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絶滅危惧種フロリダパンサーを次々と襲う、謎の神経疾患

  • 2021年4月12日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 フロリダパンサーはかつて米国南東部に広く分布していたが、狩猟が原因で絶滅寸前に追い込まれ、1970年代までに30頭足らずとなった。その後、個体数を大幅に回復し、約200頭に到達したが、その未来は依然として危ういままだ。

 このような状況だからこそ、科学者たちは新たに発見された神経疾患について懸念している。フロリダパンサーとボブキャットの四肢が弱り、重症の場合、部分的なまひを引き起こす病気だ。しばしば歩行が困難になり、その結果、飢えて死に至ることもある。ネコ白質脊髄症(FLM)と呼ばれるこの病気は3頭のフロリダパンサーで確認されているが、2017年春以降、フロリダ州で少なくとも19頭のフロリダパンサーと18頭のボブキャットが発症した可能性が高い。

 フロリダ州魚類野生生物保護委員会(FWC)でパンサーチームのリーダーを務めるダレル・ランド氏によれば、病気の原因は不明だという。

「まだ決定的な証拠がなく、少し不安を感じています。もし単純な答えが存在すれば、すでに見つかっているはずだからです」

 現在のところ、神経毒が病気を引き起こしているという説が有力だ。ウイルスなどの病原体が原因の可能性もあるが、それほど有力ではないと考えられている。栄養不足と神経毒など、複合的な要因の可能性もある。少なくとも2種のネコ科動物に症状が見られるため、親から子へと受け継がれる遺伝性の疾患ではない。

 FWCで野生動物の獣医師として働くマーク・カニンガム氏によれば、神経細胞の損傷を特徴とするこの病気は子供時代に発症し、通常、悪化も回復もしないのではないかと考えられている。一部の地域では、かなりの割合の子供が病気にかかっている。

 この病気の研究はFWCの緊急課題になっているとカニンガム氏は話す。さまざまな組織や研究機関、カメラトラップ(自動撮影装置)を所有する写真家などの民間人が協力し、原因究明を急いでいるという。

 フロリダパンサーはすでに、車との衝突、限られた縄張りを巡る激しい争い、土地開発といった脅威にさらされている。もし新しい病気が「このままのレベルで続けば、十中八九、個体数に影響が出るでしょう」

「野生動物では前例のない出来事です。少なくともネコ科動物では」とカニンガム氏は補足する。

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憂慮すべき発見

 写真家のラルフ・アーウッド氏とブライアン・ハンプトン氏は2018年初め、イトスギの原生林が広がるフロリダ州ネープルズ北のコークスクリュー・スワンプ保護区で、3匹の子供を産んだばかりのフロリダパンサーを映像に収めた。しかし、その年の5月中旬、異変が起きていた。オスの子供2匹が歩行困難に陥り、明らかに後ろ脚が弱っていたのだ。

 数カ月後、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもある写真家のカールトン・ウォード・ジュニア氏が、近くに設置したカメラトラップに向かって歩く同じ母親と遭遇した。まさに喜びに満ちた瞬間だった。子供の1匹が体を引きずりながら前進し、母親がそれを待っていることに気付くまでは。「胸が張り裂けそうな思いがしました。私がこれまでに見た中で最も悲しく、最もどうしようもない出来事の一つでした」

 カニンガム氏によれば、その後、歩行困難に陥っていた子供の片方は目撃されておらず、すでに死んだと推測されている。もう片方にはGPS付きの首輪を装着したが、数カ月後に外れてしまい、行方不明になったという。コークスクリュー・スワンプに暮らすほかのフロリダパンサーやボブキャットにもFLMと思われる症例が確認されている。

 さらに、過去のカメラトラップを分析したところ、2017年4月にフロリダ州のバブコック・ランチ保護区で撮影された映像から、FLMと推測される症例が見つかったとカニンガム氏は言い添えている。知られている限り最も古い症例だ。いずれのケースもカメラトラップに映る個体は歩行に苦労している様子で、既知のほかの原因では説明が付かない。死後間もない個体の脊髄を調べる必要があるため、正式な診断は難しい。

