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米国先住民の捕鯨、アラスカ以外でも2023年に再開の可能性

  • 2022年7月15日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 私(筆者のEmma Marris氏)はこの春、米国ワシントン州北西部にある先住民「マカ族」の保留地を訪れた。シダが生い茂り、岩はコケに覆われている。波に削られた崖がそそり立ち、小島が波に洗われている。針葉樹の梢(こずえ)に低い雲がかかり、空気は海の匂いがする。ここはおそらく地球上で最も美しい場所の1つだ。

 マカ族は他の多くのアメリカ先住民と違ってカジノを持たず、漁業で生計を立てている。彼らは昔から、物質的にも精神的にも、必要なものはすべて海から得ていた。19世紀、ワシントン準州知事アイザック・スティーブンスからどこを保留地に欲しいかと尋ねられたチュカ・ウィトル首長が、「海が欲しい。あれは私の国だ」と答えたという逸話は有名だ。彼らが捕鯨を行う権利は、1855年の「ニアベイ条約」により米国連邦政府に認められた。

 ヨーロッパ人がアメリカ大陸にやってくる前には、マカ族は太平洋岸北西部の全域で、オヒョウ、アザラシの皮、鯨油の取引をしていた。鯨油はペリカンのくちばしで計量していた。マカ族のクジラ漁師たちは、クジラを追いかけながら、自分たちに身を捧げてくれるように歌いかけた。そして、殺されて陸揚げされたクジラのために、歓迎と感謝の儀式を行った。クジラの頭の上にはワシの羽毛がかぶせられた。

 しかし、ヨーロッパ人が商業捕鯨に乗り出すと、クジラは激減した。これを見たマカ族は、1928年に自発的に捕鯨をやめた。世界の国々が国際捕鯨取締条約を締結するより20年近くも前のことだ。

 捕鯨を自粛した彼らの決断は正しいことだったが、代償も伴った。

 マカ族のティモシー・J・グリーン首長は、「みずからを定義するつながりを断ち切ったとき、人々はもがき苦しみます」と語る。「人々を精神的な行為から切り離すことはマイナスの影響を及ぼします。カトリック教徒がミサに行けなかったらどうなるでしょう? 私たちマカ族が(クジラ漁のために)行う訓練と精神的な準備は、私たちを本当の私たちにしてくれるのです」

 コククジラの個体数が2万頭前後まで回復した1995年、マカ族は新しい世代に捕鯨を伝えようと考えた。彼らは米国政府に対して、儀式や自給分の捕獲を目的としたクジラ漁を再開する意向を通知した。

 1999年には、マカ族のメンバーが動物愛護団体の妨害を受けながら1頭のクジラを捕獲した。彼らはハミングバード号と名付けたカヌーから、伝統的な方法でクジラに銛(もり)を打ち込んだ。伝統的な捕獲との大きな違いは、銛で突いた後、クジラがすぐに絶命するように銃でとどめをさしたことだ。

 マカ族の人々は浜辺で新鮮な脂身を食べた。当時のシアトル・タイムズ紙には「僕はおじいちゃんからこの話をたくさん聞いていました。その言葉の意味が今、ようやく理解できました」という13歳の少年の言葉が引用されている。クジラの肉は、ポトラッチ(贈答慣行)で世界中の先住民に分け与えられた。

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 反捕鯨活動家はマカ族の捕鯨を阻止するために裁判を起こし、2002年に、マカ族は海洋哺乳類保護法に基づいて捕鯨の許可を申請しなければならないとする判決が下った。そこでマカ族は2005年2月14日に、年間5頭までの捕獲を求めて申請した。

 以来、同法を管轄する米海洋大気局(NOAA)が検討を続けており、2021年12月にマカ族に宛てた書簡で、最終的な決定は「2023年初頭」になるという見解を明らかにした。書簡は、「当局はこれが長々とした行政プロセスであったことを理解し、皆様の忍耐に感謝しております」という言葉で締めくくられている。

