サイト内
ウェブ

最古の動物化石を発見か、8.9億年前の海綿の可能性に議論百出

  • 2021年7月31日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 地味な外見の海綿の仲間は、植物が陸上に進出するずっと前から、数億年もの間、地球の水をろ過してきた。その単純な構造から、海綿は地球に誕生した最古の動物であると研究者たちは考えてきた。しかし、その具体的な誕生時期については意見が分かれている。

 7月28日付けで学術誌「ネイチャー」に発表された論文によると、古代の礁の網目状の微小構造物が、8億9000万年前の海綿である可能性があるという。これが確定すれば、カナダ北西部の「リトル・ダル」という石灰岩地帯で発見されたこの構造は、今までに確認された最古の動物化石より3億年以上古いことになる。

 しかしながら、非常に古い年代の化石に関する論文の多くは、議論を巻き起こすものだ。太古の海で繁栄した生物は、現代の海を泳ぐ生物とはまったく違う外見をしていたかもしれない。動物と他の生命体や地質構造とを識別できる証拠の量や種類については、研究者の間で意見が分かれている。リトル・ダルの構造も例外ではない。

「岩石にくねくねと線が描いてあり、それをどう解釈するかロールシャッハテストを受けているようなものです」。スイスのローザンヌ大学で初期の生命体を研究する古生物学者、ジョナサン・アントクリフ氏は、こう述べる。

 論文の単独の著者であり、カナダ、ローレンシャン大学で野外地質学を研究するエリザベス・ターナー氏は、オンラインのインタビューで、からし色の浴用スポンジ(海綿)を見せてくれた。論文で取り上げた海綿の現代の仲間だという。ターナー氏によれば、このスポンジを押しつぶすことができるのは、柔軟な管の網目状組織があるからで、この組織が、今回分析した構造や、最近、他の研究者たちが確認したもっと後期の複数の網目状の化石と「そっくり」だという。

気になる構造

 新たに特定された構造は、そびえたつリトル・ダルの礁の奥まった場所や割れ目に眠っていた。太古の昔、温かく浅い海水が広大な土地(現在の北米大陸)を覆い、その後、歳月と地殻変動を経て内海の水が干上がったために、この礁は岩石に変化した。現代の礁の多くはサンゴでできているが、この太古の礁を作ったのはシアノバクテリア(藍色細菌)だ。この微生物は、ぬるぬるした膜状に成長する。砂がその粘り気のある表面に付着し、海水のミネラル分が小さな綿毛状にまとわりつきながら、長い歳月をかけて層状の堆積物が形成されてゆく。

 この微生物層が化石化したものがストロマトライトだ。ストロマトライトには、35億年前のものも確認されており、地球上のあらゆる生命の確かな痕跡としては最古のものとされている。

 ターナー氏がリトル・ダルの調査を始めたのは、カナダ、クイーンズ大学の大学院生だった数十年前のことだ。当時、ターナー氏の関心の的は、シアノバクテリアが礁を形成する仕組みだったが、複雑な構造を持つ一連の奇妙なサンプルが注意を引いた。

次ページ:海綿か、それとも……?

「サンプルには、気になる点がありました」と、ターナー氏は振り返る。リトル・ダルの礁は、大部分が「層が筋状に並んでいるだけ」だが、いくつか奇妙な部分があった。それらは、管のような形で、枝分かれしたりひとつになったりしながら、3次元の多角的な網状をなしていた。ターナー氏には、その不思議な構造の正体がわからなかった。

「私はとりあえず、その疑問を心にしまいこみました」

 だが、近年になって、その正体を解き明かす手がかりが集まり始めた。研究者たちは、複数の場所で、リトル・ダルの礁よりも新しい岩石から、非常によく似た曲がりくねった網状の構造を発見したのだ。この枝分かれした網目は、角質海綿類という硬い骨格を持たないグループの化石であることが示唆された。

 紙のように薄い岩石の断面を顕微鏡で観察し、ターナー氏は、リトル・ダルのサンプルの管状の形や構造が、過去に角質海綿類であることが確認された化石や現代の海綿と類似していることを確認した。

海綿か、それとも……?

