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13万年以上前のヒトの歯をラオスで発見、謎の人類デニソワ人か

  • 2022年5月19日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 ラオスのアンナン山脈で急勾配の岩場をよじ登ったとき、ローラ・シャッケルフォード氏はあまり期待していなかった。米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の古人類学者であるシャッケルフォード氏は、コブラ洞窟と呼ばれる狭い空洞に立ち、地元のモン族の少年が見たという骨を探していた。懐中電灯をつけて、一見何もなさそうな壁から壁へと光を走らせた。

 そして、天井を見上げた。

「ほとんど骨しか見えませんでした」とナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるシャッケルフォード氏は振り返る。ゴツゴツした岩の天井には、大昔に死んだ動物の化石が埋め込まれていた。氏は「星空のようだった」と例える。

 シャッケルフォード氏のチームは長年、迷路のようなラオスの洞窟で古代人の遺物を探し続けてきたため、この狭い通路が特別な場所であることはすぐにわかった。氏がこの洞窟を初めて訪れる直前、同僚がさまざまな遺物の中から特に興味深い化石を発見していた。溝が多く入った、13万年以上前の大臼歯の一部だ。

 シャッケルフォード氏らは5月17日付けで学術誌「Nature Communications」に論文を発表し、この歯はデニソワ人と呼ばれる古人類の少女のものだった可能性が高いと報告した。この報告が正しいと証明されれば、謎に包まれたデニソワ人の化石としては、これまでで最南端に位置することになる。この研究はナショナル ジオグラフィックの資金援助を受けている。

 約40万年前、デニソワ人はネアンデルタール人から分岐した。ネアンデルタール人はヨーロッパに散らばり、デニソワ人は東のアジアに移動した。ネアンデルタール人の遺物はいくつも見つかっているが、デニソワ人の化石はなかなか発見されない。これまでにデニソワ人のものと確認された骨と歯はわずかしかなく、すべてシベリアとチベットの2カ所で発掘されたものだ。

 しかし、科学者たちの間では長年、デニソワ人はもっと南に到達したのではないかと考えられていた。デニソワ人は初期の現生人類と出会うたびに交雑したようで、その遺伝的な痕跡がアジア系の現代人のほとんどに見られる。

 このたびのラオスでの発見は、極寒の山地や高原から蒸し暑い東南アジアの低地まで、デニソワ人が驚くほど多彩な環境に暮らしていたことを明らかにした。「どこか私たちと似ているような気がします」とシャッケルフォード氏は話す。「私たちはとても柔軟性が高く、それが現生人類ホモ・サピエンスの特徴でもあります」

 デニソワ人のものと思われる歯は、今回発見された数多くの遺物の一つであり、この地域でさらに多くの発見が待ち受けていることを示唆している。研究に参加したラオス情報文化観光省の考古学者ソウリファン・ボウアラファン氏は「私たちはとても誇りに思っています」と語る。

次ページ:今回見つかった歯の化石の写真

人類史上の発見が相次ぐラオス

 この歯は、ラオスとベトナムの国境沿いに約1100キロ続くアンナン山脈で発見された最新の化石だ。何千年もかけて、古代の海底の名残である石灰岩を川が削り、現在、山脈を蛇行するように洞窟が連なっている。

 岩でできたこれらの洞窟が発見の宝庫であることはすでにわかっているが、決して楽に作業できる場所ではない。高温多湿の気候が骨の分解を早めているうえ、保存されているものがあっても、起伏に富んだ地形のため、見つけるのが難しい。こうした悪条件にもかかわらず、最近、ラオスでは発見が相次いでおり、東南アジア最古の現生人類をはじめ、数万年にわたる人類の活動を示す証拠がこの地で記録されている。

 研究者たちがラオスに関心を向けるようになったのは、現地の有力な考古学者トンサ・サヤボンカムディー氏の功績でもある。サヤボンカムディー氏は1930年代に研究され、その後放棄されていた遺跡の場所を苦心して突き止めた。コブラ洞窟がある地域もその一つだ。

 サヤボンカムディー氏は今回の研究にも参加していたが、4月に死去した。そのため、この研究には同氏にささげる意味も込められている。デンマーク、コペンハーゲンにあるルンドベック財団地理遺伝学センターの古人類学者で、論文の筆頭著者に名を連ねるファブリス・デメテル氏は「私たちのチームがラオスで活動できるのは、本当に彼のおかげです」と語る。

 デメテル氏とシャッケルフォード氏はそれぞれ10年以上前からラオスに滞在しており、最近は洞窟探検家と手を組み、断崖絶壁に挑んでいる。2018年、2人はコブラ洞窟のうわさを聞いた。その入り口は、周囲の平野より30メートル以上高い岩場にある。洞窟はとても狭く、平均的な身長の人が中に立つと、左右の壁と天井に同時に触れることができるほどだ。

