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アラスカの凍土に眠る血みどろの歴史、貴重な遺物に消失の危機

  • 2022年7月6日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 米アラスカ州南西部沿岸にあるヌナレク遺跡の凍土には、ある運命の瞬間がそのままの姿で埋もれている。約400年前に、先住民ユピックが何者かに襲われたときの品々だ。

 考古学の世界ではよくあることだが、遠い過去の悲劇は現代の科学に恩恵をもたらす。ヌナレクでは、日常使いの食器から、木製の儀式用仮面、セイウチの牙でできた入れ墨用の針、精巧に作られた小舟の破片、カリブーの歯でできたベルトなど、10万点もの遺物が発見されている。その量や種類の多さもさることながら、1660年頃から地中で凍結していたため、保存状態は驚くほど良好だ。

 凍った大地のおかげで、草のロープ、サーモンベリーの種、草で編まれたかごなどの有機物まで残っている。「この草はシェイクスピアの時代に刈られたものですよ」と、英スコットランド、アバディーン大学の考古学者リック・クネヒト氏は語る。

遺物が伝える凄惨な過去

 ユピックの祖先は東シベリアとアジアからやって来たと考えられている。約1万年前にベーリング海を渡って北米にたどり着き、徐々にアラスカ西部の沿岸地域に移動して、紀元1400年頃にはユーコン川を含む沿岸の河川沿いを上り、内陸部に集落を形成するようになった。

 一帯は当時、現在のアラスカ州のような北の極寒の地ではなく、より温暖だった。水辺には食料が豊富だった。岸辺やカヤックから銛でサケを捕り、弓矢で哺乳類を狩る。季節ごとに野営地を移動し、さまざまな食料を手に入れた。寒い季節には、土で作った住居の中で過ごした。

 かつてそうした土の建造物があった場所の周辺で、クネヒト氏らは驚くべき発見をした。何世紀も前に住人をいぶり出すために使われた、火の痕跡を発見したのだ。おそらく大家族であろう50人ほどがここで暮らしていたようだが、誰も助からなかったと見える。

 脱出のためトンネルを掘ろうとして煙に巻かれた女性と見られる遺骨を考古学者たちは発掘した。また、複数の女性や子供、年長者が地面に顔を付けた状態で発見された。捕らえられて殺されたのだろう。

次ページ:後退する氷、解ける凍土、削られる遺跡

 クネヒト氏は、この遺跡と現代のユピックが語る伝承との間に関連があると見ている。1700年代にロシアの探検家がアラスカに到着する以前、ユピックでは血みどろの戦いが繰り広げられていたという。歴史家が「弓矢の戦争」と呼ぶ時代だ。ヌナレクの遺跡で、数世代にわたるこの凄惨な時代の考古学的証拠と確定的な年代が初めて得られたことになる。

 クネヒト氏は、この戦いが気候変動の結果だったと考えている。ユピックがヌナレクに定住していたころ、小氷期と呼ばれる550年間に及ぶ寒冷期が起こった。アラスカが最も寒冷化した1600年代は、食料の略奪が繰り広げられた、過酷な時代だったに違いない。「気候が急激に変化するときには、食料が手に入る時期が大幅にずれることがよくあります」とクネヒト氏は言う。「小氷期や現代のように、極端な気候の変動が起きると、適応が追いつかなくなることもあるのです」

後退する氷、解ける凍土、削られる遺跡

 何世紀にもわたり、ベーリング海の両岸に住むユピックは北極圏のツンドラを住処としてきた(編注:ユピックはシベリアにも暮らしている)。しかし、予測不可能で脅威を増す気候は、食料調達のサイクルを狂わせただけでなく、ヌナレクの記憶を消し去ろうとしている。

 夏には、白い花を咲かせるノコギリソウやワタスゲといった多年草が大地を覆い、朝日がツンドラに当たるとロウソクのように輝いて、何の問題もなさそうに見える。しかし、冬になるとベーリング海の荒波が海岸に打ちつけ、その光景は一変する。波が大きいときは、狭い砂利浜を越えて、遺跡が削り取られてしまうのだ。

