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米国人の“マスク嫌い”に変化、コロナ後も定着するか

  • 2021年9月9日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 マスクは窮屈だし、息が詰まりそうだ。マスクをして地元ロサンゼルスの食料品店であわただしく買い物を済ませたスーザン・ヘイル・ギドローさんは、マスクを外せるところまで来ると安堵のため息をついた。

「息苦しく感じました」と60歳のギドローさん。それでも、この数週間でマスクが好きになってきたという。

 マスクが新型コロナ感染症をはじめとする様々な呼吸器感染症の予防に役立つことは、調査により明らかになっている。マスクの着用を巡る激しい対立がそこかしこで起こっている米国でさえ、多くの人がマスクの価値を認めている。

 ギドローさんのように、パンデミック(世界的大流行)が収束してもマスクをやめる気はないという米国人も増えている。自分自身とほかの人たちを病気から守るため、混雑した屋内や、病気の人や抵抗力の低下した人の近くでは、これからもマスクをするつもりだという。

 手洗いやソーシャルディタンスの確保のようなほかの感染予防対策とあわせて、マスクは米国の社会に長く根付いていくかもしれない。

「マスクよ永遠なれ、ですよ」とギドローさんは笑った。

 7月中にワシントン・ポスト紙が行った全米の世論調査によると、回答者の70パーセント近くが病気になったら必ずマスクをすると答え、40パーセント超がそうではなくても人混みではマスクを着用すると答えた。調査の結果は、しばしばマスク着用の有無も争点になっている政治的2極化とは相反する。共和党支持者の半数以上が、パンデミックの収束後も病気になったらマスクをするつもりだという(民主党支持者では約8割が同様の回答をしている)。

 米エール大学医学部内科助教のシーラ・シェノイ氏は、これほど多くの人が今後もマスクをするつもりだと聞いて、正直驚いた。病気を防ぐために「マスクが効果的であり、有益な手段になりうるのだと人びとを説得するのに、ずっと大変な苦労をしてきましたから」

 しかし、氏はすぐに、マスクの着用は「誰もが自分を守るために自分でできること」だと付け加えた。ウイルス自体を制御はできないが、マスクの着用によって自分の健康をある程度は管理できる。その意味では、「そうしたいと思う人の気持ちはよくわかります」と言う。

多難だったパンデミック初期

 米国ではこれまで広く用いられることはなかったものの、マスクは100年以上にわたって病気のまん延を防ぐために使われてきた。19世紀後半に、少数の外科医が手術中にマスクをし始めた。

 1960年代に、日本人はマスクをすることでH3N2亜型(香港かぜ)のインフルエンザウイルスのまん延を防いだ。2000年代にはアジアの多くの国で、コロナウイルス感染症であるSARSやMERSの流行により、感染予防のためにマスクを着用することが一般的になった。

 しかし、米国人の多くは、新型コロナウイルス感染症の時代になってもなかなかこの習慣を取り入れようとはしなかった。

次ページ:「マスクをする気まずさは相当なものでした」

 テキサス州マッカレンに住む32歳のマット・ラミレズさんは、新型コロナウイルス感染症が全国に拡大しだす前も、公共交通機関を利用するときは周りの乗客からのウイルス感染を防ぐためいつもマスクをしていた。

「パンデミックの前は、マスクをする気まずさは相当なものでした」と言う。「みんな私から遠ざかろうとするのです。そのために咳き込んでいる人に近付くことになってもです。私がマスクをしているだけでですよ」

 米国で新型コロナウイルスの感染者が出始めたとき、米疾病対策センター(CDC)は当初マスクをしないよう国民に呼びかけた。「医療従事者のためにマスクを節約しよう、パニックを起こさないようにしよう、というお決まりの反応でした」と話すのは、サンディエゴ州立大学の疫学者、コリン・マクダニエルズ・デイビッドソン氏だ。「批判に対して、それは結果論だとCDCは言っています」

 しかし、マスクが感染拡大を防ぐという証拠が急増したため、CDCはすぐにメッセージを変更した。米国立アレルギー感染症研究所の所長で、バイデン大統領の首席医療顧問として助言を行っているアンソニー・ファウチ氏は、5月にNBCの報道番組「ミート・ザ・プレス」に登場し、マスクをすることに国民が慣れてきていると語った。

 そしてインフルエンザや普通の風邪のように「呼吸器から感染する病気のまん延を食い止めるために、人びとが実際にマスクを着用する選択をしている」ことが考えられると言い添えた。

 通常、インフルエンザの流行期は12月から2月の間で、CDCのデータによれば2010年以来毎年81万人が入院し、6万1000人が死亡している。ところが2020年から21年にかけてのインフルエンザのシーズン中、米国でインフルエンザのせいで亡くなった人はわずか700人だった。入院患者数も劇的に減少し、「2005年に同様のデータの収集が始まって以来の最小数を記録した」という。

 インフルエンザがこれほど減った原因は、マスクの着用だけではないものの、手洗い、休校、移動の抑制、屋内換気の徹底、ソーシャルディタンスの確保などとあわせてマスクを着用したことが、減少に寄与したとCDCは述べている。

 これらの感染予防策によって、米国人はインフルエンザを「押さえ込んだ」のだとマクダニエルズ・デイビッドソン氏は評価する。

 メーン州ロックランドに住む41歳のメガン・ハンターさんは、昨年まで毎年冬になると「ひどい」風邪をひいていた。それが今年はひかなかったのは、マスクをしていたことも一因だろうと考えている。これからも風邪やインフルエンザのシーズンには、飛行機内や空港、そのほか食料品店や小売店など人の多い場所ではマスクをするつもりだと言う。「風邪をひかないないにこしたことはありませんから」

