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ヴァージン創業者が自ら宇宙旅行を実現、すぐにベゾス氏も

  • 2021年7月14日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 米ニューメキシコ州の荒涼とした砂漠の上空14キロを超えたところで、白と銀のスペースプレーン(宇宙飛行機)は母船となる大型飛行機から空中で切り離され、地球大気圏の境界へ向かって急上昇した。数分後には、パイロット2人と大富豪リチャード・ブロンソン氏を含む乗客4人は、地表から約85キロ上空に浮かんでいた。この高さなら、地球の湾曲を目で確かめ、重力の束縛を少なくとも数分間は逃れることができる。

 米ヴァージン・ギャラクティック社のその輝く機体「VSSユニティ(スペースシップ2)」は、上昇を終えると一対の尾翼を持ち上げて空気抵抗と安定性を増し、上層大気中をまるでバドミントンのシャトルのようにゆっくりと落下した。母船を離れてから15分後、VSSユニティはニューメキシコの着陸帯に滑るように降下し、ゆっくりと停止した。

「一生にまたとない完璧な体験です」。降下を続けるVSSユニティから、満面の笑みを浮かべたブランソン氏はそうコメントしている。

 ユニティ22と呼ばれるこのミッションには、ヴァージン・ギャラクティックがこれまでに実施してきた宇宙の境界へのフライトの中でも、最も多くのクルーが参加した。今回の華々しい成功はまた、娯楽や利益追求のために弾道宇宙飛行の商業化を推し進めるうえで、世間に強くアピールする重要な機会ともなった。

 この7月11日からわずか9日後の20日には、自らが経営する米ブルーオリジン社の弾道ロケット「ニューシェパード」で億万長者ジェフ・ベゾス氏が飛行する予定だ。

「両社の創業者が、自社ロケットの最初の公式ミッションに搭乗するという事実には驚かされます」。スミソニアン国立航空宇宙博物館の学芸員で宇宙史家のジェニファー・ルバッソー氏は言う。

 どちらの企業のプロジェクトもこれまで、超富裕層のための贅沢で虚栄に満ちたものだとの批判を受けてきた。ヴァージン・ギャラクティックは以前、前売り搭乗券に25万ドル(約2760万円)の価格をつけていたが、今後は価格を引き上げる予定だと発表している。ブルーオリジンはまだニューシェパードの搭乗券を販売しておらず、価格も公表していないが、6月に行われたオークションでは、間近に迫ったベゾス氏のフライトに同乗できるチケットは2800万ドル(約31億万円)で落札された。

 ただし、スペースシップ2やニューシェパードのような宇宙船は、富裕層のプライドを満足させるだけにとどまらない、航空宇宙や科学研究の貴重なプラットフォームとなる可能性を持っている。

「恩恵を受けるのは億万長者だけではありません。本格的な科学研究が可能なのです」と、宇宙産業の分析を行う米アストラリティカル社の創業者ローラ・セウォード・フォーセック氏は言う。

次ページ:スペースシップ2のフライトの動画

数分間の弾道飛行宇宙旅行

 民間の宇宙進出は今に始まったことではない。2000年以降、数人の裕福な旅行者たちが、大金を投じて国際宇宙ステーション(ISS)へのフライトに同乗している。加えて、NASAはISSへの貨物や宇宙飛行士の打ち上げを、徐々に民間企業に引き継ぐようにしてきた。NASAが利用した商業的な貨物フライトは2012年に、クルーの打ち上げは2020年に開始されている。

 一方、ヴァージン・ギャラクティックやブルーオリジンなどの企業が何年も前から取り組んできたのは、そうしたものとは異なる類の宇宙飛行、すなわち弾道飛行宇宙旅行だ。近い将来、数十万ドルを一瞬で使い切るだけの余裕がある人なら、だれでも数分間の宇宙の境界までの旅に出られるようになるだろう。

 国際的に認められている宇宙の境界は、一般に高度100キロとされているが、米国は高度80キロを境界と定めている。先日のヴァージン・ギャラクティックのフライトは高度約86キロに到達した。7月20日に予定されているブルーオリジンのフライトは、高度105キロほどに達すると見られている。

 旅行者を乗せる新しい宇宙船を建造するのは極めて難しい。試験には何年もかかり、ときには事故で死者が出ることもある。中でもよく知られている例は、2014年のスペースシップ2試作機の墜落だ。現在、ヴァージン・ギャラクティックとブルーオリジンは試験フライトを終えて、搭乗券を購入した顧客を乗せた商業旅行へと移行する段階にある。

