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米先住民の大量死は17世紀の寒冷化に影響した? アマゾンで検証

  • 2021年5月18日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 15世紀末にヨーロッパ人が米大陸に到来してからの100年間で、5000万人以上の先住民が伝染病や紛争、奴隷化によって死亡したと推定されている。この悲劇は、当時の環境や気候にも影響を及ぼした可能性がある。

 17世紀に大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が低下したのは、アメリカ先住民の人口激減によってそれまで伐採されていた森林が再生し、炭素を吸収・貯蔵したことが一因となったのではないか——。2019年、英国の研究チームがこのような説を論文で提唱したが、アマゾンではそうしたシナリオを裏づける証拠が見つからなかったという研究結果が、2021年4月30日付けで学術誌「サイエンス」に発表された。およそ1610年から始まる極端なCO2濃度の低下は、「オービス・スパイク」と呼ばれ、15世紀から19世紀までの「小氷期」の寒冷化に拍車をかけたと考えられている。

 先住民の大量死が始まって以降にアマゾンの森林が再生したとする説を検証するため、米フロリダ工科大学の古生態学者マーク・ブッシュ氏とオランダ、アムステルダム大学の古生態学者クリスタル・マクマイケル氏を中心とする研究グループは、アマゾン川流域の39の湖の堆積物を分析した。

「湖底の堆積物は、その地域の歴史を表しています」とブッシュ氏は説明する。「底の層が最も古く、上にいくほど新しい層になります」。研究チームは放射性炭素年代測定法を用いて各層の年代を決定し、堆積物に含まれる花粉や木炭を慎重に選別した。

「アマゾンのこの地域では森林火災が自然に起こることはないので、木炭が見つかれば人間活動の痕跡だとほぼ断言できます」とブッシュ氏は言う。

アマゾンの森林回復は侵略の数百年前

 研究チームは、堆積物中の花粉を分析することで、湖の近くに生えていた植物を年代ごとに特定することができた。マクマイケル氏によると、人間が森林を切り開くと、堆積物中に含まれる樹木の花粉が少なくなり、草やハーブや作物の花粉が多くなるという。「トウモロコシやキャッサバのほか、カボチャやサツマイモの花粉もよく見つかります」

 アマゾンの集落が放棄されたとき、湖の堆積物中に最初に現れるのはセクロピア(現地では「ヤルモ」や「ヤグルモ」と呼ばれている)の花粉だ。「ヤルモは雑草のような木です」とブッシュ氏は語る。「何もない状態からわずか2年で樹高5メートルまで成長します。中はほとんど空洞で、アリがすみ着いていることもよくあります。ヤルモは集落が放棄されてから数十年間繁茂し、その後は他の木に取って代わられます。けれどもその間に大量の花粉を作るのです」

 木炭や各種の花粉を分析した結果、8割の湖で、ヨーロッパ人の到来以前に森林の開墾や焼畑、耕作が行われた証拠が見つかった。「もちろん、アマゾンの80%が伐採されていたという意味ではありません。人々は湖の近くに集まるのです」とブッシュ氏は言う。

 さらに、森林の再生を示す層も見つかったものの、多くはヨーロッパ人の到来より数百年も前のものだった。「ばらつきはありますが、森林破壊が最も激しかったのは西暦350年から750年までの間でした。それ以降、森林破壊は減速し、西暦1000年頃から森林が再生しはじめました」とブッシュ氏は話す。これに対して、先住民の大量死が始まった時期以降に森林が再生したことを示す証拠はほとんどなかった。

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CO2の激減とは無関係?

