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エリザベス女王を取り巻く王室財政と環境保護の板挟み

  • 2022年6月14日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 英国の君主、エリザベス女王が世界有数の大地主であることは有名な話だ。ただ、英国を取り囲む領海(12海里=約22キロメートル)の海底も女王の土地であることはあまり知られていない。

 英国で生物多様性が失われつつあるという課題が浮かび上がると同時に、この驚くべき事実に改めて焦点が当たっている。英国王室は、まず自分たちが所有する土地から、自然を再生するためにリーダーシップを発揮することが求められている。

 というのも、最近、沿岸水域の自然を再生しようとする努力が、この国特有の障壁に直面しているからだ。沿岸でのコンブ養殖が東南アジアへ移行したり、海草を植え替えて再生させる取り組みが頓挫の危機に立たされている。

「英国は自然再生の機会を逸してはならない」と、推進派は口をそろえる。ロンドン自然史博物館が2021年に公開した生物多様性の追跡ツールによれば、産業革命以降、英国の野生動植物種は半数近くが失われている。現在、英国の生物多様性は世界で下位10%に位置し、G7諸国では最下位だ。

「壊滅的」な英国の海草とコンブ

 英国の海岸線を取り囲む海草やコンブ類などの海藻が失われていることについて、科学者たちは一言、「壊滅的」と表現する。すでに海草の90%近くが消え去っている。その多くが、この30年間の沿岸開発、乱獲、汚染、船やいかりによるダメージによるものだ。英国に約6万7000平方キロメートルあるコンブの森は「2100年までにほとんど失われる」と予測する科学者もいる。

 生い茂った海草やコンブは、海岸の浸食を防ぎ、沿岸の海洋生物を育み、大量の炭素を吸収する。しかし、英国の領海で生態系を再生する許可を得るには、「クラウン・エステート」と賃貸契約を結ぶ必要がある。クラウン・エステートとは、英国の君主が所有する土地を管理する不動産会社だ。

 再生活動に携わる科学者や支援者は、「死にゆく生態系を再生する機会を得るため、人々が国に料金を支払わなければならないというのは間違った考えだ」と述べている。ほかの国ではあり得ないことだ。米サウスフロリダ大学の海洋生態学者スーザン・ベル氏によれば、米フロリダ州では、州政府が沿岸水域を所有し、無料で再生活動に取り組むことができるようにしており、開発業者に再生プロジェクトへの出資を求めるケースもあるという。

 ウェールズにあるスウォンジー大学の海洋生態学者で、英国で最も有名な海洋再生活動のひとつである「プロジェクト・シーグラス」を率いるリチャード・アンスワース氏は、「クラウン・エステートが海底に海草を植える私たちに料金を請求するのは信じがたい」と断じる。

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 アンスワース氏は世界自然保護基金(WWF)、スカイ・オーシャン・レスキューとともに、英国の海岸線沿いの数百カ所、合わせて約3000ヘクタールに海草を植える計画を立てた。試験場としてウェールズ沖に2ヘクタールを借りたところ、2500ポンド(約42万円)の料金がかかった。「残りの料金を支払うことができず、プロジェクトは頓挫するかもしれない」とアンスワース氏は懸念している。

 プロジェクトの資金の大部分は現地で10ポンド(約1700円)または5ポンド(約850円)の寄付によって賄われている。

「自分の誕生日パーティーで、プレゼントを贈り合う代わりに、集まった友達に寄付してもらおうというメールが子供たちから私たちに届きます。そのようにして集まったお金を私たちは女王に渡しているのです」とアンスワース氏は語る。「はっきり言って、めちゃくちゃです。実際、クラウン・エステートが私たちを助けようとしているなんて感じたことすらありません」

