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70年前に「失われた」化石の宝庫を発見、大絶滅解明の手がかりか

  • 2022年8月1日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 1951年、ブラジル南部の町ドン・ペドリトに2人の男がやって来た。目的は、草原地帯パンパの地質図を作成すること。2人の研究者はそこで、2億6000万年前に存在した湿地生態系の痕跡がちりばめられた岩山を発見した。

 ほとんどの陸塊がまだ超大陸パンゲアを形成していたペルム紀(2億9900万〜2億5100万年前)、現在のブラジルに相当する辺りはトクサ類やシダ類などの維管束植物に覆われ、近くの水域にはさまざまな水生生物が暮らしていた。地球上の生物に大打撃を与え、恐竜が台頭するきっかけとなった大量絶滅の直前に存在した生態系であり、古生物学的に重要な発見だった。

 しかし、2人は、約180ヘクタールの土地の一角を成す約1.2ヘクタールの岩山の正確な位置について記述を残さなかった。そのため、数十年後、2人が通った未舗装路が高速道路に変わったとき、この場所は科学界から失われてしまった。

 今までは。ブラジルの考古学者たちは2022年5月、ついにドン・ペドリトの遺跡を再発見したという論文を発表した。発掘調査を担当する研究者によれば、これまでに少なくとも6〜7種の植物、1種の軟体動物、2種の魚が確認されている。専門家の間ではすでに知られている種もあるが、新種が含まれている可能性もある。

「私たちは何百もの化石を集めました」と、ブラジルにあるパンパ連邦大学の古生物学者であるフェリペ・ピニェイロ氏は話す。ピニュイロ氏は、論文の共著者の1人だ。「本当に素晴らしい発見で、私はこのような場所を見たことがありません。あまりに多くの化石が埋もれており、全部集めるのは無理かもしれません。すでに見つかっている化石を研究するだけで、何十年もかかります」

子どもの好奇心が発見につながる

 この素晴らしい遺跡が日の目を見るきっかけとなったのは、70年以上前に家族の土地から発掘された遺物についてもっと知りたいという子どものころの好奇心を失わなかったセレスティーノ・グラート氏の存在だ。

 グラート氏は少年時代、祖父の暖炉の上に置かれていた石に心を奪われた。その表面には魚が埋め込まれていた。年齢を重ね、それが魚の化石であることを理解するようになった。

 好奇心旺盛な子どもだったグラート氏は、その化石がブラジルのリオ・グランデ・ド・スル州ドン・ペドリトの郊外にある自宅の裏庭で発掘されたと知った。10歳になると、自宅の敷地内のなだらかな丘を母親と歩きながら、この魅力的な石をもっと見つけたいと考えるようになった。

 化石を探してみると、見つけるのは難しくなかった。干ばつの後、雨が堆積物を洗い流し、化石が露出していたからだ。現在55歳のグラート氏は「まるで地面から生えてきたようでした」と振り返る。

次ページ:証拠を“掘り起こす”

 祖父のものより古い魚の化石もあれば、軟体動物の殻が細部まで確認できる化石もあった。ただ、ほとんどは植物の化石だった。「保存状態が非常に良く、指のように広がる葉脈がくっきり見えるものもあった」とグラート氏は説明する。

 2019年、グラート氏はドン・ペドリトの役所と連絡を取り、「所有地にある化石の保存に協力してほしい」と伝えた。すると、そこに何があるかを詳しく調べるため、ブラジルのリオ・グランデ・ド・スル連邦大学から古植物学者のマルゴ・グエラ・ソマー氏と地質学者のルアルド・メネガット氏が派遣された。

 ソマー氏とメネガット氏は、その地域に植物の化石が豊富な場所があるという1950年代の記述について話は聞いていた。2人はグラート氏の土地で地形や化石の種類を調べ、ここがその失われた場所ではないかと思い始めた。しかし、裏付けがない。

 そこで、2人はピニェイロ氏と連絡を取った。ピニェイロ氏は一帯で化石採集チームのリーダーを務めていた。ピニェイロ氏は初めてこの地に訪れたとき、数十個の化石を発見した。ピニェイロ氏は脊椎動物の専門家であり、植物の化石については助けが必要だった。そこで、ブラジルのバレ・ド・タクアリ大学に所属する古植物学者のジョシレーニ・マンフロイ氏を指名し、2カ月に1回、2人で現地に通うようになった。

証拠を“掘り起こす”

 化石の記録を開始すると、やはり1950年代前半に記述された場所ではないかという確信が強まった。しかし、修士課程の学生としてピニェイロ氏のもとで生物学の研究を行うジョセアン・サラウ・フェラズ氏が関連性を決定づける証拠を見つけたのは2021年に入ってのことだ。