 このことから、少なくともアマゾンでは、先住民が大量死し始めて以降の森林再生は、小氷期の原因のひとつとなったCO2濃度の減少にあまり寄与しなかったのではないかとブッシュ氏は考えている。「大気中のCO2濃度を顕著に変化させるためには、アマゾンの広大な地域が一斉に変化しなければなりません。過去のどの時期にもそのような変化は見られず、森林の変化は空間的にも時間的にも分散しています」

 だからといって、現在進行しているアマゾンの森林破壊を心配する必要はないということにはならない。「現在の火災や森林破壊ははるかに大規模で、アマゾンがCO2の吸収源ではなく供給源となる転換点に到達する恐れは、残念ながら極めて現実的だと思います」とブッシュ氏は憂慮する。

 香港大学の地理学者アレクサンダー・コッホ氏は、先住民の大量死と小氷期との関連を示唆する2019年の論文の筆頭著者だ。「花粉のデータからは、特定の場所の森林が再生したかどうかしかわかりません」と氏は指摘する。今回新たに発表された研究は、米大陸全体について言及した2019年の論文の「主な仮説を反証するものではない」と氏は考えている。

 コッホ氏は、今回の研究は重要な貢献をしていると評価しながらも、植民地化によって人口が大幅に減少したメキシコ、中米、アンデス山脈に比べて、アマゾンがCO2濃度にもたらした影響は限定的だったのではないかと考えている。「アマゾンの大部分はヨーロッパ人が進出するのは困難で、病気や植民者の影響を比較的受けにくかったのでしょう」。氏の分析では、CO2吸収量の増加のうち、アマゾンでの増加分は全体の4%にすぎなかったとしている。

 一方のマクマイケル氏は、「ヨーロッパ人は徐々にアマゾンに進出していったのです」と話す。メキシコやアンデス山脈には、ヨーロッパ人の到来直後に大量死が起こった証拠が多く残る。アマゾンの先住民に最大の打撃がもたらされたのは、それよりも後だったのかもしれない。

紛争と病気ですでに人口が減っていた

 多くの場所では森林の再生が、ヨーロッパ人の到来より何百年も前に起きていたという新しいデータを根拠に、ブッシュ氏とマクマイケル氏は、アマゾンの人口はヨーロッパ人の米大陸到来よりもずっと前にピークに達していたのではないかと考えている。そして、この地域の人口が減少し、以前より少ない水準で安定したことで、森林は、人間の活動が最も盛んだった頃の状態から回復することができたのではないかと推測している。

 考古学的証拠を用いて人口の増減を研究してきた英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)の考古学者マヌエル・アロヨ・カリン氏も同意見だ。氏は今回の研究には関わっていない。氏は、「ヨーロッパ人による植民地化の結果として先住民集団が崩壊したことは、民族史的な証拠が明確に示しています」と指摘する一方で、自身の研究もまた、アマゾン先住民の人口がピークに達したのは「その何世紀も前だった可能性」を示唆していると認める。

 では、ヨーロッパの侵略者がまだ来ていない時代に、なぜアマゾン先住民の人口が減少したのだろうか? ブッシュ氏とマクマイケル氏が論文中で指摘しているのは、西暦1000〜1200年の間に、隣接するアンデス山脈で紛争が増えていたことを示す「割れた頭蓋骨」や「防御柵」などの証拠が見つかっている点だ。他の研究者も、1200年以降になると、アマゾンの集落の要塞化を示す証拠が増えると報告している。

「これは、人々が分散せずに特定の地域に集まり、守りを固める方向に再編されたことを示しています」とブッシュ氏は指摘し、人々が避けた辺境地域で、森林が回復したのではないかと話す。

 また、アンデス山脈では1000〜1300年の間に結核が流行した証拠があり、それが交易を通じてアマゾンに広がった可能性もある。米バンダービルト大学の人類学者ティフィニー・タン氏は、「アマゾンの人々が、波乱の時代を経験した高地アンデスの隣人たちと同じような問題に直面していたのではないか、というのは妥当な考え方です」と話す。氏はアンデスの人々を襲った激動について研究しているが、今回のアマゾンの研究には参加していない。

 低地の湖の堆積物に含まれる花粉のデータと、高地での病気や暴力に関する証拠を統合するのは、挑戦的な課題だとタン氏は言う。「だからこそ私たちは、考古学データが豊富に残る地域からより良い環境データが得られることを期待していますし、その逆も期待しているのです」

 古生態学者のブッシュ氏とマクマイケル氏も、同じ方向を目指している。「私たちは今、考古学者と一緒に研究をしています。次は、彼らが調べている遺跡の近くの湖に行って、何がわかるか調べたいと思っています」

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