 また、気候変動がもたらす社会課題の解決に取り組む企業、カーボンキャプチャーは英国の周り58カ所をつないだ小さなコンブの養殖場を設ける計画を立てた。しかし、クラウン・エステートからの土地のリースと政府からのライセンス許諾に時間がかかり、1年の遅れが生じた。結果、投資家の意向もあり、コンブの生産場所を東南アジアに移動せざるをえなくなった。「実行できなければ、せっかくの機会を逃してしまうのです」と共同設立者であるハワード・ガンストック氏は言う。

10年で約5000億円稼いだ“奇妙な中世の遺物”

 海底を含む女王の広大な所有地は、1066年のノルマン・コンクエストでウィリアム1世(征服王)がイングランドの王位に就いたことに端を発する。今日、法律上は女王がすべての土地の所有者であることは変わっていないが、所有地の大部分に対する権限はない。女王が完全にコントロールできるのは、バルモラルやサンドリンガムなどの私有地だけだ。

 しかし、女王は君主であるゆえに、王室の資産として金や銀の鉱脈、ロンドン中心部の高価な不動産などとともに海底を所有し、そこから収入を得ている。

 144億ポンド(約2兆4200億円)にも達するこのポートフォリオは、1760年に議会とジョージ3世の間で行われた取引に基づき、クラウン・エステートが女王に代わって管理している。

 議会が「英国特有の組織」と呼ぶクラウン・エステートは現在、王室基金と公的投資基金を兼ねている。収入は国庫に入り、その4分の1が王室に還元される。クラウン・エステートは王室と大蔵省のために、この10年間で30億ポンド(約5000億円)を稼ぎ出した。

 収入の大半は都市部の不動産だが、最近は海底からの収入も大きくなってきている。2021年には、洋上風力発電所やパイプライン、ケーブルなどで1億2100万ポンド(約200億円)を得た。

 議会は「クラウン・エステートによる管理が公益の妨げになっている」として、自らの利益を重視するクラウン・エステートの姿勢を非難している。洋上風力発電所の賃貸契約によって今後10年間で88億ポンド(約1兆4800億円)の収入が見込まれるという発表があったときには、議会で反発が巻き起こった。「この古めかしい組織を現代的な組織に刷新しないのであれば、管理業務を剥奪すべきだ」という声が議員の間から上がった。

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 沿岸都市プリマスの議員であるルーク・ポラード氏は「海底は決して、クラウン・エステートと大蔵省の資金源ではありません」と訴える。「気候と生態系は危機の真っただ中にあります。クラウン・エステートには、海洋活動の収益と同じ比重で、自然再生と脱炭素に重きを置くことを求めています」

 君主の私的管理会社ではなく、政府が所有する公的機関でもないクラウン・エステートを、経済学者のダンカン・マッキャン氏は「何百年もかけて少しずつ改革されたハイブリッドな組織」と表現する。

 そして今、さらなる改革が必要だという意見が出てきている。ロンドン動物学会と海洋保護協会は、海洋生息地の回復を助け、その価値を認識するためのライセンス改革を提言している。ニュー・エコノミクス財団の論文は、イングランド南岸にあるウェスト・サセックスの一部だけでもコンブの森を再生すれば、地元に年間300万ポンド(約5億円)以上をもたらすことができると結論づけている。

 緑の党の指導者たちは解決策として、クラウン・エステートを「緑の政府系ファンド」に置き換えることを提案している。緑の党の議員である経済学者のモリー・スコット・カトー氏は、「環境保護の取り組みが“奇妙な中世の遺物”によって骨抜きにされる可能性があることを知り、多くの英国民が驚いている」と話す。

「1000人を対象にアンケートを行っても、『大丈夫! 女王に任せましょう。海草を植えるのをやめさせることができるのだから』と答える人はいないでしょう。圧倒的多数が『それはおかしい』と言うはずです」

環境保護と商業的利益を「両立」できるか?

