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南極の氷融解、40年以内に後戻りできない臨界点到達か、研究

  • 2021年5月13日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 世界の主要国が二酸化炭素の排出をより積極的に削減しなければ、南極の氷の融解は今世紀半ばに劇的に加速し、今後数百年にわたって「急速で止められない」海面上昇を引き起こす。そんな可能性を示した論文が、学術誌「ネイチャー」に5月5日付けで発表された。

 パリ協定のもと、これまでに200カ国近くが「国が決定する貢献」と呼ばれる排出削減目標を提出している。しかし、同協定が地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満に抑えることを目指しているにもかかわらず、各国から当初提出された目標では、今世紀中に気温は少なくとも3℃上昇すると予想されている。2021年4月、ジョー・バイデン米大統領ほか数カ国の指導者たちは、パリ協定の目標値により近い結果を出すために、それぞれの国の排出削減目標を引き上げた。

 今回の論文は、気温の上昇幅ごとに、地球最大の氷床にどの程度の違いがもたらされるかを示している。人類が地球の気温上昇を2℃に抑えることに成功した場合、南極大陸の氷の減少は21世紀を通じて安定したペースで続くと同研究は結論づけている。

 一方、もし世界が炭素の削減ペースをこのまま変えずに気温上昇が2℃を超えれば、南極では2060年頃から氷の融解が急激に進むようになり、2100年までの海面上昇が2倍近くになる可能性がある。その原因は、今後数十年の間に起こると見られる「暴走するプロセス」だ。なかでも、すでに危うい状態にある西南極氷床が危険視されている。

「もしこのままアクセルを踏み続ければ、西南極氷床は消滅の道をたどることになるでしょう」と、米コロラド大学ボルダー校の雪氷学者テッド・スカンボス氏は言う。

悪循環を引き起こす「不安定」という現象

 1990年代初頭以降、南極はおよそ3兆トンの氷を失ってきた。現在、氷の減少は加速している。西南極氷床の流出を押しとどめている棚氷(氷床末端の海に浮いた部分)を温かい海水が解かして不安定にし、氷床の一部である氷河がより速いスピードで海に流れ込むようになっているためだ。

 地球温暖化を最小限に抑えることが、将来的な南極の氷喪失と海面上昇を抑える最善の方法であることは明らかだ。とはいえ、温暖化の程度によって、どの程度の氷が、どの程度の速さで消失するかについてはまだよくわかっていない。

 これが明確に推測できない原因の一つは、今後起こり得るプロセスによっては、棚氷の消滅に従って、氷床や氷河の融解が暴走する可能性があるからだ。

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 そうしたプロセスのひとつが「海洋性氷床不安定(MISI)」だ。これは、棚氷とつながる氷床の内陸の部分が、海水面よりも低い盆地の上にのっている場合に起きやすい。氷床全体がちょうど浅いボウルに入った巨大なアイスクリームのようになっているわけだ。

 西南極の氷床の大半はこうした状態にあり、棚氷の底面が温かい海水によって解けて薄くなると、浮力が勝って下にさらに隙間ができ、ますます不安定になる。結果、アイスクリーム全体がより速く海へ流れ出るようになりつつ、氷床や氷河の後退が止まらなくなってしまう。

 海洋性氷床不安定については、多くの気候学者が実際に起こる可能性が高いと考えており、スウェイツ氷河ではすでに進行している可能性もある。西南極のなかほどにあるこの氷河は現在、背後にある氷床の分まで含めると、世界の海面上昇を数十センチから1メートルほど食い止めていると考えられている。

 一方、海面から高さ100メートルを超える氷の崖は、自重で崩壊して不安定になるという「海洋性氷崖不安定(MICI)」というプロセスもある。これはまだ推測に近い仮説の域を出ていないが、もしスウェイツ氷河などが激しく後退して、非常に高い氷の崖が海上にそびえ立つようになれば、海洋性氷崖不安定のせいで、氷の減少や海面上昇がさらに急速に進む恐れがある。

 南極の未来と、そうした不安定性の影響をより深く理解するために、新たな研究ではその両方を組み入れた氷床物理モデルを採用している。これは2016年に発表されたモデリング研究をベースにしつつ、より洗練された物理プロセスと、南極の氷と他の地域の地球システムとの相互作用とが取り入れられている。

3℃上昇と2℃上昇でどれだけ違うのか

 研究者らは、温暖化がパリ協定の目標である2℃に抑えられるシナリオと、さらに意欲的な1.5℃を目標とするシナリオにおいて、モデルを数世紀先まで走らせた。また、パリ協定で世界が約束した初期の排出削減目標に近い、気温が3℃上昇するというシナリオについても併せて検討を行った。

