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絶滅危惧カリブーが3倍に増加、カナダ先住民9年越しの成果

  • 2022年4月13日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 カナダのブリティッシュ・コロンビア州東部にはかつて、数えられないほどのカリブー(トナカイ)がいた。「長老たちは、かつてはカリブーが虫のようにたくさん生息していたと言っていました」

 カリブーに頼って生きてきた先住民グループのひとつ、ウェスト・モーバリー・ファースト・ネーションズの首長(チーフ)であるローランド・ウィルソン氏は言う。「カリブーはいつも身近にいたのです」

 現在、カリブーの数は激減している。アルバータ州との州境からほど近いウェスト・モーバリーでは、20世紀に入植者たちが原生林を破壊し、カリブーの生息数が徐々に減っていった。ウィルソン氏が生まれた1966年には、巨大な群れがいた時代は終わりを告げていた。そして2000年、彼が首長となる頃には、この地域のカリブー集団はカナダ政府によって絶滅危惧種に指定されていた。」)

「数が少なすぎるから私たちはもう狩りをしないと聞かされました。それが、カリブーに関する私の最も古い記憶です」とウィルソン氏は言う。「私自身は実際にカリブーを狩ったことはないんです」

 アラスカ北極圏からケベック州の森に至るまで、北米のいたるところでカリブーは減っている。何千年にもわたって大陸を歩き回り、膨大な動物たちの食料となり、何百もの先住民グループに文化的・精神的な影響を及ぼしてきたカリブーの減少は、ゆっくりと進行する災害のようなものだ。科学者たちは状況を十分に把握できていないし、政府は問題に対処できておらず、また、対処する気もないように見える。

 そこでウィルソン氏らは、近隣のソールトー・ファースト・ネーションズの人々とともに、自分たちの手で問題を解決することにした。妊娠中のカリブーの保護、重要な生息地の回復、オオカミの駆除を始めたのだ。今、彼らはカリブー保護活動の最先端にいる。

 2022年3月、ウェスト・モーバリーとソールトーの人々、そしてブリティッシュ・コロンビア大学、アルバータ大学、モンタナ大学の共同研究者たちは、クリンシーザと呼ばれるカリブーの群れを救うための9年間に及ぶプロジェクトの成果を論文にまとめ、発表した。

 クリンシーザは、カリブー(Rangifer tarandus)の亜種ウッドランド・カリブーの地域個体群だ。北極圏のカリブーとは異なり、ウッドランド・カリブーは大移動をすることもなければ、何万頭もの群れを形成することもない。少なくとも、現在は。

 2013年のプロジェクト開始時、クリンシーザのカリブーはわずか38頭しか残っていなかった。しかし、ウェスト・モーバリーとソールトーの努力によって、現在は3倍の114頭に増えた。他ではどこも達成していない偉業だ。

 一帯における絶滅の危機から見事にカムバックしたのだと、ブリティッシュ・コロンビア大学とモンタナ大学の研究者であり、論文の第一著者であるクレイトン・ラム氏は語る。

「驚くべき増え方です。前代未聞です。適切な人材と適切な技術があれば、カリブーを回復させることは可能だと示したのです」

次ページ:カリブーを増やすため必要だったオオカミ駆除

 プロジェクトが始まる前、クリンシーザは人間による開発や生息地の分断、オオカミやハイイログマを始めとする捕食者の増加など、さまざまな要因によって消滅寸前だったとラム氏は言う。ウェスト・モーバリーとソールトーの人々は、科学者や民間のコンサルタントと協力しながら、これらの問題に可能な限り総合的に対処する計画を立てた。

 プロジェクトでは、短期的には未成熟個体の生存率を高め、長期的には生息地の回復に努めることを目指した、とラム氏は説明する。

 しかしその前に、「オオカミを駆除する必要があった」とウィルソン氏は言う。

 場所によっては、オオカミは法律で保護されている。米国やカナダにおいて、捕食動物の駆除は一般的であると同時に議論も呼びがちな手法だ。ブリティッシュ・コロンビア州では、オオカミの駆除はカリブーの保護策として、州政府および先祖代々の土地を管理する先住民の人々によって広く採用されている。

 ラム氏によると、カリブーの子の死因として最も多いのは捕食であることが、クリンシーザの群れの調査でわかった。特に、生後数週間は捕食されやすい。そのうえ、群れの個体数がわずかであることも問題を大きくしている。生殖可能な年齢まで生き残る個体が少なければ、群れは回復しない。