 フェラズ氏は、グラードという名前の家族が所有する土地の化石発掘現場に関する文献を探す任務を負い、古い科学誌のリポジトリ(保管庫)を掘り返していた。大きな期待をせずに作業していたフェラズ氏だったが、ブラジル科学アカデミーの年鑑にエマノエル・A・マルティンス氏とマリアノ・セナ・ソブリーニョ氏が1951年に書いた6ページの論文が掲載されていたのだ。

 その論文で2人の研究者は、ドン・ペドリトの郊外にあるセロ・チャトという場所を記述している。セロ・チャトはポルトガル語で「平らな丘」を意味する。その場所について「最近発見された化石の露頭があり……層序学的な観察に極めて有利な条件を備えており、保存状態の良い化石が含まれている」と書かれている。この論文はさらに、植物の化石がたくさんある広大な土地に言及している。

 フェラズ氏はすぐさまピニェイロ氏に連絡した。「とても驚きました」とフェラズ氏は言う。「知っているつもりだったことが、すべて確認できたのです」

 ドン・ペドリトや地元の大学の協力を得て、研究者たちはセロ・チャトでの発掘を開始した。チェーンソーとバックホーを使い、少しずつ岩の層を削り取っていった。1つの層を剥がし終わると、ハンマーやブラシを使い、岩から化石を取り出すという繊細な作業を繰り返す。

 すでに地中に達し、地面から1.8メートルほど掘り進んでいる。魚や軟体動物、うろこ、多彩な太古の植物と、地表に近い層よりさらに多くの化石が見つかっている。

次ページ:ペルム紀の研究は、現代に通ずる

 政府の資金援助を受け、研究者たちは今後3年間、セロ・チャトで発掘調査を続ける予定だ。一方、フェラズ氏は修士論文を書くため、すでに持ち帰ったものの分析に取り掛かっている。

 植物の化石はほとんど砕けた状態で発掘されており、現在のところ、植物全体の化石は1つしか見つかっていない。そのなかには、大量絶滅からいち早く回復して広がった針葉樹の茎や種子がある。花や種子がなく、胞子を飛ばす維管束植物のシダやトクサ、ヒカゲノカズラもいくつか保存されていた。ヒカゲノカズラは小葉植物とも呼ばれ、高さ30センチメートルほどの種が主流だが、ペルム紀には100倍の30メートルに達する種もあった。

 フェラズ氏にとって、最も印象的な植物はシダ類だ。「非常に保存状態が良く、葉脈まで確認できます。この地域では珍しい化石だと思います」

 あるシダの化石は、数億年前、これらの植物がどのように広がったかを解明するうえで大いに役立っている。ペコプテリス属の種で、リオ・グランデ・ド・スル州で発見された例はなく、完全な新種の可能性もある。

「ペルム紀に存在したこれらの植物の分布をより正確に理解する助けになる、本当に重要な化石です」とフェラズ氏は話す。

 ペルム紀は北米、南アフリカ、中国、ロシアなどでは十分に記録されているが、南米ではまだ包括的な研究は行われていない。研究チームは今回の発見をきっかけに、地球の歴史で最も大規模な絶滅の要因をより深く理解できると期待している。

ペルム紀の研究は、現代に通ずる

 ペルム紀は、現在のシベリア辺りで起きた一連の大噴火によって、90%以上の種が絶滅したことで終わりを迎えた。温暖化が暴走した今の時代に起きている6度目の大量絶滅の脅威を理解しようと試みる科学者にとって特に重要だ。

「今回の絶滅の脅威は人間の活動の結果ですが、メカニズムはペルム紀の出来事ととてもよく似ています」とピニェイロ氏は説明する。「ペルム紀は自然要因による炭素循環や窒素循環という生物地球化学的な循環で約90%の種が絶滅しました。今は人間の干渉によって、同様の事態を招いています。ですから、ペルム紀の絶滅を研究することは、現在を研究していることになるのです」

 グラート氏は、自身の土地にある豊富な化石をリオ・グランデ・ド・スル州を訪れる人々に古生物学的スポットの価値を知ってもらうきっかけにしたいと考えている。グラート氏はすでに、セロ・チャトを文化的であり教育的である観光地に変え、地中に残されているものを保存する方法を検討している。

 7人きょうだいの家庭に育ったグラート氏は「ほとんどの子どもと同じように、私たちも遺物に関連したおもちゃをいくつか持っていました」と語る。「でもまさか目と鼻の先にある裏庭に、本物が存在するとは思ってもみませんでした」

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