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ベルギーに巨大プラ工場建設計画 環境団体は猛抗議、なぜ今?

  • 2021年3月31日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 ベルギーのアントワープに巨大な化学工場を建設する計画が話題になっている。

 ベルギー政府は35億ドル(約3850億円)規模の工場建設計画を歓迎している一方で、環境保護団体はこの計画を快く思っていない。2020年10月には気候変動の活動家が建設予定地を占拠。同年11月にはベルギーの裁判所が、プロジェクトに対する異議申し立てを精査する間は樹木の伐採を停止するよう、工事の差し止め命令を出した。結論が出るまでに、長ければ1年ほどかかる可能性がある。

 欧州連合(EU)は、プラスチックごみの削減と気候変動対策のために積極的な計画を打ち出している。が、それにもかかわらず、ヨーロッパのいくつかの国では米国からのプラスチックの原料の輸入が増えており、今回の新工場計画はその点でも注目を集めている。

 背景には、世界的なプラスチック需要の高まりがある。しかし、この動きはヨーロッパが掲げるプラスチックごみおよび二酸化炭素の排出削減目標を損ないかねない。

だぶつく米国産の原料

 米国では水圧破砕法(フラッキング)の拡大によって、石油や天然ガスを採掘する際の副産物である「エタン」が豊富に供給されるようになった。エタンはプラスチックの原料になる。その入手しやすさとコストの低さから、テキサス州、ルイジアナ州、ペンシルベニア州西部ではプラスチックの生産が急拡大した。業界団体である米国化学工業協会(ACC)によると、2010年以降に計画または完了したフラッキング関連の石油化学プロジェクトは350件近くに上り、総費用は2000億ドル(約22兆円)を超える。

 それでも、米国の工場の需要をはるかに超えるエタンが産出するため、フラッキングを行う企業は安価なエタンの輸出に力を入れているのだ。2016年には、特注の大型船を何隻も使って大西洋経由で運ぶようになり、英国、ノルウェー、スウェーデンのプラスチックメーカーが米国産のエタンを入手できるようになった。

 プラスチックメーカーが所有する「エタンクラッカー」と呼ばれる工場では、800℃前後の熱と圧力をかけて、エタンをエチレンという気体に分解(クラック)する。その後、圧力および触媒の力を借りて、エチレンは一般的なプラスチックであるポリエチレン樹脂になる。

 このプロセスでは膨大なエネルギーを使用するため、二酸化炭素の排出も相当な量になる。つまりプラスチック生産の拡大は、気候に悪影響を及ぼしうるのだ。また、世界中の土地や河川、海洋などを荒らすプラスチックごみが増える恐れもある。

 2019年に調査・提言団体「国際環境法センター(CIEL)」が発表した報告書によると、エタンやその代替原料であるナフサの分解に伴う二酸化炭素排出量は、2015年には世界全体で石炭火力発電所52基分に相当した。このままプラスチック産業が拡大すれば、2030年には69基分相当を排出することになるという。

「地球温暖化危機とプラスチック危機が重なっているときに、プラスチック増産のために化石燃料を使う新設備に投資するなど、まったくもってナンセンスです」と、ドイツを拠点にベルギーの工場建設に反対するキャンペーンを展開しているアンディ・ゲオルギュー氏は言う。「というより、この2つはどちらも同じ危機の一部です」

次ページ:粒状プラ原料「ナードル」の流出も問題に

輸入エタンの消費量は2倍へ

 海を越えてエタンを輸送し始めた欧州の石油化学大手イネオス社は、ベルギーのアントワープに巨大な新工場の建設を計画している。業界アナリストによると、この工場の建設により、ヨーロッパでの輸入エタンの消費量は2倍になるという。

 このプロジェクトは、ヨーロッパ大陸では1990年代以来のエタンクラッカーの新設となる。これが環境保護団体との対立を引き起こした。

 この計画が実現すれば、アントワープは世界2位の石油化学拠点としての地位を固めることになる(1位は米テキサス州ヒューストン)。また、アントワープはすでにプラスチック生産の一大拠点となっており、スヘルデ川の川岸には「ナードル」と呼ばれるレンズ豆大のペレット状のプラスチック原料が散乱している。ある推計によると、2018年には2.5トン(数十億粒)がこの地域で流出した。

 ナードルは海の生物に甚大な被害をもたらす。「魚の卵のように見えるんです」と、プロジェクトに異議を唱える環境保護団体「クライアントアース(ClientEarth)」の弁護士タチアナ・ルハン氏は話す。それを食べた鳥や魚は、他に何も食べられなくなって餓死することがあるという。

 イネオスの新工場自体はナードルを生産しないが、ナードルを生産する工場にエチレンを供給することになる。同社は、このプロジェクトは単に効率の悪い旧式の工場を置き換えるものであり、ヨーロッパ全体のプラスチック生産量を増やすことはないとしている。同社の広報担当者であるトム・クロッティ氏は、効率化によって新工場の二酸化炭素排出量は旧式の工場の半分になると述べている。

