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スズメバチの羽音をまねてフクロウをよけるコウモリ、初の事例

  • 2022年5月24日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 ある生きものが別の何かのふりをする擬態は、動物界に広く存在する。

 自分を毒蛇のように見せられる毛虫がいる。かと思えば、ハイイロモンキタイランチョウと呼ばれるアマゾンの鳥のひなは、毒を持った毛虫に姿を変える。花を好むハナアブは、針で刺す嫌な昆虫であるカリバチそっくりの姿に進化した。

 これらは全て、わりと無害な動物が捕食者となりそうなものを追い払うため、より危険な種をまねる「ベイツ型擬態」の例だ。私たちが知る限り、このような特定の種類の擬態のほとんどは視覚的だが、このたび初めて音による異なる種への擬態が哺乳類で報告された。5月9日付けで学術誌「Current Biology」に掲載された研究によると、ヨーロッパで一般的な種であるオオホオヒゲコウモリが、おそらくフクロウに捕食されないように、スズメバチの飛んでいる音を自らの羽音でまねているという。

「私たちは、哺乳類が捕食者である鳥を脅かすために昆虫の音をまねることを発見しました」と、論文の筆頭著者で、イタリアのフェデリコ2世・ナポリ大学の生態学教授であるダニーロ・ルッソ氏は言う。「これは進化的に互いに遠い3つの種を含む、驚くべき進化的な相互作用です」

どんな音?

 オオホオヒゲコウモリ(Myotis myotis)は、昆虫、特に甲虫を食べるのが好きな、ヨーロッパに広く生息するコウモリだ。彼らは、森林地帯や林縁でコロニー(集団)をつくり、一年の大半は地下の洞窟を、夏は建物の中をねぐらにしている。彼らは特にねぐらを出るときや戻るときに、メンフクロウ(Tyto alba)やモリフクロウ(Strix aluco)といった鳥にしばしば捕食される。

 1999年、ルッソ氏はヨーロッパのコウモリのエコーロケーション(反響定位)の鳴き声ライブラリーを構築すべく、様々な種がどのようにコミュニケーションをとるかについてデータを集めていた。「かすみ網から小さなホオヒゲコウモリを取り出し、手に持っていると、ホオヒゲコウモリが震えだし、連続的に激しい羽音を出し始めたんです」

「私がまさに最初に思ったのは……スズメバチか、カリバチのような音だ!」と、ルッソ氏は驚いた。

 当初、研究者たちは、その音は単なる日常的な救難信号だと推測していた。しかし、「その音が明らかに昆虫に似ていたので、すぐに仮説が生まれました。数年後にようやく、コウモリがスズメバチあるいはハナバチをまねているのではないだろうか、という仮説を検証することに決めました」とルッソ氏は言う。

 ルッソ氏自身、過去にこれらのコウモリのねぐらとなる洞窟の入口で、メンフクロウが吐き出したペレット(不消化物のかたまり)を採取したことがある。

「信じられないかもしれませんが、そのペレットにはコウモリの頭蓋骨がたくさん含まれていました。ですから、これらのコウモリが逃げおおせるためにフクロウの邪魔をするという、進化論的に言って、とても極端な試みに『挑んだ』可能性がないとはいえないと感じました」

フクロウに聞かせてみた

 今回の研究で、ルッソ氏と同僚はまず、コウモリの羽音をセイヨウミツバチ(Apis mellifera)とモンスズメバチ(Vespa crabro)など4種のハチとアリの仲間(膜翅類)の羽音と比較した。音の周波数(高さ)や長さなどを分析したところ、その構造がよく似ていることがわかった。

 さらに、フクロウの可聴域に合うように高い音を取り除いてみた結果、コウモリの羽音は昆虫の羽音により似ることがわかった。「フクロウには聞こえない音を取り除いてみると、類似性は特に強くなりました」とルッソ氏は言う。

 その後、研究者たちは、スピーカーから昆虫2種とコウモリの羽音、そして、比較のためにコウモリがコミュニケーションに使う音声を、メンフクロウとモリフクロウという2種のフクロウに聞かせてみた。

次ページ:同じトリックを使う種はもっといる?