 最古の動物が出現したのはいつか。化石が動物であることを立証する上で必要な証拠は何か。長年にわたる議論に、今回の論文も参戦した。大英自然史博物館の地球生物学者で、古微生物を専門とするキーロン・ヒックマン・ルイス氏によれば、この数十年間、バイオマーカーと呼ばれる地球化学的な指標が、初期の生命体を特定する一般的な手法になっているという。たとえば、さまざまな種類の脂質の化石がバイオマーカーとして広く利用されている。

 だが、ヒックマン・ルイス氏の話では、その後、初期生命体の証拠とされるバイオマーカーの多くが誤りであることが判明した。バイオマーカーと見なされていたものが、実は汚染が原因である可能性が高かったり、動物の証拠としては不確実だったりしたのだ。その一例として、以前にオマーンで6億3500万年前の堆積物から古代の海綿が発見されたが、最近になって、その証拠とされた物質が、藻類と地質学的変化の組み合わせによっても生じることが明らかになった。

「最初に大興奮した挙句の結果だったので、今では、私たちは、動物の誕生についてかなり疑い深くなっているのです」とヒックマン・ルイス氏は話す。

 リトル・ダルの網目状構造に関するこの論文で、議論はさらに熱を帯びるだろう。「証拠はしっかりしていると思います」と話すのは、この論文の査読者である米テネシー大学のロバート・ライディング氏だ。ライディング氏自身も、昨年12月、米ニューヨーク州で約4億8500万年前のストロマトライトから見つかった同様の化石に関する論文を発表している。

 微生物が形成する礁と海綿とのこうしたつながりは筋が通っていると、ターナー氏は述べている。初期の海綿が生息した海では、どこでも酸素が豊富だったわけではなかった。しかし、光合成をするシアノバクテリアの周辺には、いわゆる「酸素のオアシス」が存在し、それを海綿が利用していた可能性がある。

「この2つが同時にあったという事実が、この論拠を補強しています」と、ヒックマン・ルイス氏は言う。

次ページ:幕は上がったばかり

 だが、他の研究者たちは、この論拠にそれほど納得していない。彼らは、海綿のような網状組織は、ターナー氏らが言うほどこのグループ特有のものではない、と考えている。「バクテリア、藻類、菌類、植物、動物など、あらゆる生命は一般に、これに似たものを作り出せるのです」と、アントクリフ氏は話す。

 初期の海綿の証拠に関する2014年の再分析で、アントクリフ氏のグループは、信ぴょう性のある最古の動物化石は、イランで発見された約5億3500万年前のものと推定される海綿骨針(こっしん、海綿に含まれる石灰質またはガラス質の骨格部分)であるとした。アントクリフ氏は、最近の調査結果を考慮しても、その判断は揺るがないという。

 今まで、初期の海綿に似た構造物のいわゆる「暗示や兆し」を多くの研究が特定してきた。だが、骨針や海水の出入りする特徴的な「孔」など、疑う余地のない特性を明示するものはひとつもなかった。孔は、盛んに議論された古杯類を識別するカギとなった。古杯動物は、骨針を持たない海綿動物とは別のグループで、5億2300万年前の岩石から発見されている。

 他の動物との比較でも古代の海綿動物の特定は困難で、この点も問題のひとつになっていると指摘するのは、米コーネルカレッジの古生物学者、ドリュー・ムセンテ氏だ。たとえば、恐竜の骨格には、関節窩(かんせつか)や頭蓋骨の縫合線など多数の典型的な特徴があり、これらが非生物と恐竜の化石を見分ける手がかりとなる。「でも、海綿や海綿に似た生命体には、こうした細かな特性は何もありません」

 英エジンバラ大学の地質学者、レイチェル・ウッド氏は、非生物的な化学プロセスでも、驚くほど生命体に似た構造を作ることができると言う。「ターナー氏は正しいのかもしれません。でも、このような強固な主張をするには、その他のあらゆる可能性を調査して排除する必要があると思います」。ウッド氏は、現段階では「ターナー氏が、これらの化石が海綿であることを完全に立証したとは思えません」と話している。

 この議論に終止符を打つには、さらなる分析が必要だ。ウッド氏は、管状の網目組織の3Dモデルを作成すれば、もっと詳細な構造を描出できると言う。ライディング氏は、今回の論文に触発された研究者たちが、他のストロマトライトをさらに詳細に調査して、こうした網目状構造の研究が深まることを期待している。

「これが話の終わりではありません」とライディング氏は言う。「非常に興味深い場面の幕が上がったところなのです」

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2021 日経ナショナル ジオグラフィック社