 ヴァージン・ギャラクティックにとっては特に、ここに至るまでは長い道のりだった。同社のスペースプレーンの起源は、1990年代なかばに始まった計画にある。

母船から発射する理由

 地上からクルーを乗せて打ち上げる従来型のロケットとは異なり、スペースシップ2は空中から発射される。「ホワイトナイト2」と呼ばれる母船が、スペースシップ2を高度約1万2000メートルまで運ぶ。スペースシップ2はそこで母船の底部から切り離されてロケットエンジンに点火し、宇宙の境界を目指して音速の約3.5倍の速さで急上昇する。

 ロケット飛行機を空中から発射するという手法は、人間を宇宙に送り込む方法としては複雑に思えるかもしれない。しかし「空中発射」には幾つかの利点があると、米カリフォルニア州にあるNASAアームストロング飛行研究センターの副支部長チャック・ロジャース氏は言う。この技術は、数十年間にわたる飛行研究によって開発が進められてきたもので、その中にはたとえば音速を突破した最初の航空機であるX-1や、1967年のフライトで最高時速7274キロを記録し、現在に至るまで史上最速の有人航空機であるX-15なども含まれている。

 空中からの発射は非常に効率がいい。密度の高い下層大気を宇宙船が自力で押し分けながら進む必要がなく、その分燃料も少なくて済むからだ。そして飛行機型の母船なら、従来の長い滑走路で離着陸ができ、発射台を追加で建造する必要もない。

 スペースシップ2の前に造られた実験的な機体「スペースシップ1」の設計は、1996年、「アンサリXプライズ」コンテストの発表と同時に開始された。アンサリXプライズの内容は、2004年末までに、パイロットと乗客2人の計3人分の重量を乗せた宇宙船を、2週間以内に2回、地表から100キロ超の位置まで初めて到達させた民間チームに1000万ドルが提供される、というものだった。

 同コンテストにおいて初期から注目を集めたのが、奇抜かつ極めて効率的な飛行機の設計で知られるエンジニア、バート・ルータン氏だった。ルータン氏は空中発射の設計を採用し、降下にも独特の方法を用いた。最高高度に到達する直前、スペースシップ1の2本の尾翼を65度上方に跳ね上げるのだ。この「フェザリング」システムが、降下時の抗力を大幅に増加させることによって機体の速度を落として、大気の中を安全に落下し、尾部を格納してから滑走路に着陸することを可能にする。

次ページ:2度の死亡事故を乗り越えて

 遅々として進まなかったこのスペースプレーンの開発を加速させたのが、2001年の米マイクロソフト社の共同創業者ポール・アレン氏による、ルータン氏らへの投資だった。2004年6月、スペースシップ1は、民間企業が出資した乗り物として初めて宇宙へ到達し、それから4カ月もたたないうちに上空100キロを超える飛行を2回行い、Xプライズを受賞した。

「あれは完璧なフライトでした」。2004年10月4日、受賞の決め手となった2回目の飛行を行ったテストパイロットのブライアン・ビニー氏はそう述べている。「今でもあの感覚を覚えています。まるで自分が一人ではなく、何か別の力が働いているような気がしたものです」

 スペースシップ1のXプライズでの成功を受けて、ブランソン氏はヴァージン・ギャラクティックのためにルータン氏の設計のライセンスを取得し、それをより大型かつ複数人が搭乗できる機体にスケールアップすることを目指した。こうして生まれたのがスペースシップ2だ。

2度の死亡事故を乗り越えて

 スペースシップ2はスペースシップ1の約2倍の大きさだが、開発の苦労は2倍どころではなかった。機体を大きくしたことで、母船やスペースプレーンのロケットエンジンの設計をやり直すなどの技術的な問題が発生し、開発は遅れに遅れた。

 また、スペースシップ2チームは2度の死亡事故にも見舞われた。

 2007年、ロケットモーターのテスト前に起こった爆発事故で3人が亡くなった。そして2014年10月31日には、スペースシップ2の試作機が、パイロットの一人がフェザリングシステムのロックを早めに解除したせいで、上昇中にバラバラになってしまった。この墜落により副パイロットのマイケル・アルスベリー氏は死亡、パイロットのピーター・シーボルト氏は重傷を負った。2014年の事故にブランソン氏は動揺したと伝えられているが、ヴァージン・ギャラクティックは最終的に開発の継続を決めた。

