サイト内
ウェブ

「海の大量絶滅」温暖化で再来の恐れ、防ぐための条件は

  • 2022年5月7日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 約2億5200万年前のペルム紀(二畳紀)末、地球には超大陸が一つだけあり、周囲の海には装甲で覆われたような魚や、人間ほどの大きさのウミサソリが生息していた。また、三葉虫などの節足動物や、二枚貝のような見た目だが貝ではない腕足類、アンモナイトの仲間などが深海を支配していた。

 現在では、これらの生物は化石記録から知られている。ペルム紀の終わりに、海洋生物の90%が絶滅する地球史上最大の絶滅現象が起こった。その原因はおそらく、シベリア・トラップと呼ばれる地域の火山活動による、二酸化炭素の大量放出だったと科学者たちは考えている。最も多かった死因について、2018年12月に学術誌「サイエンス」に発表された論文は、海の温暖化と酸素の欠乏による生理的ストレスだった可能性が高いと述べている。

 その論文の著者のうち2人が、2022年4月28日付けで再び「サイエンス」に論文を発表した。今回の論文では、もし我々が温室効果ガスの排出を野放図に続ければ、海水温の上昇と海水の酸素濃度の低下による影響だけで、海洋生物の絶滅は過去5回の大量絶滅に匹敵しうると論じている。それは、6500万年前に(非鳥類型)恐竜が絶滅した白亜紀末の絶滅以降、種の大部分を消し去るほどの規模になる可能性があるという。

 だが両研究者は、この結末を変えることができると主張している。排出量を迅速に削減すれば、絶滅のリスクを70%減らすことができる。温室効果ガスの削減に加え、海洋汚染、乱獲、生息地の破壊といった海洋ストレスに対処するための協調的な取り組みを合わせれば、海洋生物が長期的に生き残る可能性はさらに高くなる。

「もし私たちが排出量を速やかに削減したとしても、海洋生物の5%程度は失われる可能性があります」と、著者の1人である米プリンストン大学の気候科学者カーティス・ドイチ氏は述べる。「2℃の温暖化で10%が失われます。ほとんどの場所に生息する生物種の集団に変化が生じます。しかし、これでも比較的小さな数字だと言えます。大量絶滅は避けられることになりますから」

 海洋酸素の専門家である米スミソニアン環境研究センターのデニース・ブライトバーグ氏は、この研究結果を「厳しいですが、重要です」と述べている。なお、氏は今回の論文には関与していない。この研究は「海洋生物の多くを守ることができる」という「希望の根拠」を提供するものだと氏は付け加える。

「この論文は、私たちの目の前にある選択肢を明確に提示しています」と、米ラトガーズ大学の海洋学者マリン・ピンスキー氏は話す。氏は、この論文と同時に「サイエンス」に発表された意見論文の著者の1人だ。「今という時は、地球上の生命の未来を守るための、人類にとって一度しかない重要な時であるように感じます」

次ページ:海洋中の低酸素エリア

海洋中の低酸素エリア

 ドイチ氏と、筆頭著者であるプリンストン大学のジャスティン・ペン氏は、温暖化が海洋中の酸素に与える影響だけでなく、海洋生物がその酸素をどのように利用しているかも明らかにしている。

 今回の論文では、過去15年ほどで低酸素海域が急速に拡大したことが示された。ただし、その広がり方は不均一で、多くの海洋生物は酸素が豊富な表層付近のエリアに押し込められており、その範囲はますます狭くなっていることが判明した。ベンガル湾、西アフリカ沖の大西洋、東太平洋の広範囲にある低酸素海域は、1960年代以降に450万平方キロメートル拡大し、年1メートルのペースで上昇しつつある。南カリフォルニアの海面下200メートルでは、過去四半世紀の間に酸素濃度が約30%も減少している場所もある。酸素が全くない海域は、20世紀半ばと比べて4倍にもなっている。

 メキシコ湾に定期的に出現するような沿岸の「デッドゾーン(死の海域)」とは異なり、こうした低酸素海域が生じる原因は、陸地から流れ出る養分による汚染ではなく、海水温の上昇だ。海面の温度が上昇すると、空気中から溶け込む酸素の量が減る。また、温かい水は冷たい水より軽いため、表層と深海の海水の混合が減少し、深海では酸素が少なくなる。

 その結果、生息地が減少したり、獲物の居場所が狭くなったりするなど、海洋生物にはすでに混乱が生じている。カジキは餌を求めて潜る深さが数十メートルも浅くなっている。カジキの他にもサメ、マグロ、マダラ、ニシン、サバなどは、水面付近にいる時間が長くなり、漁船や鳥、ウミガメに捕らえられやすくなっている。