 録音されたコウモリの羽音を聞くと、ほとんどの場合、フクロウは衝撃を受けたようだった。フクロウはスピーカーから逃げようとしたり、距離をおこうとしたりしたが、少なくとも何が起こっているのかを調べようとしていた。

 フクロウについても、野生で捕まえたものと飼育されていたものの2種類を用意した。野生のフクロウは、飛んでいる昆虫に刺されたことを覚えているからか、飼育下のフクロウよりも怖がって逃げようとしていた。これは飼育下のフクロウは今まで一度も刺すような昆虫に遭遇したことがないためではないかと、ルッソ氏のチームは推測している。しかしながら、今までのところ、フクロウが日頃からどのくらい頻繁にハチに刺されているのか、また頻繁に遭遇しているのかについての科学的なデータはほとんどない。

「彼らは確かにこれが危険な出会いであることを知っています」とルッソ氏は言う。だからこそ、このようなベイツ型擬態はおそらく、捕食者にとらえられたコウモリが飛び立つための時間を稼ぎたいときに繰り出される手法でもある、と氏は主張している。

同じトリックを使う種はもっといる?

 このような新たな発見があるときはいつもそうだが、多くの疑問が残っている。

「今後の研究で、これが本当にベイツ型擬態の一種であるかどうかを断言するには、実験室ではなく、野生で多くのフクロウを用い、再現する必要があります」と、この研究に参加していない南アフリカ、ステレンボッシュ大学の昆虫学教授であるブルース・アンダーソン氏は言う。

 もうひとつの疑問は、フクロウが単にコウモリの羽音の大きさに怯えているだけではないか、というものだ。「これが擬態なのか、感覚の偏りを利用したものなのかも、問題かもしれません」とアンダーソン氏は言う。

 また、一般的に鳥類はこうした昆虫のいる空洞を避けて巣を作るとされているが、フクロウが音を出す昆虫を恐れているかどうか、またどの程度恐れているかは依然として不明だ。これらの羽音が刺す昆虫に特有なものなのか、あるいは他の昆虫もその羽音を出せるのかどうかについても研究の余地がある。

 この研究に参加していない、米ノースカロライナ大学チャペルヒル校の生物学教授のデービッド・フェニッヒ氏によれば、刺された経験のあるフクロウが、刺されたことのないフクロウよりも恐怖を感じた反応をするのかどうかを検証するのもいいとのことだ。

 擬態はありふれていて、なかでもベイツ型擬態のいくつかはよく知られているが、その多くは謎に包まれていて印象的だ。だからこそ、今回のような発見が重要であるとフェニッヒ氏は言う。

「ベイツ型擬態は、非常に遠い関係にあるグループの間でも、自然選択がいかに驚くべき適応を生み出せるかについて、もっとも優れた例をいくつか提供してくれます」とフェニッヒ氏。アナホリフクロウがガラガラヘビに似たシューという音を出すような、異種間で音響をまねる例は他にもあるが、論文にもある通り、哺乳類が昆虫をまねるのは本当に初めての事例のようだ。

 今後、科学者たちはこの研究をさらに洗練させ、拡大してゆきたいと考えている。

「野外での観察を立証することは常に有益ですが、私たちの結果はとても明白でした。他の種で同様の戦略を見つけられたら、興味深いでしょう」とルッソ氏は言う。コウモリだけでも1400種いて、邪魔をされると羽音を立てる脊椎動物は他にも数種いる。今回研究の対象にしたコウモリ以外の種も、同じトリックを用いるかもしれないと、ルッソ氏は推測する。

「空洞にいる動物が捕食者をよけるために怖い音をまねるという戦略は、実際に広まっている可能性はあります」と、オーストラリア、ウーロンゴン大学の鳥類学研究者であるアナスタシア・ヘレン・ダルジール氏は言う。なお、氏は今回の研究には参加していない。

「擬態について私たちが知っていることのほとんどは、視覚的な擬態の研究から得られたものですが、原理的には、擬態の信号はどんな種類の感覚にも作用しえます。音響的擬態の別の例ができたことは本当に素晴らしいことであり、擬態の幅広い研究を後押ししてくれます」

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