている種もいる。

 ESAが正式に採用した「ノーザン・ジャイアント・ホーネット」という名前は「科学的に正確で、分かりやすく、人々に恐怖心や偏見を抱かせる心配がありません」と、ESAの会長でニューヨークにある米自然史博物館の学芸員でもあるジェシカ・ウェア氏は言う。「すでに多くの昆虫に不当な名前が付けられています。これ以上増やす理由はありません」

「殺人スズメバチ」騒動

 オオスズメバチは頭部が大きくオレンジ色で、腹部には縞模様があり、毒針を持っている。カナダのブリティッシュ・コロンビア州と米国のワシントン州の最北西部では2019年秋に初めて確認された。

 さまざまな種類の昆虫を食べるが、とりわけ集団でミツバチの巣を襲う習性がある。そして、ミツバチの頭をかみ切り、幼虫を盗んで食べるのだ。もしオオスズメバチが北米の太平洋岸北西部に定着したら、生態系に深刻な被害を与えかねない。

 そのため2020年には科学者と養蜂家が協力して駆除に乗り出した。苦労の末、同年秋には巣1個を駆除。2021年にさらに3個を見つけて駆除した。監視活動は規模を拡大し、2022年も続いている。

 ワシントン州農業局(WSDA)の昆虫学者、クリス・ルーニー氏などの研究者は、こうした取り組みを続けていけばオオスズメバチをワシントン州から完全に駆除できると楽観している。

 ルーニー氏はESAに対して新しい名前を提案する意見書を書いた人物でもある。オオスズメバチは東アジアから北はシベリアまで広く生息する。そして、2番目に大きいスズメバチとされるVespa sororはオオスズメバチと生息域が一部重なりつつ、さらに南のラオスやベトナムのジャングルまで広がっていることから、ルーニー氏はオオスズメバチを「ノーザン・ジャイアント・ホーネット」と、V・ソロルを「サザン・ジャイアント・ホーネット(southern giant hornet)」と命名することを提案し、ESAに採用された。いずれも初の公式な一般名だ。

 新しい名前が必要だとルーニー氏が考えたのは、スズメバチ(Vespa)属に分類されている種はどれも本来の生息域にアジアが含まれているからだ。

「すべてのスズメバチ属がアジア原産です」とルーニー氏は説明する。つまり「アジアン」は不要な形容なのだ。「これはクジラの名前に『ウミ(海)』をつけるようなものです」

次ページ:侵略的外来種に民族名や地域名を付けるのを避ける

 さらに新型コロナウイルスの感染拡大で反アジア感情が高まり、アジア系住民へのヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加したことから、侵略的外来種に「アジアン」などの否定的に受け止められる可能性がある名前を付けると、さまざまな方面に悪影響が及ぶ危険があると、ルーニー氏は指摘する。

 一方、日本在住の牧野氏は、生物の一般名から「アジア」や「アジアン」という言葉を一概に排除する必要はないと考えている。「地名にちなんだ名前は便利で覚えやすい場合が多い」からだと牧野氏は言う。

「しかし、もし名前に不快感を覚えたり、侮辱的だと考えたりする人が少しでもいるならば、そういう名前はできる限り避けるべきでしょう」

新しい一般名は定着するか?

 2020年5月に米紙ニューヨーク・タイムズは英語圏で初めて「殺人スズメバチ」という言葉を使った。

 この言葉が生態系への脅威について関心を高めたことに疑いはない。しかし、一部の人々を思慮に欠けた行動に走らせもした。特に昆虫についての基礎的な知識がない場合に、こうした行動が顕著に見られたと、米アリゾナ大学の昆虫学者、ジャスティン・シュミット氏は語る。

 このあだ名は「強烈すぎて、人々は在来種のスズメバチにまでおびえるようになってしまいました」と、米インディアナ州にあるパデュー大学でミツバチを研究するブロック・ハーパー氏は言う。「インディアナ州の多くの人から、殺人スズメバチだと信じて殺したスズメバチの写真がメールで送られてきました」

 米国でオオスズメバチが目撃されているのは西海岸最北部のワシントン州だけだ。中西部の東半分に位置するインディアナ州はそこから数千キロも離れている(巣はワシントン州に隣接するカナダのブリティッシュ・コロンビア州でも発見され、駆除されている)。

 同様の問題は他の州でも起こっていると、ハーパー氏は言う。米国各地で誤った目撃情報が増えていることは、2022年6月10日付けで学術誌「American Entomologist」に発表された論文でも報告されている。

 原産地を考えれば「ノーザン・ジャイアント・ホーネット」という名前は理にかなっていると牧野氏は言う。「殺人スズメバチ」については「捨て去って構わない名前です」とのことだ。

 とはいえ、「殺人スズメバチ」の名は米国から排除できそうにない。

「殺人スズメバチは定着しています」と言うのは、米農務省の昆虫学者であるマシュー・バフィントン氏だ。「この名前がニュース媒体に登場した当初はとても残念に思いました。しかし、訴求力があることは理解できます」

 バフィントン氏自身は「あらゆる混乱を回避する」ため、学名を好む。学名は覚えるのが難しいが、「外国語を学ぶのと同じで、覚えてしまえば新しい世界が広がります」

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2022 日経ナショナル ジオグラフィック社