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知っておきたいペストのこと、この夏米国西部の野生動物で流行か

  • 2022年7月7日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 夏の到来を受け、科学者たちは、米国西部の野生動物の間で、人間も感染しうるペストのアウトブレイク(集団感染)が増えるだろうと予測している。

 ペストという単語に驚いた人もいるだろう。中央アジアからメソポタミア、イタリアにかけて2億人もの人々の命を奪い、1300年代半ばにヨーロッパの人口を半減させたこの病気は、歴史上の災厄というだけでなく、今も存在している。しかも、それほど珍しい病気ではない。

 ペストが根絶されたことはなく、今でもプレーリードッグ、ジャックウサギ、コヨーテ、クロアシイタチなどの哺乳類、さらには人間の飼うペットの間でも感染が続いている。オセアニアと南極を除くすべての大陸で見られ、とくにマダガスカル、ペルー、コンゴ民主共和国では一般的な病気となっている。

 米国の場合、大半の症例は晩春から初秋にかけて、西部のとくにニューメキシコ州、コロラド州、アリゾナ州、カリフォルニア州、オレゴン州、ネバダ州などで発生する。2021年8月には、カリフォルニア州当局が、シマリスの死骸が腺ペストの陽性反応を示したことからタホ湖の一部を閉鎖した。同月末には、ニューメキシコ州の住人がペストと診断された。原因はペットが持ち帰ったノミとみられている。

 史上最悪の病気のひとつがアウトブレイクしたと聞けば恐ろしい気がするかもしれないが、抗生物質のおかげで、ペストにかかっても治療をすればまず死ぬことはない。米国疾病対策センター(CDC)によれば、現在米国では1年に平均7人の感染例がある(編注:日本の国立感染症研究所によれば、1927年以降、国内で感染例は報告されていない)。その大半は、ノミにかまれて感染し、「横痃(おうげん)」と呼ばれるリンパ節の腫れと痛みを特徴とする腺ペストだ。

「ペストは極めてまれな感染症です」と、北アリゾナ大学病原体・微生物叢研究所のデーブ・ワグナー氏は言う。「わたしはいつもこう言うんです。ペストの心配をする暇があったら、通りを渡る前に左右をよく見るようにしましょうと」

 この珍しい病気の集団感染を促すきっかけは何で、人間にとってのリスクはどの程度なのだろうか。以下に知っておきたいことをまとめた。

どの動物が媒介するのか

 エルシニア・ペスティス(Yersinia pestis)という細菌によって引き起こされるペストは、動物からヒトに感染する人獣共通感染症だ。症状としては腺ペストのほか、病原体が血流に侵入する敗血症型ペスト、肺で発症して、唯一人間同士の飛沫感染を起こしうる肺ペストがある。

 クマネズミ(イエネズミの仲間)はこれまで、歴史上最も悲惨なペスト大流行の原因とされてきた。ただしクマネズミだけに責任があると考えるのは大きな間違いだと、ワグナー氏は言う。「ペストとは本質的に、げっ歯類とそこに付着しているノミの病気なのです」

次ページ:イヌやネコも感染する

 ノミは哺乳類の血を吸って生きており、とりわけげっ歯類の体に取り付くのを好む。その相手はクマネズミとは限らない。

 げっ歯類がエルシニア・ペスティスに感染すると、病原体はすぐにその体についたノミにも入り込む。そしてその動物が死ぬと、ノミは次の宿主に飛び移る。その宿主は人間ということもありえる。2018年のある研究は、ペストがヨーロッパ中に広がったときにこれを媒介したのは、ネズミではなく、人間に寄生するノミやシラミだったと結論づけている。

 エルシニア・ペスティスの宿主としてげっ歯類がなぜそれほど優れているのか、その理由はよくわかっていない。ワグナー氏は、ノミの多い巣穴で生活するげっ歯類のライフスタイルと関係があると考えている。

 げっ歯類はまた、少なくともほかの哺乳類に比べると、血液中の細菌の密度が高い。ごくわずかな血液しか口にしないノミが菌に感染するには、一口分に多くの菌が含まれている必要がある。

 ペストを運ぶ種は地域によってさまざまだ。たとえばマダガスカルでは、今でもクマネズミが最も一般的な宿主となる。一方北米では、ペストは主にプレーリードッグやモリネズミ、リスといった土着のげっ歯類に見られる。

 科学者は、げっ歯類以外の野生動物にもペスト感染の形跡を見つけている。その中にはウサギ、シカ、クロアシイタチ、ピューマ、コヨーテ、さらには人間に飼われているイヌやネコも含まれている。感染した動物を食べて病気になるものもいれば、感染したノミが新たな宿主を探しているところへ運悪く居合わせてしまっただけのこともある。

「大量のプレーリードッグがペストに感染して巣穴の中で死に、おいしそうなにおいを発していたとしたら、イヌはどうするでしょうか」とワグナー氏は言う。「きっとはりきって巣穴の中を掘るでしょうね」

 しかし、そうした野生動物たちが単にげっ歯類からペストをもらっているだけなのか、それとも野生動物自体がペスト菌を生かしておく役割を果たしているのかについては、解明が難しい。もしかすると、プレーリードッグがペストを広めている原因とされる理由は単純に、活動的で多くの個体が密集しているプレーリードッグのコロニーでペストが発生すると、とても目に付きやすいからというだけなのかもしれない。