 正式に診断された3例のうち1例は、2019年夏にフロリダ州イモカリー付近で2匹の子供を産んだメスのフロリダパンサーだ。後ろ脚がひどく弱っている様子がカメラに収められており、母子ともに生き延びられない可能性が高いと判断され、州の野生生物当局によって捕獲された。2匹の子供はタンパ動物園で検査を受け、母親はフロリダ大学の獣医学部に運ばれた。

 母親はMRI、神経学的検査、血液検査を含むさまざまな検査を受けたが、症状を説明できるものは見つからなかった。この時点で、歩くことがやっとの状態だったため、獣医師たちは安楽死という厳しい選択を下した。症状をじかに見たフロリダ大学の獣医師ジム・ウェレハン氏は「悲しい状況でした」と振り返る。「できる限りのことをしたいと思ったのですが」

 幸い、子供たちは生き延びて健康な大人になり、現在、フロリダ州北東部にあるホワイト・オーク保護区の大きな囲いの中で暮らしている。

次ページ:ウイルスか生物由来の神経毒か

失われた軸索

 FLMで命を落とした個体を解剖した結果、いずれも脊髄に重度の損傷が見られた。米国南東部野生生物疾患研究協同組合の獣医病理学者ニコール・ネメス氏は、神経線維の軸索があるべき場所に穴が開いていたと説明する。ネメス氏はFLMを発症した個体の試料を分析する研究者の一人だ。

 FWCの研究に協力するウィスコンシン大学の神経学者イアン・ダンカン氏は、有毒物質が軸索を攻撃している可能性が高いと話す。ダンカン氏は哺乳類の中枢神経系の神経線維を保護する脂質の層である髄鞘(ずいしょう)に影響を及ぼす疾患の専門家だ。当初、FLMは髄鞘の劣化を伴うと予想されていたが、命を落としたフロリダパンサーたちの分析結果はそうでないことを示唆していた。

 殺鼠(さっそ)剤、殺虫剤、除草剤、重金属など、さまざまな有毒物質の検査が行われたが、決定的な証拠は見つかっていない。

 感染症で見られる炎症の有意な証拠がないことから、ウイルスが原因である可能性は低いとダンカン氏らは考えている。フロリダパンサーの生息地に発生する藻類や微生物の神経毒が原因の可能性もあり、研究者たちが調査を始めている。

 ネコ、チーター、ヒョウなどのネコ科動物はほかの哺乳類に比べ、神経疾患にかかりやすいように見えるとネメス氏は述べている。

生息域の拡大が急務

 FWCでフロリダパンサーの生態研究を率いるデーブ・オノラト氏は「現時点では、FLMはワイルドカードのような存在です。あまり大げさに言いたくありませんが、個体数回復への歩みに影響を及ぼす恐れがあります」と話す。

 この病気はただでさえ不安定なフロリダパンサーの個体数回復を妨げる可能性があり、拡大する新たな脅威から身を守るため、新たな生息地に移動する必要性が高まったとオノラト氏は考えている。

 フロリダパンサーの場合、特に北側に生息域を広げる必要があるが、野生生物が移動するための回廊が保全されていない限り実現しない。2016年には、43年ぶりに、カルーサハッチ川の北側でフロリダパンサーのメスが目撃された。カルーサハッチ川はフロリダ州フォート・マイヤーズ近郊の主要水路で、フロリダパンサーにとっては画期的な出来事だ。

 多くの研究者はフロリダパンサーについて楽観視しているが、とても心配している研究者もいる。米国立公園局でフロリダパンサーの生態を研究するデボラ・ジャンセン氏は「フロリダパンサーの未来には大きな問題が立ちはだかっています」と話す。「いくつかの巨大な障害に直面しており、この神経疾患もその一つです」

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