 ヌナレクの遺跡からわずか6キロほど離れた現代のユピックの村、クインハガックでは、この異常気象がもたらす変化がよく話題に上る。「20年前に長老たちが言い始めたんです。地面が沈んでいるとね」と、この村の財産を所有・管理するユピックの法人「カニアトック」の代表、ウォーレン・ジョーンズ氏は言う。「この10年ほどの変化があまりに大きいので、今では誰もが気づいていますよ。2月に舟が出せるんです。1年のうちで最も寒い時期のはずなのに」

 地球規模の気候変動が極域を襲い、アラスカの歴史を語る手がかりとなる何百もの遺跡が脅かされている。何世紀も前の遺物を保存してきた永久凍土は急速に解けつつある。露出した遺物は、腐敗が進む。2300万平方キロに及ぶ北極地方一帯は、地球の他の地域よりも2倍から3倍の速さで温暖化していると科学者は推定している。

 アラスカ南部では、海面上昇とベーリング海の冬の嵐により、沿岸の遺産がより大きな危機にさらされている。沿岸部を暴風雨から守っていた海氷が減少したせいで、一度の激しい嵐によって内陸部まで浸食される可能性が出てきている。洪水は海岸線を後退させるだけでなく、埋もれていた考古学的遺跡を押し流してしまう。専門家の予測によると、今後数十年間は海面が上昇し続けるため、アラスカ西海岸の一部は定期的に3メートル以上の高潮に見舞われるという。低地では永久凍土が解け、土地が沈下している。

次ページ:脅かされる遺産を守り、継承する

 その結果、ヌナレクのようなあまり知られていない文化の遺産が、アラスカ沿岸部にとどまらず広い範囲で失われる事態が起こっている。スイスの新石器時代の弓矢やノルウェーのバイキング時代の杖、シベリアのスキタイ遊牧民の豪奢な墳墓など、地球の北部全域で大規模な融解により過去の民族や文明の痕跡が露出してしまった。危機にさらされている遺跡があまりにも多いので、考古学者たちは調査よりも、凍結していた遺物の救出を優先し始めている。

脅かされる文化遺産を守るために

 アラスカ州沿岸部の遺跡は、二重の危機に脅かされている。まず、過去半世紀で2℃近くも上昇した平均気温だ。

 温暖な日が続くと、いたるところで永久凍土が融解してしまう。2009年にヌナレクで発掘を始めたときは、ツンドラの表面から50センチほど掘ると凍土にぶつかった。しかし、現在は1メートル程度下まで凍土が解けている。カリブーの角や流木、骨、セイウチの牙など、見事な彫刻が施された遺物は、凍結によって完璧な状態で保存されてきたが、このまま放置すればすぐに劣化が始まってしまう。

 もう1つの打撃が海面上昇だ。1900年以降、世界の海面は約20センチ上昇し、この数値は今後も上昇し続けると専門家は見ている。永久凍土の融解で地盤が沈下している今、ヌナレクのような沿岸の遺跡は波による被害を受けやすい。「激しい冬の嵐一つで、この遺跡が丸ごと消えてしまうかもしれません」とクネヒト氏は言う。

 この発言は同氏自身の経験からくるものだ。発掘が始まって以来、海は約10メートルにわたって容赦なく遺跡を破壊した。2010年の発掘後の冬は、特に過酷だった。クインハガックの住民は、海岸に巨大な氷の塊が打ちつけられていたことを覚えている。クネヒト氏らが次にやって来たときには、発掘した場所がすべてなくなっていた。以来、危機感は増すばかりだ。

 ユピックのジョーンズ氏が発掘を始めたのは、考古学的遺物を知ることにより、過去を理解し感謝する意識が生まれるのではないかと考えたからだった。海岸に木製の遺物が打ち寄せられるようになったとき、彼はクネヒト氏を招いて侵食された遺跡を調査し、ヌナレクの発掘を村の理事会に説得しようと動いた。二人の出会いは、地域社会と考古学者がパートナーとして協働するというユニークな協力関係へと発展していった。

 ジョーンズ氏は、このようなパートナーシップを築いたことを誇りに思っている。そして、この遺跡でのさらなる発見と、ヌナレクの文化を守り伝える拠点として村に立ち上げた資料館の将来に期待している。「大学に行っている村の若者たちが、将来、資料館を運営してくれたらと思っています。そして、これは自分たちのものだという誇りをもってもらいたいのです」

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