「プレーリードッグが大量に死んだ場合、真っ先にペストが疑われます」とワグナー氏は言う。

ペストが発生する場所は

 北米大陸最初のペスト患者は、1900年にサンフランシスコで発生しており、このときはクマネズミが菌を持ち込んだものと思われる。歴史的な記録と、この特定のエルシニア・ペスティス系統の遺伝子分析は、香港からの蒸気船で港に到着したネズミたちが街に出て、地元のネズミと混ざりあったことを示している。

 ペスト菌は米国西部全体に広がり、在来の小型げっ歯類の間で循環するようになったが、それ以上には広がらなかった。現在の感染例はおおむね、グレートプレーンズの端に位置するノースダコタからテキサスまで伸びる縦線、つまり西経100度線の西側で記録されている。

 その理由は定かではない。CDCの節足動物媒介疾患部門に所属するポール・ミード氏は、初期には東部の港湾都市でアウトブレイクがあったと指摘している。フロリダなどの南部各地でも発生したが、そうした場所でペストが長期にわたって定着することはついぞなかった。科学者らは、西部との土壌の違いと、土着のげっ歯類の巣穴を作るライフスタイルに関係があるのではないかと考えている。

「そうした条件が、ペストが消えずに存在し続けられる生態的ニッチを提供していると推測されます」とミード氏は言う。乾燥した西部の土壌が、ペスト菌やペストの複製と生存を助けるアメーバにとって過ごしやすいすみかになっているのかもしれない。

次ページ:身近に存在し続ける低レベルのリスク

 現代のアウトブレイクの大半は、げっ歯類が大きなコロニーを作る農村部や地方で見られるとミード氏は言う。衛生環境の改善と建築基準法のおかげで、都市部での発生率は減少している。それでも都市部でのアウトブレイクがないわけではなく、2007年にはデンバーのシティパークにすむリスが感染している。

 動物がペストに感染したという報告は、毎年夏を中心に10件ほどあるとミード氏は言う。しかし、何が感染を引き起こしているのかははっきりしない。どうやら「何らかの環境要因があり、条件が揃ったときに、どこかに存在する宿主から、より人目につきやすい種に感染して爆発的に増える」のではないかと思われると、ワグナー氏は言う。

もはや死に至る病ではない

 人間がペストを発症する可能性は非常に低い。もしそうなったとしても、多様な抗生物質にアクセスできる人にとっては、これはもはや死に至る病ではない。抗生物質耐性をもつ株による事態の変化を懸念する声もあるが、それでも現在のリスクは低いと科学者は見ている。

 また、米国のような西側諸国に住み、普段は大量のノミがいる場所で長時間過ごす機会のない人たちにとって、ペストに感染するリスクは高くない。ノミの多くは、血を吸う種を選り好む。一度その種の宿主を見つけたなら、宿主が死ぬまでほかの動物に飛び移ることはまずない。

「西部にあるプレーリードッグのコロニーの隣にでも住んでいない限り、感染のリスクは実質上ゼロでしょう」とワグナー氏は言う。

 それでも、非常にまれな状況においては、人間に感染することもある。たとえばイヌは、感染したノミを飼い主のところに持ち帰ってくる可能性がある。呼吸器に影響を及ぼすペストに対してとくに脆弱なイエネコは、風邪、インフルエンザ、新型コロナが広がる場合と同じように、くしゃみなどによる呼吸器の飛沫を通じて周囲の人間に感染させることがある。

 米国西部の地方に住む人たちが感染を避けるうえで重要なのは、自分の周囲によく気を配ることだと、ミード氏は言う。プレーリードッグが大量に死んでいたら地域の保健当局に報告し、またペットには忘れずにノミの予防薬を与えて、プレーリードッグのコロニーがある場所には入らせないようにするとよいだろう。

「草原地域で起こる火災のようなもの」

 絶滅の危機に瀕しているクロアシイタチは、プレーリードッグをエサとしているため、種の存続においてペストが大きな脅威のひとつとなっている。近年、自然保護活動家たちは、ペストに対するワクチンを打つことでクロアシイタチを救うという先駆的な取り組みを始めている。

 しかしミード氏によると、米国がワクチン接種を拡大してペストの根絶を目指す可能性は低いという。いずれにしても、ワクチン接種にはあまり意味がないだろうと、氏は考えている。なぜなら、ある病気を根絶するには、それがどうやって広まるのかをよくよく理解する必要があるからだ。

 ペストは現在、米国では西部でしか見られず、アウトブレイクがない時期に菌がどのように維持されているのかはいまだにわかっていない。土壌の中で生きているのかもしれないし、あるいはアウトブレイクが感知されにくい野生動物の間で循環しているのかもしれない。ワクチンによってある地域でペストを抑え込んだとしても、ほかの場所でふいに発生する可能性はある。

「いわば草原地域で起こる火災のようなものです」とミード氏は言う。「西部に住む人たちにとっては、おそらくはこれから長い間、ペストは低レベルのリスクとして身近に存在し続けるでしょう」

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