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瀬戸際の「世界最大の木」を守れるか、北米の巨大ヤマナラシ

  • 2022年5月15日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 木は時として、ただの木ではない。春は緑、秋には黄、オレンジ、ピンク、赤色の葉をつけるアメリカヤマナラシ(Populus tremuloides)は、北米で最も広く分布する木の1つで、しばしば自身のクローンをつくって繁殖する。1本ずつ独立した木に見えても、実際には1つの巨大な根から生える幹の集合体。つまり、1つの群落が1つの生きものだ。

 多くの場合、アメリカヤマナラシの群落は1エーカー(約0.4ヘクタール)足らずだが、もっと大きい場合もある。1本の木が森を形成していることさえある。

 米国ユタ州中南部、コロラド高原の標高2700メートル付近の国有林にある、奇妙なアメリカヤマナラシの森はその象徴だ。4万7000本の幹が1つの根系につながっていて、パンド(ラテン語で「広がる」の意)と呼ばれるこの巨大な群落は、約43ヘクタール(東京ドームの9倍強)という面積を誇る。

 パンドは有名な存在だ。2006年には切手に、2014年にはユタ州の木になった。しかし、人間による周囲の土地や動物の扱いが原因で、現在、パンドは破壊の危機に直面している。

新芽が食べられる

 パンドの壮大さはその「体重」にある。乾燥時の重さはおよそ6000トンで、世界最大の木と言われることもあるカリフォルニア州のセコイアデンドロン「シャーマン将軍の木」の3倍以上と推定されている。シロナガスクジラなら35頭分、ゾウなら1000頭分、あるいは、2022年のスーパーボウルの全観客の体重に相当する。

 パンドの幹の寿命は85〜130年で、1本枯れると、代わりに新芽が出る。しかし今、その新芽が草食動物のミュールジカやウシに食べられている。

 ユタ州立大学の非常勤教授で、アメリカヤマナラシの研究と保護に取り組むウェスタン・アスペン・アライアンスの理事長を務めるポール・ロジャース氏は、長年にわたってパンドを研究している。生態学者のロジャース氏は2018年、72年分の航空写真を見直し、この森を初めて総合的に分析した。その結果、枯れている幹に対して再生している幹が少ないことがわかった。2021年の新しいリストは、まだ査読されていないが、この差がさらに広がっていることを示唆している。

 パンドの正確な樹齢は不明だ。8万年、さらには100万年と主張する人もいるが、どちらもあり得ないとロジャース氏は述べている。実際はおそらく数千年で、約1万2000年前に終わった最終氷期を乗り越えていないことは確実だ。

次ページ:「人口5万人、全員が85歳の町を想像してください」

 しかし、人間はオオカミ、クマ、ピューマなどの捕食者を排除し、森林にウシを放牧して、この生態系を微妙に変化させてきた。これからの数十年間にパンドを家畜や野生動物から守る方法が見つからなければ、この珍しい森は消えてしまうかもしれないとロジャース氏は警鐘を鳴らす。

「人口5万人、全員が85歳の町を想像してください。それがパンドの問題です」

 森は老いていく。だが、次の世代は生き残らない。「しかも、それが目の前で起きているのです」

鍵は木々の再生

 パンドは神秘的な存在だ。ユタ州フィッシュレイク国有林にあるマラードベイの約1.5キロ東から、1エーカー当たり440本、約3メートルごとに平均1本の幹が数キロにわたって広がっている。一帯は火山岩の大地で、車ほどある大きな岩も転がっている。

 どのようにしてこれほど巨大化したのだろう? 本当のことは誰にもわからない。しかし、そうなったのは事実であり、アメリカヤマナラシが北半球でよく見られる木であることを考えると、さらに大きなクローンの森が発見される可能性もある。

 ロジャース氏はパンドの中で膨大な時間を過ごしてきた。パンドについて詩を書き、その大きさゆえに自分の小ささを感じてきた。その穏やかさに、言葉にできない感動を覚えている。

 この群落はバートン・バーンズというミシガン大学の科学者によって世界の注目を引いた。1970年代、バーンズはパンドを歩き、隣接する木々の葉を比較して、1つの根系から生えた幹と近くの無関係な木を区別した。数十年後、ほかの科学者チームがパンド全域の209本の幹からDNAを採取した。そして、バーンズが正しかったことを証明した。この巨大なアメリカヤマナラシの群落はすべて1つの植物だった。

