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なぜ米軍はかつて噴火する火山を爆撃したのか?

  • 2022年4月10日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 1935年、ハワイの巨大火山マウナロアが噴火し、赤熱した溶岩が人口1万6000人(当時)のヒロの町に向かって流れ下った。通常、火山が噴火したら、人間は避難するしかない。しかしこの年、科学者たちはちょっとした試みを実行することにした。

 同年12月27日、キーストーン・エアクラフト製の複葉爆撃機B-3とB-4の小部隊が、ヒロに迫る溶岩流の上空を飛行し、20発、TNT換算で3トン強分の爆弾を投下した。

 爆撃の目的は、マウナロア山の破壊でも、噴火を止めることでもない。地上や地下の流路を崩してヒロに向かう溶岩の流れを変え、危険を回避するためだった。この作戦は、爆発物を使って溶岩流の向きを変えようとする人類初の試みであり、その後も同様の作戦が続くことになった。

 これまでのところ、この種の回避策で危機を完全に防げた作戦は1つもない。溶岩の流出が続くかぎり、どんなに技術的に優れた作戦であっても、最終的には火山に負けるからだ。

 しかし英ケンブリッジ大学の火山学者エイミー・ドノバン氏は、意味がないわけではないと言う。溶岩流の向きを変えられれば、「避難する時間を稼げます。その間に住民は荷物をまとめることができます」

 溶岩の流れを変えようとする爆撃は、人々や土地を守るのに役立つのだろうか? 答えは複雑だ。この派手な減災方法が有効なのは、非常に特殊な条件が満たされている場合に限られ、そのうちのいくつかは完全に運任せだ。

王女は火山の女神に祈りを捧げた

 マウナロア山は活発な火山活動で知られ、過去数世紀に何度も噴火を繰り返している。火山に近いヒロの人々は(現在の人口は約4万5000人)、噴火から財産や生活を守るために様々な方法を試みてきた。

 1881年の夏。噴火に立ち向かうため、ヒロの村人たちは小さな岩壁を築いたが、壁はあっという間に溶岩流にのみ込まれてしまった。そこで、ハワイ王国を建国したカメハメハ大王の子孫であるルース・ケエリコラニ王女が現地を訪れ、火山の女神ペレに祈りを捧げ、ブランデーやスカーフなどを供えた。まもなく溶岩流は止まったが、王女の祈りでも止まらなかった場合に備えて、地元当局は溶岩流の手前で多量の爆薬を使う準備をしていたという。

 1935年11月。マウナロア山の噴火がまた始まると、当局は再び爆破を計画した。12月23日には、ヒロに水を供給しているワイルク川の水源まで溶岩が到達しそうになった。

 溶岩流は、自らが作り出した流路や地中の溶岩チューブ(溶岩流の表面が空気や土に触れて冷え固まり、内部を高温の溶岩が流れているもの)を通ってヒロの方向へ流れ下った。地中のチューブは断熱材の役割も果たしたため、中を流れる溶岩は溶融状態を長く保っていた。

次ページ:何もしないわけにはいかなかった

 米地質調査所(USGS)ハワイ火山観測所の創設者であるトーマス・ジャガーは、同僚と相談した結果、何もしないという選択肢はないと判断した。

 米ノースカロライナ州立大学の火山学者アリアナ・ソルダティ氏は、「噴火自体を止めようと思って火山を爆撃した人はいないと思います」と言う。ジャガーは、流路や溶岩チューブを部分的に破壊すれば、溶岩が様々な方向に流れるようになり、ヒロに向かって流れ下る溶岩を断ち切れるのではないかと考えたのだ。

 人力で爆薬を運ぶという案もあったが、すぐに却下された。ジャガーは米軍に上空から爆弾を投下してくれるように依頼した。依頼してから4日後の12月27日、米軍は10機の複葉機を2つの目標地点に飛ばし、600ポンドの破壊用爆弾Mk Iを投下した。