「保全」か「保護」か

 ワシントン州北西部のオリンピック国立公園内にある美しいシシ海岸を訪れるには、マカ族の保留地から歩いていかなければならない。ルート沿いのスギの木の多くは、幹に淡いオレンジ色の長いくぼみがある。籠などの伝統工芸品を作るために樹皮を採取した跡だ。樹皮の一部だけを採取すれば、木に害が及ぶことはない。

 樹皮すら採取せず、魚もクジラも取らないようにして、他の生物に手を出さないことが「保護(preservation)」だとすれば、植林や手入れ、狩り、収穫などをして、永続的に繁栄できるようなしかたで他の生物に関わるのが「保全(conservation)」だ。

 マカ族のグリーン首長は「私たちは株主や役員賞与のためではなく、将来の世代のために(クジラを)長期的に管理するのです」と言う。「それが保全の基本的な考え方です」

 クジラが危険なほど減っていた時期に捕鯨を一時停止することは、保全と保護の両方の観点で理にかなった判断だった。しかし、クジラの個体数が回復しはじめた現在も、自然保護活動家はクジラを殺すことに原則として反対している。1970年代の「クジラを救え」運動や、クジラが「文化」をもつことに関する多くの報道や、ホエールウォッチング産業の興隆を通じて、クジラはある意味、神聖な存在となっているからだ。また、動物福祉の観点からの反対論もある。

 その一方で、近年ではいくつかの主要な環境保全団体が、捕鯨再開を求めるマカ族への支持を表明しており、2021年にはシエラクラブがこう記している。「シエラクラブは基本的に、海洋哺乳類を捕獲したり苦しめたりすることに反対していますが、先住民による自給自足のための狩猟を支援することの重要性は認識しています。クジラ漁はマカ族の文化的アイデンティティーの本質的な部分であり、マカ族の儀式や精神、自給自足生活にとっても必要です」

 こうした変化についてグリーン氏は「彼らが私たちへの支持を文書で表明してくれたことを、非常にうれしく思っています」と話す。氏は、社会正義を求める一般の人々にもマカ族の権利を支持してほしいと願っている。「人種の平等や環境正義を本当に信じているなら、マカ族の捕鯨の権利を認める1855年の協定も尊重しなければなりません」

次ページ:行政の判断は

行政の判断は

 2022年7月1日、米連邦政府は環境影響評価書の草案を発表し、早ければ2023年にもマカ族の捕鯨が許可される見込みが示された。そこでは、海洋哺乳類保護法の捕鯨禁止規定をマカ族に対して6年間で最大12頭まで免除することが「望ましい」とする一方、捕鯨の時期や場所に関する追加的な制限も盛り込まれている。

 評価書では、2021年に発表されたジョージ・J・ジョーダン行政法判事の勧告決定も考慮されている。ジョーダン氏は、マカ族が少数のコククジラを捕獲しても、コククジラの個体数や生態系にほとんど影響を及ぼさないとして、マカ族に対して海洋哺乳類保護法の例外条項を認めるようNOAAに勧告している。

 今後は、パブリックコメントの募集期間を経て、環境影響評価書の最終版が作成され、最終的な規則が制定される。捕鯨許可は3年ごとに更新される見込みだ。例外条項の効果を継続させるためには、一連のプロセスを10年ごとに繰り返さなければならないだろう。

 マカ族にとっては皮肉なことに、ニアベイ条約のような約束をもたなかったアラスカの先住民については、自給自足あるいは「先住民の伝統製法による手工芸品や衣料品を製作・販売する目的」のために海洋哺乳類を捕獲することが、海洋哺乳類保護法の適用除外項として認められている。マカ族は、自分たちの捕鯨についても例外条項が同法に書き加えられることを希望している。

 シシ海岸への道も終点に近づいた。森を抜けた私の目の前に三日月形の砂浜がひらけた。砂浜の横たわる流木の向こうには青緑色の海が広がっている。この海の中には、海草やオヒョウやクジラがすむ冷たい世界が広がっている。かつてこの海がマカ族の国であったとすれば、今は、国家権力と先住民の権利や生物を守ることをめぐる価値観がぶつかり合う場所だと言える。

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