 実際のところ、女王もその家族もクラウン・エステートの管理には全く関与していない。8人から成るクラウン・エステート委員会に委ねられている。海洋管理責任者のフーブ・デン・ローイエン氏は、「クラウン・エステートは環境と社会的な利益、商業的な利益の『両立』を目指している」と話す。

 従来の枠組みを見直す場合、一般的には収入源が確立している「成熟した」産業が優先されがちだが、「革新的な再生プロジェクトであれば、基本的な管理費だけを請求すべきだ」という意見にデン・ローイエン氏は同意する。

「今後どのような技術が正解になるのか、私たちにもよくわかりません」とデン・ローイエン氏は前置きしたうえで、「慈善団体や大学が『このプロジェクトはうまくいく可能性があり、規模の拡大も可能だ』と言ったら、その費用負担は課すべきではないでしょう」と明言した。

 デン・ローイエン氏によれば、そうした「革新的な事業」に取り組むため、クラウン・エステートは自然環境との関係を見直しているところだという。「もし我々が正しいことを行っていないというならば、ぜひご意見をお寄せください」

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 イングランドの南岸では、明るい兆しが見えている。サセックスのエイドゥーとワージングの両議会がクラウン・エステートと英国初の「自然資本」のリースについて交渉しているのだ。7000世帯以上の排出量に相当する炭素を回収できるコンブの森をつくり、タツノオトシゴやロブスター、コウイカ、バスの生息地にする計画だ。

自然再生への取り組みを強める王室

 近年、エリザベス女王は環境志向の国家元首として評判を高めている。個人的には、毛皮を拒否し、バッキンガム宮殿にミツバチの巣箱を設置し、2021年秋にグラスゴーで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP)では、自身の公的な立場を利用し、政治家に行動を呼び掛けた。在位70年を記念して植樹も行った。

 チャールズ皇太子は1970年代から環境保護を提唱し、ウィリアム王子は気候変動などの環境問題の解決に向けた「アースショット賞」を創設するなど、王室も自然再生への取り組みに意欲を示している。

 120人の科学者と著名なリーダーが、女王とその家族に対し、「私たちの土地を癒やす道を切り開くこと」と森、川、湿地などの生態系を回復することを強く求めたことも、女王の環境保護意識の高まりの一因となっている。このグループは2021年、王室に宛てた書簡で、「あなたたちはこれらの土地の劣化した自然に根本的に対処するまたとない好機を手にしているのです」と訴えた。

 海草の海はその最たる例かもしれない。海草を植えるのは困難な作業だ。アンスワース氏とパートナーの科学者たちが2019年にプロジェクトを開始したとき、英国では前例として小規模な試験がわずかにあるだけだった。しかし、米メリーランド州のチェサピーク湾で行われた世界最大の海草再生プロジェクトは、大規模に植えることこそが成功の鍵だと示唆していた。

 2020年3月、アンスワース氏は有志とともに、ウェールズ南西部の村デールの沖にクラウン・エステートから借りた2ヘクタールの試験場を小さなインフレータブルボート(ゴムボート)でジグザグに往復した。何千もの小さな麻袋が付いたロープを16キロメートル以上敷き詰めた。麻袋の中には、ダイバーたちが英国の沿岸で1粒ずつ採取した種子が合わせて100万粒入っている。種子が流されたり、カニに食べられたりしないよう、小さな袋に入れたのだ。

 2021年末、試験場に潜ってみると、新しい海草の草原ができ始めていた。まばらな部分はあったものの、砂の海底から60センチメートル以上の高さまで育っており、近い将来、タラやカレイ、コウイカ、エイのすみかになることを地元住民は期待している。

 アンスワース氏によれば、プロジェクト・シーグラスは現在、クラウン・エステートと取引する必要がない海底を探しているという。デールの試験プロジェクトが全国ニュースになった後、約20のコミュニティーから引き合いがあったという。

 そして2022年3月、南西部の都市プリマスの沖で、チャールズ皇太子が所有するコーンウォール公領の海底1ヘクタールに海草の種がまかれた。そこは、クラウン・エステートが管理する土地ではなく、無料で利用できたのだ。

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