 1936年1月2日、溶岩の流れが止まり、ヒロは再び難を逃れた。ジャガーは、これは爆撃の直接的な成果だと宣言したが、パイロットや地質学者の中には懐疑的な意見もあった。いくつかの爆弾は目標を外れていたし、命中した爆弾も、ジャガーが期待したような地形の変化は起こしていないようだった。まったくの偶然ではあるが、爆撃の前後に溶岩の噴出ペースが低下しており、溶岩流の停止は、単純にこれで説明できた。

 1942年4月。マウナロア山に対する爆撃は、第2次世界大戦中にも行われた。このときは、敵の飛行機の目標にならないように、溶岩流や爆弾の光を消すことが重要視された。USGSアラスカ火山観測所の地球物理学者であるハンナ・ディートリック氏によると、この爆撃も前回と同様、溶岩流には大きな影響を与えなかったようだ。強力な爆弾も、溶岩の力には勝てない。

 だがそれから50年後、地球の反対側で火山災害に対応していた人々は、爆弾にもう一度チャンスを与えることにし、それなりの成果をあげることができた。

「作戦は成功しました」

 イタリアのシチリア島にあるエトナ山は不安定な火山で、ほぼ絶え間なく活動している。近年も2013年9月から噴火を繰り返しており、今年も何度か空高く溶岩を噴き出しているが、基本的には被害は出ていない。

 1991年から1993年にかけてのマグマ噴火は「過去350年間のエトナ山の噴火の中で、最も長く続き、最も大量の溶岩が噴出しました」とイタリア国立地球物理学火山学研究所の火山学者ボリス・ベーンケ氏は語る。その溶岩は人口9500人のザッフェラーナ・エトネアの町を脅かし、当局は解決策を模索した。

 ここで参考になったのが、エトナ山が1983年に小規模な噴火を起こしたときに試された溶岩流の爆破だった。同年の噴火では、溶岩流が一部の農地を覆い、近くの町に迫った。これを溶岩の流れを変える実験のチャンスととらえた当局は、世論にも後押しされて、爆薬の使用を決めた。

 正確を期すため、技術者たちは徒歩で爆薬を仕掛けに行き、溶岩流路の横に掘った小さなトンネルに詰めた。しかし、溶岩に熱せられたトンネルは白熱しており、「技術者たちは、そんなところに爆薬を入れたら早々に爆発してしまうのではないかと心配しました」とベーンケ氏は言う。そこで、トンネル内に水を注入して冷却したところ、激しい温度変化によって溶岩流路が変形して側面から溶岩が漏れ出し、爆薬を仕掛ける前に流れが変わってしまった。

次ページ:約10年後の再挑戦

 結局のところ、1983年の実験は失敗に終わっていた。爆破によって危険のない新しい流路はできたものの、溶岩が進む方向はあまり変わらず、しかも開口部はすぐに閉じてしまった。しかしこの実験のおかげで、当局は約10年後の緊急事態に適切に対応することができた。

 1991年にエトナ山が再び噴火したとき、溶岩流を止めるために土塁が造られたが、すぐに乗り越えられてしまった。1992年の春には「表面の溶岩は冷えて固まり、多くの溶岩が溶岩チューブの中を流れるようになっていました。これは溶岩流の優れた存続メカニズムです」とベーンケ氏は言う。

 人々に助けを求められた米軍はまず、爆弾ではなくコンクリートブロックを選択した。数機のヘリコプターが溶岩チューブの天窓の上空からブロックを落として流れをせき止めようとしたが、失敗に終わった。

 そこで1992年5月、技術者たちは1983年と同様の方法を試すことにした。まずは、勇敢なダンプカーの運転手が、溶岩で覆われた山を登るための比較的安全な道を作った。その後、作業員たちが溶岩チューブの側面に穴を掘り、合計7.7トンの爆薬を仕掛けた。このときには爆薬を仕掛けるべき場所を正確に把握できていたので、期待通りの結果が得られた。

「彼らは大量のダイナマイトに火をつけて、すべてを吹き飛ばしました」とベーンケ氏は言う。

 ほとんどの溶岩は人工的に掘った溝に流れ、そこで冷えて固まった。数時間後、ザッフェラーナ・エトネアを脅かしていた溶岩流は止まった。「作戦は成功しました」とベーンケ氏は言う。その後、エトナ火山の噴火も落ち着き、町は安全を取り戻した。

爆撃すべきか否か?