 パンドが健康上の問題をいくつか抱えていることは、しばらく前から知られていた。1980年代後半、ある実験の一環として、米森林局が2つの小さな区画を皆伐した。これらの区画からは何も生えてこなかった。1992年、森林局は別の区画を皆伐し、フェンスで囲んだ。その区画は現在、直径10センチを超える木が密集しており、すべて高さ10メートル前後に達している。

 どうしてそんなことが起きるのだろう? アメリカヤマナラシを切ったり、枯らしたり、燃やしたり、傷つけたりすると、その反応として新芽が生えてくる。森林局の名誉研究員スタンレー・キッチン氏は、アメリカヤマナラシの森から1エーカー当たり3500本の新芽が出ているのを見たことがある。「まるでトウモロコシ畑を歩いているような感じです」。つまり、繁殖力の問題ではないということだ。

 2018年、パンドの問題点がついに判明した。ロジャース氏らが65の区画で、幹の生死、再生、下生え、そして、ミュールジカ(Odocoileus hemionus)の排せつ物を追跡したのだ。森の健全性を示す最も強力な指標は再生で、シカが存在する場所では再生が十分に進まないことを突き止めた。

 多くの植物が枯れる8〜10月、ミュールジカはパンドで草木の柔らかい部分を食べ、秋に備えてタンパク質を蓄えていた。同じころ、近くの森でウシを放牧する許可を得ている牧場主が、毎年2週間ほどパンドを通過する。その動物たちがパンドの新芽に群がり、木になる前に刈り取っていた。

次ページ:問題は単純でも解決策はそうではない

駆除やフェンス、解決策は

 しかし、問題は単純でも解決策はそうはいかない。シカは州が管理しており、狩猟のため、州には個体数を多く保たねばならない圧力がかかっている。おまけに、パンドの周辺では狩猟が禁止されている。パンドは観光客に人気の保養地で、山小屋もいくつかある。動物たちは安全な場所だとよくわかっている。何十年もかけて学び、パンドに集まっているのだ。

 爆竹を使う、空砲でシカを撃つ、オフロード車で追い払うなど、ロジャース氏はあらゆる提案を聞いてきた。しかし、どのアイデアも現実的ではないと考えている。「多用途」の森林で放牧パターンを変えるのも簡単ではない。何世代もここでウシを飼育している牧場主もいる。

 個人の寄付によって、大規模なフェンスを設置する資金が得られるかもしれないが、誰かがそれを維持しなければならない。そして、ロジャース氏は、この象徴的な存在を動物園のようにフェンスで囲んでしまっていいのかと問い掛ける。「それでは問題の根本的な解決になりません」

 現状、研究のためにフェンスで囲まれていない部分は、すでに異なる生態系への道を歩んでおり、木が再生しない場所にはさまざまな下生えが現れている。成木がない分、はるかに多くの光を取り込むためではないかとロジャース氏は考えている。パンドをフェンスで囲んだ区画と開けた区画に分けることは、「世界で最も均一な森を新しい方向へと押しやる」ことを意味する。

 しかし、近くの山にある別の群落では、少なくともキッチン氏は楽観的な見方をしている。そこでは、シカやウシが新芽を食べ、何十年も山火事が抑制された結果、モミやトウヒがアメリカヤマナラシの群落に取って代わろうとしていた。そこで、キッチン氏をはじめとする森林局の職員はハンター、環境保護団体、牧場主、州当局、土地所有者に協力を求めた。そして、2015年、各方面からの支持を得て、その山のアメリカヤマナラシを救うための10年計画が浮上した。新芽の食害が続くようであれば、シカの狩猟を強化することも計画に盛り込まれた。

 すべての問題が解決したわけではないとキッチン氏も認めているが、効果は出ているようだ。アメリカヤマナラシは再生している。

 ロジャース氏はパンドに出入りする少数のシカを駆除し、放牧のパターンを見直すとともに、キッチン氏が行っているような方法も試してみたいと考えている。いずれにせよ、「パンドの出血を止めなければなりません」

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