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変異株向けのワクチン戦略が望まれる理由、米国は治験を開始

  • 2021年4月9日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 変異と進化を続ける新型コロナウイルス――。反撃する「武器」の対応が迫られる中、米国立衛生研究所(NIH)が、新たな変異株を標的とするワクチンの治験を開始した。

 ターゲットとなる変異株は南アフリカで最初に確認された「B.1.351」で、他の変異株と同様、従来株よりも感染力が高いとみられることから、懸念が大きくなっている。最近の研究では、B.1.351がワクチンや新型コロナウイルスへの感染によって得られた免疫防御を回避できることが示されている。NIH傘下の米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)は、米モデルナ社と協力し、このウイルス用に改良したワクチンの第1相試験で、210人の健康な成人を対象に安全性と有効性を調べる計画だ。

 モデルナやNIHと同様に、米ファイザー社とドイツのビオンテック社も、変異株向けのワクチンの可能性を模索しているところだが、一方で第2の戦略も念頭に置いている。それは、従来のワクチンを3回接種するというものだ。これは、追加接種をすれば新たな変異株に有効な抗体がより多く産生されるという仮説に基づいている。

 ワクチンのこうした改良は、変異株の影響を抑制する包括的な戦略の一部だ。2021年2月、バイデン政権は、サーベイランスの拡大やウイルスの遺伝情報の追跡などを強化する早期警戒システムに、2億ドル(約219億円)を拠出する決定を下している。

進化をリアルタイムで追う

 未曽有のパンデミック(世界的大流行)は、依然として世界各地で制御不能な状況にある。現状は、新型コロナウイルスが数十億の宿主を持ち、数兆回の複製と変異の機会がウイルスにあることを意味する。

 一般に、ウイルスは変異しても、その多くは消滅するので、それほど心配しなくてもいい。問題となるのは、感染力や重症化率が従来株よりも高い変異株が出現したり、変異株が人体の免疫反応を回避するようになったりするケースで、これは公衆衛生当局が憂慮する事態となる。そしてまさに、現在、世界的に拡大している変異株はこれらが当てはまるため、懸念が高まっているのだ。

「私たちは、超高速リアルタイムでウイルスの進化を目の当たりにしています」。こう話すのは、感染症の専門家で、米メイヨー・クリニックのワクチン研究グループの責任者、グレゴリー・ポーランド氏だ。「変異の多くは、ウイルスの生存力と感染力を低下させるのですが、自然淘汰によってウイルスに都合の良い変異が残るのです」

 たとえば、2020年12月に初めて発見され、英国で猛威を振るった「B.1.1.7」変異株は、従来株よりも感染力と致死率が高い。現在、ヨーロッパ大陸で急速に拡大しており、今後、米国でも感染を広める可能性が高い。

 10月に南アフリカで初めて発見されたB.1.351は、すでに米国の25以上の州で確認されている。ブラジルで感染を拡大させている「P.1」は、2021年1月に米国で初めて感染が確認された。これらの変異株は、従来型の侵入を防ぐ抗体を回避できるように変異しているため、すでに新型コロナに感染したことのある人やコロナワクチン接種済みの人でも、再感染する可能性がある。

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 研究者たちは、ウイルスが抗体の影響を回避できるようになるこうした変異を「エスケープ変異」と呼んでいる。この変異は、ウイルスが自然淘汰の圧力を受けた場合に発生する。

 なかでも科学者たちが最も懸念しているのは「E484K」と呼ばれる、ウイルスのスパイクたんぱく質の変異だ。これが現在、ウイルスの回避能力が高まる最大の原因と考えられている。

 通常、コロナウイルスは、表面にあるスパイクたんぱく質を使ってヒトの細胞に結合し、侵入する。そのため、現在使用されているワクチンには、従来型のスパイクたんぱく質に取りついて細胞への侵入を阻止する抗体を作らせる働きがある。しかし、形が変化したE484Kがあると、従来のワクチンによる抗体とスパイクたんぱく質との結合に大きな影響を与えることが、2021年1月4日付けで論文投稿サーバー「bioRxiv」に公開された研究などで明らかになっている。