 カリブーの子を捕食するのはオオカミだけではない。クマ、クズリ、そして最近ではピューマも捕食する。ラム氏によると、カリブーの保護プロジェクトが始まった当時、オオカミの数は以前よりずっと増えていた。人間の活動、特に伐採によって、カリブーが好む原生林が破壊され、獲物となる他の動物たちが入ってくるようになったためだ。

「伐採によってヘラジカやシカの生息地が確保されると、オオカミがやって来ます。捕食動物は伐採道を使って、これらのエリアにアクセスしてくるのです」

 ヨーロッパからの入植者が来る前、この地域のヘラジカやオジロジカの数は少なかった。カリブーはもっと多く、オオカミと比較的バランスよく共存していた。しかし現代では、人間が手を加えた土地でヘラジカやシカが爆発的に増え、オオカミはより多彩な食物を得られるようになった。獲物が増えればオオカミの数も増える。そしてカリブーはオオカミの最も簡単な標的なのだとウィルソン氏は言う。

「オオカミの駆除は、私たちがやりたかったことではありません。しかし、オオカミの個体数は増えすぎていました。カリブーを守るためには、オオカミの数を減らさなければならないと分かったのです」

 カリブー保護プロジェクトの初年度が終わると、ウェスト・モーバリーとソールトーの人々はプロジェクトの第2段階として、母親カリブーのための囲い(ペン)の建設に取りかかった。

「マターナル・ペニング」とは、妊娠したカリブーを捕獲し、外敵から保護された囲いの中へ移動させることだ。これにより安全に出産・育児ができるようになる。生まれた個体の足腰がしっかりしてきたら、母親と一緒に野生に帰される。

「私たちがこの方法を採用したのは、カリブーの数に対して、他に有効な方法がないと考えたからです」と、カリブー保護プロジェクトのマネジャーであるスコット・マクネイ氏は言う。つまり、瀕死の状態にある群れにとって、ペニングは唯一の選択肢だったのだ。

次ページ:群れの個体数が増えた

 マクネイ氏と妻のライン・ジゲール氏は、ウェスト・モーバリーとソールトーの指導を受けながら、山の高いところに囲いを作った。保護するカリブーのメスは、ヘリコプターから網をかけて捕獲、特別に作った大きな袋に入れて囲いの中に運んだ。

 囲いの中では、ウェスト・モーバリーとソールトーの人々が24時間体制でカリブーを守った。出産を控えたメスたちは草を食むことができ、さらに市販のペレットやウェスト・モーバリーの人々が採ってきた地衣類が与えられた。出産から数週間後の6月、母子たちは野生に帰された。

 このプロセスを毎年繰り返したところ、大きな成功を収めている。

「私が驚いていることの1つは、増加率です」とマクネイ氏は言う。「開始以来、年14%の増加率。それが囲いの効果です」

 囲いとオオカミの駆除が効果を発揮したのを受け、長期的な目標である生息地の保護についても議論が進められている。2020年には、人間の活動によって影響を受けた山、森、川、土地など計8000平方キロメートルを保護する協定が結ばれた。

 マクネイ氏によると、保護区内の回復作業はすでに始まっているという。森林の再生に加え、伐採道や、石油やガスの探査で切り開かれた小道を取り除く作業などが含まれる。こうした人工物はカリブーの生息域を分断し、人間や捕食動物の通り道にもなっている。可能な限りそれらをなくすことが、群れのストレスを軽減するとマクネイ氏は説明する。

「生息地の回復は、私たちができることの中で最も重要です。オオカミの駆除と母親カリブーの囲い込みを永遠に続けるつもりはありません。あくまでも一時的な措置です。つまり、どれだけ生息地を回復できるかに集約されるのです」

 今回のプロジェクトの成功について、ウィルソン氏、ラム氏、マクネイ氏は、クリンシーザの群れが地域絶滅から救われたことを意味すると考える。ラム氏とマクネイ氏はまた、危機に瀕した小規模の群れを救う短期的な手法として、オオカミの駆除とペニングが有効であることが示されたと指摘する。

 ウェスト・モーバリーとソールトーの人々は、最終的には先住民のハンターが再びクリンシーザの狩りができるところまで回復させたいと考えている。ウェスト・モーバリーだけで約350人が暮らしているため、3000頭以上の群れが必要になりそうだ。ウィルソン氏は、自分が生きている間にその数に到達することはないだろうと言う。しかし、孫の世代には期待できる。

「地域全体がこのことを誇りに思っています。祝福されるべきことです。カリブーを守ることは、私たち自身を守ることでもあるのです」

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