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新たな変異抑えるコロナワクチンの途上国への寄付、なぜ難しい?

  • 2021年9月2日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 バイデン米政権は、新型コロナウイルスワクチンの接種を完了した人に9月下旬からブースター接種(追加接種)を開始すると発表した。それによってデルタ株への予防効果を強化できると喜んだ米国人もいるだろう。

 一方で、このニュースに不安を感じた人もいたに違いない。科学者の間では、特に若くて健康な人に追加接種が必要かどうかについて意見が分かれたままだ。

 追加接種の必要性が叫ばれる一方で、英オックスフォード大学などが運営するデータサイト「Our World in Data」によると、世界では60%を超える人がまだ1回も接種を受けていない。そんな状況の中、追加接種を受けることが正しいのか疑問に思う人もいるかもしれない。

「ワクチンを受けられないまま亡くなる人が世界中にいる一方で、米国では患者数を減らすために年齢を問わずブースターを提供しようとしているというジレンマがあります」。米ペンシルベニア大学医学大学院および同大学ウォートン校の医療倫理・保健政策学部教授、エゼキエル・エマニュエル氏はそう語る。

 低所得国では、現在までにわずか1.6%の人しか新型コロナワクチンを接種していない。世界の多くの地域が、新型コロナ感染症の深刻な症状から守られていないままだ。そのため、最も必要としている人たちにワクチンが寄付されることを期待して、追加接種を辞退するのが倫理的に正しいのではないかと考える人もいるかもしれない。

 しかし、追加接種を辞退したからといって、余ったワクチンが世界中に行き渡るとは限らない。ワクチン寄付のプロセスは、複雑極まりない事務手続き、法的紛争への懸念、ワクチンを受け取る国での流通の問題などによって妨げられるからだ。さらに、寄付される側が、いったん出荷されたワクチンを受け入れることは管理の都合上考えにくい。

 ここでは、ワクチン寄付の仕組みと、個人にできる行動のうち実際に効果があるものを紹介しよう。

ワクチン寄付の複雑な仕組み

 新型コロナワクチンの寄付プロセスは「コバックス(COVAX)」という枠組みが主導している。コバックスは、世界保健機関(WHO)、国連児童基金(ユニセフ)、そして米ビル&メリンダ・ゲイツ財団が出資する2つの非営利団体「Gaviワクチンアライアンス」と「感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)」の連合体であり、寄付の交渉や世界への分配を担っている。

 裕福な国が新型コロナワクチンを大量に購入する一方で、裕福ではない国はリスクの高い国民に接種する余裕すらもない。そのため、コバックスは非常に重要な存在となった。

 コバックスによる寄付のプロセスは、最善のシナリオでは次のようなものになる。ワクチンを豊富に入手できる国が、自国の必要量が満たされる時期を予測し、指定した数の余剰分を指定した日に寄付することを約束する。すると、コバックスは製造ラインからワクチンを直接受け取り、必要としている他の国に分配する。

 しかし、こうしたシナリオが実現するとは限らない。「コバックスが直面する最大の課題は、どれだけ事前に予測できるかです。寄付の申し出が時間の余裕がないタイミングで届くことは珍しくありません。寄付はとてもありがたいのですが、そうなると配布の計画はとても難しくなります」と、Gaviワクチンアライアンスの国別プログラム担当マネージング・ディレクター、タバニ・マポーサ氏は話す。

次ページ:法律、行政、物流上の問題も

 直前になって寄付を申し出られても、ワクチンの有効期限の残りが足りずに使えないことがあると、ユニセフで供給部門のコーディネーターを務めるギアン・ガンディー氏は言う。コバックスでは期限まで2カ月未満のワクチンを受け取らない方針を採っている。その理由のひとつは、「(寄付を受けた)国が、計画を立てたり、受け取ったワクチンを接種するのに必要な追加の手立てをかき集めたりするために、時間が必要な場合が多いからです」と氏は説明する。

 しかも、最善のシナリオであっても、法的、行政的、物流的なハードルが次々と立ちはだかる。

 ワクチンを受け取るためには、受取国の規制当局がワクチンの使用を承認している必要がある。FDAが米モデルナ製のワクチンを承認しているのと同じことだ。また、ワクチンメーカーは、まれにしか起こらない有害な作用について責任を問われないよう、寄付国だけでなく受取国とも免責に関する契約を結ぶ必要がある。

 他にも、その国の言語で表記するラベルに貼り替えたり、適切な注射器や冷凍庫、輸送手段を確保したりなど、「様々な現実的な問題があります」とマポーサ氏は話す。ガンディー氏は、「このような問題をすべて調整するのは簡単ではありません」と指摘する。

 米国は6億回分以上の新型コロナワクチンの寄付を約束した。しかし、8月3日までに出荷されたのは1億1千万回分にとどまる。欧州連合(EU)は8月上旬までに790万回分を寄付したが、これは提供を約束した2億回分のうちの約4%でしかない。

「各国の寄付は、世界的なワクチンの不平等を解消するために非常に重要です」とマポーサ氏は語りつつ、次のように付け加える。「誓約後、実際の配布ができるだけ早く行われることが重要です。世界の需要は供給を上回っており、ワクチンはいずれ必要になるのではなく、今すぐ必要なのです」

個人でできること

 善意ある市民の中には、デルタ株の増加を抑え、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)を終息させるために、自分の分のワクチンが寄付されることを期待して追加接種を控えようと考える人もいるかもしれない。

 しかし現実には、薬局や診療所に到着して接種可能となったワクチンを辞退した場合、「善意であっても(ワクチンが)ただ無駄になり、誰にも使われないという結果になる可能性が高いのです」とガンディー氏は話す。

 コバックスは一国の中ですでに流通したワクチンを受け取ることはないだろうとガンディー氏は述べる。コバックスは製品の品質と安全性を製造時点から保証する必要があるからだ。

 新型コロナワクチンは温度管理が必要な製品だ。理想的な温度から外れると、品質が損なわれる可能性がある。「うまく機能しなくなるリスクがあります」とガンディー氏は言う。「それは限りなく小さなリスクかもしれませんが、実際に存在するリスクです。そのため、ほとんどの場合、(製造元を離れた)製品の寄付を受け入れることはできません」

 だからといって、「手をこまねいていればいいというわけではありません」と氏は語る。米ワシントン大学医学部の生命倫理・人文科学教授、ナンシー・ジェッカー氏もこれに同意する。「善き地球の一員であることは、一人ひとりの責任だと思います」とジェッカー氏は話す。

 追加接種を辞退するよりも、自分の選挙区の議員にメールを送り、国が寄付活動を強化するように提言してみてはどうだろう。あるいは、ユニセフに寄付(外部サイト)をして、今後のワクチン配布を支援することもできる。

「何度もお話ししてきたように、これは世界における公平性だけに関わる問題ではありません」とガンディー氏は語る。人々を無防備な状態にとどめ、ウイルスに循環と変異を続けさせることで、「高所得国のブースターによってますます多くのブースターが必要になるという『予言の自己成就』が起きてしまうのです。そうなる理由の一つは、世界の他の場所で起きている問題を根本から対処しないことにあります」

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