 その結果が示しているのは、より野心的な気候目標を設定すれば、南極の未来に大きな変化をもたらす可能性があるということだ。南極の氷の融解は現在、世界の海面上昇を年間約0.5ミリ増加させている。もし人類が今世紀半ば頃までに気温の上昇を1.5℃または2℃までに抑えた場合、この融解による増加は年間約2ミリ、2100年までの合計は80〜90ミリとなる。

 一方、もしパリ協定の目標を超えてしまえば、人類の未来の見通しは大幅に悪化する。3℃上昇のシナリオでは、スウェイツ氷河をはじめとする西南極の氷河を抑えている重要な棚氷において、先に述べた不安定が生じる可能性がある。論文によれば、海洋性氷床不安定および海洋性氷崖不安定によって、2060年頃には南極の氷の消滅と海面上昇が加速する転換点に達するかもしれない。

 このシナリオにおいては、氷床の融解のせいで、2100年までに世界の海面が約15センチ上昇することになる。その時点で、南極の氷の融解による海面上昇は、温暖化レベルが低い場合の2倍以上である年間5ミリに達する。そして、2300年までには、南極の融解だけで世界の海面が約1.5メートル上昇する。一方、気温上昇を1.5℃に抑えられた場合は約90センチだ。

次ページ:南極には転換点があるという理解が重要

 南極がいったん転換点を超えてしまえば、たとえ大気中の炭素レベルを下げられたとしても、暴走する氷の後退は止められないようだ。論文の著者らは、パリ協定の当初の誓約に加えて、今世紀後半以降、大気中の炭素除去技術を取り入れたとしても、そうした技術がこれから40年以内に大規模に導入されない限り、海面は今後数百年にわたって上昇するだろうとしている。その合計は、地球温暖化が2℃以下に抑えられた場合よりも依然として高くなるだろう。大気中から炭素を取り除く技術は現在、開発のごく初期段階にある。

 論文の共著者で、米ウィスコンシン大学マディソン校で海水準の研究をしているアンドレア・ダットン氏は言う。「この閾値(いきち)を超えてしまえば、後戻りはできません」

別の研究でも海面上昇は倍に

 とはいえ、単一の研究では南極の未来を完璧に予測することはできない。同じ日に「ネイチャー」に発表されたまた別の論文では、数百件にのぼる氷河と氷床のモデリング研究を分析し、さまざまな炭素排出シナリオにおいて、地球上の陸地にあるすべての氷が海面上昇に及ぼす影響を予測している。そうした氷の中には、グリーンランドと南極の氷床、山岳氷河、世界の19地域の氷帽などが含まれる。

 この研究もまた、パリ協定の目標値を達成した場合とそれを超えてしまった場合とでは、地球上の氷の行く末に明確な違いがあることを示している。平均気温が3℃上昇したシナリオでは、今世紀末までに陸の氷が世界の海面を上昇させるレベルは、1.5℃のシナリオの2倍に及ぶ。

 ただし南極については、2つ目の研究は、検証したすべてのモデルにおいて、炭素の排出量と氷の減少の間に明確な関係を見出していない。その原因は、融解と降雪という相反するプロセスが、地球が温暖化していく中で、南極のバランスにどのような影響を与えるかが不確実であるためだと、著者らは述べている。

 英キングス・カレッジ・ロンドンの気候科学者で、2つ目の研究の筆頭著者であるタズミン・エドワーズ氏は、これは南極が気候変動の影響を受けていないことを意味するものではないと述べている。「わたしたちの主張は、数多くの異なる気候モデルや氷床モデルにおいては、南極がどの程度気候変動に反応するかに非常に大きな差があるということです」

 ダットン氏らによる新たな論文が示す南極の融解レベルは、エドワーズ氏の分析における平均的な予測値よりも高いものの、より悲観的なモデル群の「範囲内」であると、エドワーズ氏は述べている。そうしたモデルはどれも、海洋性氷床不安定プロセスを考慮しておらず、むしろ南極の棚氷の下部や上部での融解など、そのほかの理由による氷の消失が大きいと予測している。

 最も正確なものがどのモデルであろうと、重要なのは南極の氷床には本質的な転換点があると理解することだと、ダットン氏は言う。

「そして、そのポイントに非常に近づいているというリアルな可能性があります。それが起こるのを防ぐために、わたしたちはあらゆる手を尽くさなければなりません」

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