 この試みが成功し、他が失敗したのはなぜだろう? ディートリック氏によると、溶岩流の向きを変えるためには、いくつかの条件を満たしている必要があるという。溶岩チューブや溶岩流路のように溶岩が流れるルートがあり、それらに穴をあける場所を正確に選べ、そして、向きが変わった溶岩が流れる先として問題ない場所があることだ。

「これは非常に特殊なシナリオです。一般の人が思うよりはるかに特殊です」とニュージーランドのオークランド大学で溶岩流の危険性を研究しているソフィア・ツァン氏は言う。溶岩は最も急な下り坂に沿って流れていくため、爆破する場所もかなり急な斜面になければならない。エトナ山は成層火山で傾斜角度が大きいのに対して、マウナロア山をはじめとするハワイの楯状火山の傾斜は緩やかなため、爆薬を使って溶岩流をそらせることは多くの場合、検討に値しない。

 仮に、もっと高いところに亀裂ができて、爆薬を使って流れを変える時間的余裕があったとしても、法的な問題が発生する可能性がある。ユネスコの世界遺産から溶岩を遠ざけられたとしても、そのせいで近代的な集合住宅が溶岩にのみ込まれるかもしれない。

「私有地もインフラも何もないところに溶岩を流す必要があります」とソルダーティ氏は言う。しかし、そんな場所はほとんどない。2018年のハワイのキラウエア山の噴火や、今も続いているスペイン領カナリア諸島ラ・パルマ島のクンブレ・ビエハ火山の噴火を見てみよう。いずれも人家のすぐそばに噴火の割れ目ができていて、爆薬を使って溶岩の流れを変えることは無謀だ。

次ページ:爆薬に頼らない方法はあるのか

 多くの場合、「誰かが深刻な被害を受けることになります」とドノバン氏は言う。

 さらに、ハワイに住む人々の多くは火山に畏敬の念を抱いており、火山を爆撃するのは冒涜だと考えている。

野生の猛獣のような溶岩

 2020年9月25日付けで学術誌「Journal of Applied Volcanology」に掲載されたツァン氏らの溶岩の危険性をまとめた研究によれば、爆薬など使わなくても溶岩流の流れを変えられるかもしれない。

 1973年、アイスランドのヘイマエイ島にあるエルトフェットル火山が噴火し、同国にとって重要な港が消滅する危機に陥った。対応にあたった人々は、噴火が終息するまで5カ月にわたって大量の海水を溶岩にかけ続け、溶岩の流れるスピードを遅くすることに成功した。しかし、この方法は、海が近い場所でないと再現できそうにない。

 防御壁によって溶岩流を阻んだり、向きを変えたりする方法は、はるかに一般的に利用されている。「爆撃よりも確実に時間を稼げるようです」とツァン氏は言う。

 爆撃とは違い、防御壁は噴火前に火山の周りに設置することができる。2021年5月に大噴火を起こし、大きな被害を出したコンゴ民主共和国の危険な火山ニイラゴンゴの周囲に防御壁を建設するという話もある。しかし、このような予防策が常に可能であるとは限らない。溶岩は、火山の広い範囲に突然できた亀裂や火口から噴出することが多く、先手を打って防御壁を設置することは困難なのだ。

「溶岩は一般的な流体ではありません」とスペインのナショナル ジオグラフィック研究所の火山学者スタブロス・メレトリディス氏は言う。溶岩は自ら独特な地形を作り、周囲にブルドーザーのような力と猛烈な熱を及ぼす。それは気まぐれに方向や速度を変える、野生の猛獣に似ている。

 暴走する噴火による被害を食い止めようとする人は、自分たちが「火山のなすがままの存在」であることを忘れてはならないとディートリック氏は言う。

 ドノバン氏は、溶岩の流路に何を置いたとしても、「噴火が止まらなければ、溶岩はどんな障壁も、どんな穴も乗り越えてしまうでしょう」と語る。

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