 今回、変異株用に改良されたモデルナのワクチンには、従来型と異なるB.1.351のスパイクたんぱく質に取りつく抗体を作らせる働きがある。

 とはいえ、解明されていない問題は山積している。たとえば、新型コロナウイルスの変異株が進化する速度については、まだ専門家にもわかっていない。新たな変異株の出現は、ワクチンの有効性を下げる可能性があるだけに重要な問題だ。

 これは、同じくウイルスの麻疹(はしか)とはまったく異なる状況だ。はしかのウイルスは、たとえ変異株でもワクチンの中和抗体をほぼ回避できないという研究結果が、2020年10月23日付けで「bioRxiv」に発表された。だから、はしかの追加接種を毎年受けたり、製剤を変更したりする必要はない。

「はしかワクチンは1963年に導入されたのですが、今でもほぼ同じワクチンを使用しています」と、米タフツ小児病院の小児感染症部門のチーフであるコーディ・マイスナー氏は言う。「しかし、インフルエンザの場合は違います。毎年、新しい株が生まれるので、新しいワクチンが必要になります。新型コロナがこの両者の間のどのあたりに該当するかはわかっていません。それで、専門家は多岐にわたる取り組みを進めているところです。まだわからないことが多いのです」

悪いニュースばかりではない

 最近の研究では、悪いニュースばかりではないこともわかってきた。研究が進むにつれ、もっとも懸念されている変異株には、共通の特質や変異があるという裏付けが得られているからだ。

次ページ:変異の影響を受けないキラーT細胞

 たとえば、B.1.351、P.1、B.1.1.7は、いずれも先に述べたE484Kという変異を持っている。実はこれは良いニュースといえる。

「ウイルスに最大限の能力をもたらす変異を調査すると、南アフリカとブラジルで見つかった変異株で同一の変異が観察されました」と、米ラホヤ免疫研究所の免疫学者、アレッサンドロ・セッテ氏は説明する。「重要なのは、別々の時期に2つの大陸で確認された凶暴な変異株に、同じ変異があったということです。つまり、このウイルスの凶暴化のレパートリーには限界があるということです」

 こうした研究結果から、特定の変異に対応する遺伝情報を取り入れた改良ワクチンは、警戒されている複数の変異株に対して同時に効果を発揮するかもしれないと期待されている。

変異の影響を受けないキラーT細胞

 変異株に対する懸念が高まるなか、ワクチンと抗体だけが防御手段ではないことを忘れてはならない。過去に感染した人や必要な回数の接種を終えた人は、このウイルスや新たな変異株に再感染した場合でも、別の味方がいる。ウイルスが抗体を征服しても、免疫システムの「キラーT細胞」が始動するのだ。

 T細胞は、感染した細胞を認識し死滅させる助けをする。しかも、T細胞には侵入した病原体を記憶する機能があり、2度目からは効率よく戦える。「細胞壁が破壊され、ウイルスが細胞内に侵入した場合、キラーT細胞は感染を抑え消失させるのに重要な働きをします」とセッテ氏は説明する。

 21年3月30日付けで学術誌「Open Forum Infectious Diseases」に発表された論文によれば、NIHの研究者たちが、変異株が現れる前に新型コロナ感染症から回復した30人から血液のサンプルを採取して分析した。これらのサンプルに含まれるあるタイプのT細胞を主要な変異株に曝露(ばくろ)させたところ、E484Kを含むすべての変異を認識したことがわかった。

 NIAID免疫調整研究所の研究スタッフ、アンドリュー・レッド氏は、「T細胞の標的領域は、新たな変異株が持つ変異にほとんど影響を受けません」と話す。ウイルスが中和抗体を回避しても、多くの場合、T細胞の働きで感染を阻止できるという。

 NIHは、4月末までに改良ワクチンの治験の登録を完了させたい意向だ。米食品医薬品局(FDA)はすでに、変異株向けの改良ワクチンに緊急承認を与えると示唆しており、新たなワクチンは早急に実用化される可能性がある。

 だが、このような多くの心強い進展があっても、私たちは決して油断してはならない。「私たちはまだ初期段階にいるのです。もし経済的、政治的理由から『コロナ疲れ』に陥ったら、それは、くすぶる火にガソリンをまくようなものです」と、メイヨー・クリニックのポーランド氏はくぎを刺す。「おそらく私たちが立っているのは、非常に感染力が高い変異株急増の入り口です。来週、何が起きるかはだれにも予測できません」

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