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米国で危険な堰の撤去進む、「溺死マシン」の異名も

  • 2021年6月7日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 米国中西部の川では数十年来、灌漑や洪水の管理のために、コンクリートでできた高さ数メートルの堰(せき)が数多く利用されてきた。ただし、堰は一部の河川管理にかかわる人々から「溺死マシン」と呼ばれるほど危険な存在でもある。

 堰の下では、急激に水流が落ち込んだ後、数メートル下流で上昇してきた水流が再び上流側の落ち込みへ引き込まれるという循環水流が発生する。この流れにはまると、水中に押し込まれて抜け出すのが困難になり、ライフジャケットもあまり役に立たない。

 堰は上流側から見えにくく、米国では過去10年間に数百人が溺死している。米ブリガムヤング大学による2015年の研究によれば、アイオワ、ペンシルベニア、ミネソタの3州だけで全米の溺死者の実に3分の1を占める。なかでもペンシルベニア州ハリスバーグにある1つの堰では、少なくとも29人の命が奪われているという。

 そんな中、いくつかの町で、この危険な構造物を川から撤去する取り組みが進んでいる。結果、危険を排除するとともに、川をレクリエーションに活用できるようになる。

子供の溺死と堰の撤去

 ラフティングを趣味とする起業家のジョン・ロフティス氏は5年間にわたって米国西部コロラド州でホワイトウォーター(急流)を追いかけ、故郷のオハイオ州に戻ったとき、西部で体験したあのスリルを地元に再現できないかと考えた。ロフティス氏には1つの計画があった。スプリングフィールドの街を流れる全長10キロ弱の小さな川バック・クリークを改良するというものだ。

 しかし、いくつもの障害がロフティス氏の行く手をはばんだ。特に大きな障害は洪水対策として数十年前に設置された3つの堰だった。2008年、そのうち一つの堰で子供が溺死するという悲劇的な事故が発生し、地域住民は変化を求めた。ロフティス氏のチームは陸軍工兵隊の協力を得て、2009年から堰の改造と撤去を開始した。

 ロフティス氏は自ら川に入り、何カ月も膝まで水につかって作業した。掘削機で堰を改造し、いくつかを完全に撤去した後、ちょうどいい波を生み出すため、玉石とコンクリートを戦略的に配置した。「私たちは毎日水に入り、バールで岩を動かしていました」

次ページ:連日の15時間労働は報われた

 そして、連日の15時間労働は報われた。バック・クリークは現在、8つのホワイトウォーターから成る「ECOスポーツ・コリドー」の中心的な存在だ。ECOスポーツ・コリドーの目玉はスナイダー・ホワイトウォーター・プレイ・パークで、連続する4つのドロップ(落ち込み状の瀬)を目当てに、隣接州からもカヌー愛好家たちが集まってくる。上流にある貯水池から定期的に放水することで、毎年秋の週末は、レクリエーションを楽しむ人たちでにぎわう。こうした努力は、製造業の雇用を失って空洞化した町が活気を取り戻す助けにもなっている。

広がる堰の撤去

 堰がどこにあるかを地図化し、撤去するプロジェクトが、米国の多くの州で進められている。2019年には26州が堰を撤去したが、うち3分の1が中西部の州だ。

「中西部と五大湖地域では近年、間違いなく(撤去が)増加しています」と、NPOアメリカン・リバーズの河川復元ディレクター、ジェシー・トーマス・ブレート氏は話す。アメリカン・リバーズは川を自然の状態に戻すための取り組みを続けている。

 自由に流れる川の利点は明らかだ。オハイオ州デイトン、イリノイ州シカゴ、ミシガン州グランドラピッズといった都市部では、地域経済を活性化する一環として、堰をホワイトウォーターのある遊び場に変えている。

 堰の撤去は生態系にも良い影響を与えている。オオサンショウウオの仲間ヘルベンダーなど、多くの両生類や魚の再導入プログラムが進行している。堰の危険を取り除き、自然な川の流れを取り戻したことで、釣り人たちにも安全をもたらしている。

「溺死マシン」の地図をつくる

 それでも、課題は山積みだ。おそらくまだ何万もの堰が米国の水路をふさいでおり、正確な数すらわかっていない。その多くは数十年前に個人の所有者が放棄したもので、今は管理されていない。

 しかし、ブリガムヤング大学の研究チームがAIを使い、堰を見つけてデータベース化するプロジェクトを立ち上げた。水路の危険を取り除く活動をしているマヌエラ・ジョンソン氏がソフトウエアの開発を支援し、現時点で「約90%の精度」を実現している。

 それでも、すべての人が喜んでいるわけではない。堰に集まる魚を捕まえる漁師、堰から流れ落ちる美しい(ただし危険な)滝の眺めを楽しむ地元住民は撤去に反対している。

 ソーシャルディスタンスの規制が緩和され、人々は川に繰り出そうと準備を進めており、命に関わるけがのリスクが急増する可能性がある。ジョンソン氏はカヌー愛好家や川の利用者に対し、米地質調査所のウェブサイトで水位を確認してから出かけることを勧めている。

 しかし、用心さえすれば、身近な場所に新しいチャンスが待っている。

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