出るのも入るのも防ぐ

 感染の経路はウイルスによって異なる。胃腸に感染するウイルスの場合は、マスクをしても役立たないとシェノイ氏は話す。例えば、エボラウイルスは感染した体液に触れたり口に入れたりすることにより広まる。マスクが最も効果的なのは、インフルエンザウイルス、ライノウイルス、RSウイルスなど、感染者の咳、くしゃみ、つばなどから生じた飛沫を通じて感染する病原体だ。

 マスクは2つの方向で病気のまん延防止に役立つ。まず、感染者からウイルスを含む飛沫が空中に飛び出るのを妨ぐ。空中に出た飛沫は吸い込まれたり、目に入ったりして他の人を感染させる可能性があるが、「誰かが咳やくしゃみをしたり話したりして、感染力のあるウイルスを吐き出したときに、マスクをしていればこの感染経路を絶つことができます」とシェノイ氏は説明する。

 鼻や口に飛沫が入ることを妨ぐマスクは、もちろん感染していない人も守ることができる。

次ページ:マスク着用者が多いほど予防効果は上昇

 飛沫は、ウイルスを運ぶ可能性のある唾液や気道分泌物が粒子状になったものだ。飛沫はさらに大きさによって、単なる「飛沫」と「マイクロ飛沫」とに分けられる。

 この場合、飛沫の方が大きく、直径は人間の髪の毛の太さ以上あると、米コロラド大学の化学教授で、エアロゾルの専門家のホセ・ルイス・ヒメネス氏は説明する。

 飛沫が目や鼻孔、口に入ると、感染するおそれがある。飛沫は目に見える。「人が興奮してしゃべっていると、(飛沫が)飛ぶのが見えますよね」とヒメネス氏が例を挙げる。飛沫の方が防ぐのも容易だ。大概どんな布でも、顔の前に置けば目的を達せられるという。

 一方、マイクロ飛沫はずっと小さく、空中を漂い続ける。「煙のように、空気の流れに乗って運ばれます」とヒメネス氏は言う。そして煙のように、吸い込んだ人に害を及ぼす。

 ほとんどのマスクがマイクロ飛沫もある程度防いでくれるが、極細の長い繊維を撚ったハイカウント糸で織られたマスクや、ハンドタオルか軽いフランネルのような手ざわりと厚みの起毛繊維のマスクなら、医師が手術中につけるものと同じN95マスクに近い性能が得られることを、2020年6月に学術誌「ACS Nano」に掲載された論文をはじめ複数の研究が示している。

 ヒメネス氏によれば、マスクが顔にぴったり合っているかも、空気中を漂うウイルスを防ぐ効果に影響するという。「医療従事者は知っていることですが、顔にぴったり合ったマスクは、はずしたときに顔に跡が残っています」。きちんと合ったマスクなら、顔との間に隙間ができない。

 2020年6月に学術誌「Physics of Fluid」に発表された論文によれば、布を緩く畳んだだけのマスクとバンダナのように顔を布で覆っただけの場合が、新型コロナウイルスを含むマイクロ飛沫から保護する効果が最も低かった。しかし、手作りのものから既製の円錐形のマスクまで、ぴったり合ったマスクなら、マイクロ飛沫の動きを鈍らせ、通過する数を減らす効果があることも同論文は示している。

「必ずしもすべての人がN95マスクをする必要はありません。それ以外の対策もあわせて講じることが理想ですから。病気のまん延を防ぐためにできることは、すべてしています」とマクダニエルズ・デイビッドソン氏は言う。「一般的に、最もよいマスクは快適で、着けようという気になるものです」

 オハイオ州カントンに住む35歳のトッド・アーチャンボルトさんは、マスクをするのは好きではないが、パンデミックの収束後も具合が悪いときはするつもりだという。高齢者と一緒に働く機会が多く、ほかの人の安全のために「自分にできることはしたい」と話す。

 メーン州ロックランドのハンターさんも、パンデミックの経験から、誰がウイルスに感染しやすいかは必ずしもわからないと学んだと言う。「症状があるときは、マスクをする責任があると思います」

着用する人が多いほど効果は上昇

 マスクの効果は、着用する人が多いほど高まるとマクダニエルズ・デイビッドソン氏は言い、その意味においてマスクをワクチンに例える。「ワクチン接種を受ける人が多いほど、地域社会全体の状態がよくなります」

 長期的には、すべての人がマスクをするわけではないだろう。面倒に感じる人もいれば、長い期間し続けるのは不快だと思う人もいるだろう。肺気腫や肺線維症などの疾患や重度の不安などの精神状況のために、マスクの着用が適さない、あるいは危険ですらある人もいる。それでも、多くの人が一定の条件や一定の状況においてマスクを着用することは、自分のためにも人のためにもなるだろう。

 シェノイ氏は、免疫が低下している人や基礎疾患がある人のために、マスクをするよう推奨している。このような人は、新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいだけでなく、他の呼吸器ウイルスでも入院が必要になる可能性が高い。健康な人は、混雑した屋内ではマスクをするようにしてもよいのではないだろうか。

「呼吸器ウイルスの場合、危険なのは室内です」とヒメネス氏は言い、病院や飛行機などの公共交通機関ではマスクを着用することを勧める。

 ヒメネス氏はこれまで何度も出身地のスペインまで飛行機で帰っていたが、「そのうちの半分くらいは、風邪をひいてしまっていました。もちろん、次回から旅行中はずっとN95マスクをします」

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