プラスチック需要は世界的に増加

 一方、新しい工場を建設しても、古い工場が閉鎖されるとは限らないと反対派は言う。仮に閉鎖されたとしても、新工場はプラスチック生産を支えるエチレンを将来にわたって供給することになる。ヨーロッパがプラスチックの使用を減らそうとしているにもかかわらずだ。

 ヨーロッパでは使い捨てプラスチックの削減に向けた大々的な取り組みが21年7月から始まる。使い捨てのカトラリー(ナイフやフォーク等)、皿、コップ、マドラーなどは禁止され、ペットボトルのキャップは外れてごみにならないようボトル本体につながなければならなくなる。ペットボトルの回収目標が今後、設定されるほか、2025年までにペットボトルのリサイクル材料使用率を25%に義務化するなど、取り組みが強化される予定だ。

 ヨーロッパのプラスチックごみ対策は野心的な取り組みだと、環境団体「環境調査エージェンシー(EIA)」の弁護士ティム・グラビエル氏は話す。企業がプラスチックの生産能力を上げることは、ヨーロッパのこうした取り組みや高い炭素排出削減目標と「完全に相反する」ものだと氏は指摘する。

 これに対しヨーロッパのプラスチック業界団体「プラスチックスヨーロッパ(PlasticsEurope)」は、プラスチックの減産ではなくリサイクルが解決策になると強調する。さらに、代替素材にもそれなりの環境コストがかかると同団体は指摘する。

次ページ:プラ原料は苦境に立たされる石油会社の命綱

 ごみ問題への懸念をよそに、多用途なプラスチックへの需要は今後も世界的に増加するだろうと、業界アナリストは述べる。自動車、飛行機、家電製品、建築資材、衣料品、電子機器などに使用されることから、プラスチックの消費量は経済成長や発展途上国での中産階級の増加に伴って増える。

 米国産エタンは現在、ヨーロッパのエチレン生産量の10%を供給しているが、アントワープの新工場建設によってその割合は20%近くに増加するはずだと、エネルギー・化学分野のコンサルティング会社ウッドマッケンジーのアナリスト、パトリック・カービー氏は話す。

 また、CIELの弁護士スティーブン・ファイト氏は、新たな供給は「米国の石油化学産業の拡大をヨーロッパに持ち込むことになります」と述べる。

苦境に立たされる石油産業からの期待

 巨額の負債や、天然ガス・原油価格の低迷にあえぐ米国のフラッキング会社にとって、国内外でのエタンの販売は重要な収入源となっている。

 米国産エタンがプラスチックメーカーを後押ししているのはヨーロッパに限った話ではない。エネルギー・化学分野の調査会社ICISによると、米国のエタン輸出量は、全体で2014年の80万トンから2020年には550万トン強と6.85倍に急増している。同社によれば、最大の市場はカナダであり、インド、ヨーロッパ、中国と続く。

 エクソンモービルからサウジアラムコまで各大手化石燃料企業は、電気自動車(EV)への転換や気候変動への懸念から石油や天然ガスの生産量が減少の一途をたどる未来をにらみ、プラスチックを成長商品と見なしている。世界経済フォーラムは2016年、プラスチックの生産量が今後20年間で2倍になると予測した。また、国際エネルギー機関(IEA)は、プラスチックを含む石油化学製品が、今後30年間の石油需要増加の半分をけん引すると予想している。

「プラスチックは化石燃料業界にとってのプランB(次善策)です」とルハン氏は話す。

 とはいえ2020年初頭には、世界的な生産拡大によって、プラスチック原料やさらにその原料である化学物質の供給はだぶついていた。当初は、2020年の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)による世界経済の落ち込みが、この供給過剰をさらに悪化させるのではないかと考えられていた。イネオスが別のプラスチック原料であるプロピレンの製造工場をアントワープのエタンクラッカーに併設する予定を延期したのは、こうした懸念からかもしれない。

 しかし、新型コロナはプラスチックメーカーにとって当初の予想ほど悪いものではなかった。人々の消費行動が変わったからだ。テイクアウト食品やオンラインショッピングが包装材の需要を押し上げたうえ、マスクなどの防護具も需要が急増した。かつては旅行や娯楽に使われていたお金が、ノートパソコンやゲーム機、エクササイズマシン、家電製品などに使われた。いずれもプラスチックを利用する製品だ。

「需要は非常によく持ちこたえています」と業界誌「ICIS Chemical Business」の副編集長ウィル・ビーチャム氏は語った。「供給過剰は、人々が恐れていたほど深刻ではなさそうです」

 しかしプラスチックに関しては、市場の動きがしばしば逆転すると指摘する声もある。「プラスチックは供給が需要を左右する素材だということを、これまで何度も見てきました」とファイト氏は言う。

 氏はこのように説明する。まず、エタンの過剰供給により、プラスチックの生産量が増加した。そして、企業はその安価な素材を消費者に押し付ける。そして、消費者の側に、商品の素材や包装材を選ぶチャンスはほとんどない。

「私たちはどれだけのプラスチックを生産しているのでしょうか」とファイト氏は問う。「この質問は次の答えにたどり着きます。つまり、私たちは生産し過ぎているということです」

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