 何年もかけて安全性を向上させた後、スペースシップ2に搭乗した2人のパイロットが2018年に初めて高度80キロの境を越えた。2019年に同機はもう一度フライトを成功させ、このときは同乗者もいた。同社で宇宙旅行に向けた顧客の訓練を担当しているベス・モーゼス氏だ。

「最高でした。言葉で言い表すのは難しいですね」。2019年のナショジオによるインタビューで、モーゼス氏はそう語っている。「驚きに満ち溢れ、感動的で、すばらしい経験でした」

次ページ:「宇宙の民主化」は実現するのか

 2021年5月、ヴァージン・ギャラクティックは3度目の高度80キロ飛行を成功させ、米国連邦航空局はこれを受けて、同社に完全な商業ライセンスを与えた。このテストフライトが、先日のユニティ22ミッション実現への道を開き、また社内にも、ブランソン氏自身を搭乗させても問題ないというシステムへの信頼が築かれた。

宇宙の境界の科学

 ヴァージン・ギャラクティックとブルーオリジンをめぐる話題はこれまで、概ねブランソン氏とベゾス氏の競争に焦点が当てられてきた。しかし、対抗意識を燃やす2人の億万長者が空を目指す中で、それぞれの会社が作り上げた宇宙船は新たな研究を可能にしてきた。

 ヴァージン・ギャラクティックとブルーオリジンのフライトでは、約3〜5分間連続で無重力状態を体験できる。科学者らはこれまでも弾道空間を利用できたが、使われてきたのは主に無人の宇宙船だった。一方、新しい宇宙船では、研究者も一緒に飛行しながら実験ができる。

 両社はこれまでにも、NASAの「フライトオポチュニティ」プログラムの支援を受けて、科学機器を搭載したり、技術デモンストレーションを実施したりといったフライトを行ってきた。ユニティ22のフライトでは、無重力状態になった直後に植物の遺伝子活動を記録する有人実験も行われている。

 過去にスペースシャトルやISSで行われてきた実験においては、微小重力状態での生物の機能が詳細に記録されてきた。しかし生化学的に、生物がどのように地球の重力を感じている状態から無重力状態に移行するのかはわかっていない。ユニティ22のような弾道飛行は、そうした疑問について研究する絶好の機会を提供してくれると、植物実験の共同研究者である米フロリダ大学の生物学者ロブ・ファール氏は言う。

「宇宙の民主化」は実現するのか

 ヴァージン・ギャラクティックとブルーオリジンが予約客を宇宙へ送り届け、順調に科学研究の契約実績を重ねていったとしても、弾道飛行市場が最終的にどれくらいの規模になるかはまだわからないと、宇宙産業アナリストのフォーセック氏は警告する。

 理論的には、フライトがより一般的になれば搭乗券の価格は下落する。しかし今のところ、誕生したばかりのこの産業の主なターゲットは超富裕層や資金提供を受けた研究者に限られる。技術が成熟してくるにつれ、億万長者が率いる宇宙飛行企業が「宇宙の民主化」という約束を果たせるのか、それとも刺激的な弾道飛行は究極の贅沢品であり続けるのかが明らかになるだろうと、フォーセック氏は言う。

 宇宙の境界への私的旅行の未来はまた、宇宙船の安全性がどれだけ確保されるかにもかかっている。米国の現行法では、連邦政府が商業宇宙飛行の乗客の安全性を規制できるのは2023年までとなっている。「リスクがまったくなくなると思う人はまずいないでしょう」とフォーセック氏は言う。「致命的な事故が起こることを覚悟しておくべきだと思います」

 しかし、たとえ事故で開発が遅れたとしても、今後消費者が弾道空間やさらにその向こうへとアクセスできる機会は増え続けるだろう。

 空に向かうスペースシップ2を眺めながら、ビニー氏は、新記録となる高度112キロまで自身が飛ばした試作機に思いを馳せた。

「スペースシップ1は、ありがたいことに、ただ博物館に飾られるだけの1回限りの機体ではありません」とビニー氏は言う。「スペースシップ1はよりよい、より明るい、より大きな何かを生み出す触媒となるでしょう」

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