 この他にも様々な変化がある。カニやイカのなかには、低酸素状態だと目が見えにくくなるものがいる。大型の海洋生物の餌となる動物プランクトンの多くは、すでに限界ぎりぎりの酸素濃度で生息しており、これ以上酸素が減少すると、新しい場所に移動しない限り生存できないだろう。また、繁殖力が低下している魚や、病気が増加している魚もいる。

 最も大きな変化は、呼吸に関わるものだ。水温が高くなればなるほど、生物は代謝を維持するために、より多くの酸素を必要とする。それなのに、海水温の上昇によって、酸素の供給量は減少しているのだ。

「本当に、本当に心配です」と、米国立大気研究センター(NCAR)の海洋科学者マシュー・ロング氏は言う。「地球温暖化が進むにつれて、地球最大の生態系における基本的な代謝状態が変化しているのです」

次ページ:最悪のシナリオではどうなるか

最悪のシナリオではどうなるか

 ペン氏とドイチ氏は、あらゆる海域、緯度、深度について、貝類からサメまで数十種に及ぶ海洋動物の代謝データを集め、それぞれが生き残るためにはどれだけの酸素が必要かを調べた。すでに温度がどのように変化しているかのデータを収集し、シミュレーションを行うことで、温度が上昇し続けると、それぞれの種の貧酸素耐性と最低限必要な生息域がどのように変化する可能性が高いかを検討した。

「比較的少数の種しか見ていませんが、世界全体の像を幅広くとらえていると考えられる理由がいくつもあります」とドイチ氏は言う。

 マグロのように生息域が狭まれば確実に移動する種もあるが、サンゴのように移動しにくい種にはそうした選択肢がない。どの程度の生息地が失われると、種やその地域の個体群が絶滅するのかを知るのに、化石記録が役立った。両氏は2018年にペルム紀末の絶滅の際の海洋変化を再現していたが、今回はモデルを調整し、そのシミュレーションを用いて今後を予測した。

 その結果、最も高排出のシナリオ(排出量が急増し続けるシナリオだが、現在では多くの科学者が起こりそうにないと考えている)の下では、海洋温暖化と酸素の減少が、乱獲や汚染といった他のすべての海洋ストレス要因を合わせたよりも多くの種を、21世紀末までに絶滅させると予測された。しかし、種の減り方は一様ではない。熱帯の海では最も多くの種が失われるだろうが、より寒い海域に移動することで生き残る種も多いだろう。北米の主な漁場である北太平洋のような高緯度海域に生息する生物は、より深刻な影響を受けると考えられる。

「熱帯の種はすでに温暖で低酸素の状態に適応しているため、そうした状態が世界的に広がっても生き残る可能性は比較的高いです」とペン氏は言う。「寒冷で高酸素の海域に生息する種は避難する場所がありません」。これと同じパターン、つまり極地の種のほうが絶滅するリスクが高いことは、ペルム紀末の絶滅を伝える化石記録にも見られる。

 現在と同じペースの温室効果ガスの排出が21世紀末の時点で続いていれば、ペルム紀末レベルの大量絶滅が2300年までに起こると、ペン氏とドイチ氏は結論付けている。太陽光発電や風力発電の普及によって化石燃料の需要が徐々に減少していくと見込まれるため、このような未来は起こりそうにないとはいえ、過去の教訓を生かさない手はない。たとえ未来がそこまで悲惨でないとしても、2億5200万年前に海洋生物を絶滅させたのと同じメカニズムが依然として働いているのだ(他の4回の大量絶滅は、地球規模の寒冷化や小惑星の衝突など、異なる種類の変化によって引き起こされた)。

 今回の研究は「実に見事です」と、米ロードアイランド大学の生物海洋学者カレン・ウィシュナー氏は述べ、「しっかりと大きな視野でとらえています」と両著者を評価する。しかし、海洋生物の生活は複雑であり、環境変化に対して動物がどのように反応するかについては、まだ学ぶべきことがたくさんあると氏は付け加えた。「適応する方法は、個々の種によって異なるのです」

 重要なことは、これらの種の損失は予測可能であるということだとドイチ氏は言う。「変化はかなり直線的です」。気温が0.5℃上昇するごとに、絶滅する種の割合は数ポイントずつ増加する。

 つまり、たとえ排出量が急速に抑えられたとしても、ある程度の種が失われることは避けられない。地球の平均気温は、すでに産業革命以前に比べて約1℃上昇してしまっている。しかし、2015年に温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」で各国が合意したように、気温上昇を2℃以内に抑えることができれば、種の損失は10%以下に抑えられる可能性が高い。

 220万種の海洋生物がいることを考えると、その10%の種が失われるのは「絶対数としては大きいです」とペン氏は言う。「しかし、最悪のシナリオよりは1桁少ないのです」

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2022 日経ナショナル ジオグラフィック社