 洞窟から化石を回収するのもひと苦労だ。角ばった石の破片がフルーツケーキのように集まってできた角礫岩(かくれきがん)に埋め込まれているためだ。それを削り取るのは、「まるでコンクリートから掘り出そうとするようなものです」とシャッケルフォード氏は説明する。

 それでも、コブラ洞窟では最初から驚くべき発見があった。2018年12月3日、地質学者で洞窟探検家のエリック・スゾーニ氏がシャッケルフォード氏の初訪問に先立って洞窟を視察し、チームに見せるため、岩や骨のかけらを集めた。スゾーニ氏は昼食前に洞窟から下りてきて、発見した大量の化石をチームメンバーに配った。「しばらくしてエリックがふと、ここにも何かあるんだった、と言いました」とデメテル氏は振り返る。そして、スゾーニ氏はシャツのポケットから珍しい大臼歯を取り出した。

「すぐにヒト属の歯だとわかりました」とシャッケルフォード氏は話す。「しかし、現生人類ではありませんでした」

1本の歯が伝える古人類の一生

 10年近く、デニソワ人の遺物といえば、シベリア南部のデニソワ洞窟で発見された数本の歯と小指の骨、頭蓋骨の破片だけだった。そして2019年、チベット高原の端にある白石崖溶洞で、「夏河(かが)の下顎」と呼ばれるデニソワ人の顎が見つかったという大きな発表があった。

 ラオスで発見された大臼歯は1本だけかもしれないが、科学者たちがデニソワ人についての理解を深めるのに大いに役立つだろう。論文の著者の一人であるフランス、ボルドー大学の古人類学者クレメント・ザノリ氏は「歯は個人の人生を映し出す小さなブラックボックスのようなものです」と語る。その形状や内部構造、化学的性質、摩耗パターンに、個人の年齢、食生活、さらには居住地域の気候を知る手掛かりが隠されている。

次ページ:推定13万年以上前の少女の歯

 また、歯の形は人類あるいは絶滅した類人猿の種を特定する助けにもなる。コブラ洞窟で発見された大臼歯の咬合面の溝は現代人よりはるかに多く、ネアンデルタール人の歯によく見られる隆起がある。しかし、歯の全体的な形や内部構造は夏河の下顎と類似している。

 ラオスの歯は歯根や表面の摩耗がないことから、永久歯が生えそろう前に死んだ子どものもので、死亡時の年齢は3歳半〜8歳半だったと推測されている。古代のサイ、ブタ、サル、ウシなど、ほかの動物の遺物と一緒に洞窟に流れ込んだものと思われる。動物たちの遺物の年代などを根拠に、この大臼歯は13万1000〜16万4000年前のものと推定された。

 研究チームは化石をX線でスキャンして形状を調べた後、歯のエナメル質を採取し、保存されているタンパク質を探した。繊細なDNA鎖と異なり、タンパク質はラオスの高温多湿な気候を生き抜く可能性が高い。そして、タンパク質を構成するアミノ酸が、その遺伝暗号を読み解く手がかりとなり、科学者たちが標本の身元を特定する助けになる。

 分析の結果、この歯はオランウータンなどの類人猿ではなく、ヒト属のものであることが判明した。また、タンパク質は女性の歯であることを示唆していた。ただし、人類の系統樹の枝を特定するのに必要なタンパク質は見つかっていない。

デニソワ人の謎、解明への期待

 現在のところ、コブラ洞窟の歯がデニソワ人と結び付けられた最大の根拠は、発見場所と夏河の下顎との類似性だ。ネアンデルタール人の大臼歯ともいくらか似ているが、ネアンデルタール人がラオスほど東で発見された例はない。また、これまでの遺伝子データは、デニソワ人がおそらく東南アジアに暮らしていたことを示唆している。

 少なくとも現時点では、デニソワ人の化石は非常に少ないため、この謎に満ちた人類を解剖学的に把握することは根気のいる課題となっている。今回発見された歯が下の大臼歯であるという事実は、立証をさらに難しくしている。デニソワ人とはっきり確認されている下の大臼歯は、夏河の下顎しか存在しないためだ。

 しかし、科学者の鼻先、あるいは、頭上にある洞窟の天井に、さらにデニソワ人が隠れている可能性がある。アジア各地で次々と発見されているヒト属の化石は、その多くが「旧人類」という曖昧なグループにひとまとめにされている。近年、これらの一部がデニソワ人、あるいは、少なくとも近縁種である可能性が研究によって指摘されている。

「実は博物館などでずっとデニソワ人の化石を見ていたものの、何と呼べばいいかわからなかったというのが本当のところではないでしょうか」とシャッケルフォード氏は話す。

 シャッケルフォード氏にとって、今回の研究がもたらした最も大きな成果の一つは、ラオスの洞窟だらけの山々で、膨大な数の発見が待ち受けているとわかったことだ。「10年以上前からあそこで活動していますが、まだ最初の山から下りてさえいません」

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