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単細胞性の酵母が試験管で「巨大な多細胞体」に進化、驚きの実験

  • 2021年9月18日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 生命はいかにして、単細胞から始まり、今のようなかくも美しく複雑な生物へと進化したのだろうか。そもそも細胞は、どのようにして集まり、互いに協力することを学び、数億から数兆個もの細胞から成る有機体を形成するようになったのだろうか。

 その答えはまだ見つかっていないが、米ジョージア工科大学による最新の実験結果が、大きな手掛かりを与えてくれるかもしれない。同大学の研究チームは、試験管の中で本来は単細胞性の酵母が肉眼で見えるほど巨大なクラスター(集合体)にまで進化する様子を観察し、複雑な多細胞構造の起源を探る研究への道筋をつけた。

 実験で得られた酵母のクラスターは大きさが直径2ミリで、およそ45万個の細胞を含んでいた。しかも、最初はゼラチンの100分の1の柔らかさだったのが、細胞が複雑に絡み合い、最終的にはなんと木のような硬い物質に変わっていた。この研究はすでに学術誌「Nature」に提出され、査読前の論文を投稿するサイト「bioRxiv」に8月5日付で掲載されている。

 今回の論文の共著者でジョージア工科大学の進化生物学者ウィリアム・ラトクリフ氏は、多細胞生物の起源を探るため、10年かけて酵母の研究を続けてきた。2012年には、単細胞性の酵母が雪の結晶のような形に多細胞化する「スノーフレーク酵母」に関する興味深い論文を学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表している。

 この変異株は通常と異なり、母細胞から出芽した娘細胞は母親にくっついたまま枝分かれして増え、小さなクラスターを形成する。しかし、細胞の数が数百個まで増えて大きくなると、二つに分裂する。

 スノーフレーク酵母に見られるように、生命がシンプルな多細胞性を進化させる道はいくつかあるものの、そこからどうやって数十万個、あるいはそれ以上の細胞のクラスターを安定的に生み出せるかが問題だと、米ハーバード大学の古生物学者アンディ・ノール氏は言う。

 それだけの数の細胞を一つにまとめることこそが、複雑な多細胞生物への進化において重要な一歩だったはずだ。そのため、ラトクリフ氏は酵母のクラスターをより大きく成長させる方法を模索した。なお、多細胞生物の起源に関する専門家であるノール氏は、今回の研究には参加していない。

試験管の中の「自然選択」

 スノーフレーク酵母をつくるにあたり、ラトクリフ氏の研究チームは、酵母が常にかき混ぜられ、動いているように振動させた状態で培養した。1日1回、その酵母液から任意に10分の1の量を取り出して新しい試験管に移し替え、5分間静止した状態で放置する。すると、酵母のクラスターが試験管の底に沈殿する。

 クラスターは大きければ大きいほど速く沈殿するため、酵母液の一番下の部分に最も大きなクラスターが含まれる。そこで、その一番下の部分だけから次の世代を育てる方法を繰り返して、できるだけ大きな酵母のクラスターができるようにした。

 ところが、2012年から2016年にかけて、ラトクリフ氏は何度も同じ壁にぶつかっていた。実験を始めてから最初の数カ月間は酵母が順調に成長するが、細胞が300〜400個まで増えると成長が止まってしまうのだ。ラトクリフ氏は、何らかの理由でシステムに自己制限がかけられているのではと考えた。

 そんなとき、研究室に新しく入ってきた博士研究員のG・オザン・ボズダグ氏が、酸素の量を変えてみてはどうかと提案した。酵母は無酸素でも生きられるし、生命進化の歴史のなかで、地球の大気に含まれる酸素の量は大きく変動してきた。それが多細胞生物の進化の過程や時期に重大な影響を与えた可能性はある。そこでボズダグ氏とラトクリフ氏は、無酸素、低酸素、有酸素の3つの状態で実験を行うことにした。

次ページ:大きなクラスターができた酸素の条件は?

 2016年末から開始された実験では、それぞれの酸素量の試験管を5本ずつ用意した。はじめのうち、クラスターは少しずつ大きくなっていったが、しばらくすると成長が止まった。しかし実験開始から約200日後、無酸素状態のうちの1本で、肉眼でも確認できるほど大きなクラスターができ始めた。さらに、他の4本でも同じように目に見えるクラスターができた。

 ボズダグ氏は、最初のうちは単なる偶然だろうと思った。しかし、何度か実験を繰り返してみると、「偶然などではなく、自然選択の結果であるとわかりました」という。

 600日後、無酸素状態の酵母のクラスターは、平均45万個の細胞を持つまでに成長した。この驚くべき結果は、地球上に多細胞生物が現れ始めたころ、酸素が一部の生物の進化の妨げになっていた可能性があることを示している。

細胞の形とクラスターの構造も変化

 さらに実験の過程でボズダグ氏とラトクリフ氏は、最も大きなクラスターの細胞の一つひとつが細長くなり、元のほぼ球形から大きく変化していることに気付いた。しかも、母細胞と娘細胞との接触面が広がっており、クラスターの枝が強くなっている可能性がある。

 成長したクラスターは、木のように硬くなっていた。予想外の硬さに研究者たちは驚いたが、なぜそうなるのか最初のうちは全くわからなかった。

 それから数カ月後、今回の論文の共著者で、以前ジョージア工科大学の博士課程に在籍していたセイエド・アリレザ・ザマニ・ダージャ氏が、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の強力な走査型電子顕微鏡でこの酵母を調べてみると、クラスターを形成する細胞の枝が複雑に絡みあっていることがわかった。あまりに深く絡まっているため、枝の1本が破壊されたくらいでは全体的な構造はびくともしないというわけだ。

多細胞生物に進化する可能性

 もちろん、この実験は多細胞生物の進化の過程を忠実に再現したものではない。植物や人間は酵母から進化したわけではないし、その酵母自体が、高度に進化した菌類とはいえ、数十億年前に初めて複数で集まって多細胞生物の基となった細胞とは異なるものだ。

 しかし、これから数十年かけて研究を続けて行けば、その進化の過程によって、酵母は思ってもみなかった領域に入っていく可能性もあると、英バース大学の進化生物学者ティファニー・テイラー氏は言う。

 クラスターが大きくなればなるほど、クラスター全体に必要な栄養が行き渡りにくくなる。クラスター内部の奥深くにある細胞は、栄養が足りずに死んでしまうかもしれない。それとも、変異を起こしてクラスターに穴が開いたり、通り道ができて栄養が内部まで浸透することはあり得るだろうか。また、いずれ異なる種類の細胞を発達させ、それぞれが特殊な任務を受け持ち、真の多細胞生物のような進化を遂げるだろうか。

 ラトクリフ氏やボズダグ氏を含め、その答えを知る者はいない。そのためには、何年も、あるいは何十年もかけて実験に取り組むしかない。

「30年もかかるような進化の実験をやりたいと思う人はそんなにいません。けれど、その成果は計り知れないほど大きいでしょう」と、ラトクリフ氏は話す。

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