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目立たないけれど大事な生物「菌類」、その保護は十分か?

  • 2021年4月16日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 1863年、イタリアの植物学者ジュゼッペ・インセンガは、初めてホワイトフェルラ・マッシュルーム(Pleurotus nebrodensis)を口にして、「味わったことのない最高のおいしさ!」と評した。

 このキノコは、主にイタリアのシチリア島にあるマドニエ山脈の標高300メートル以上の石灰岩地帯で採集され、値段は2ポンド(約900グラム)あたり50ユーロ(約6500円)にもなる。

「本当においしいです。生でも加熱しても最高です」と話すのは、シチリア島のパレルモ大学の菌学者、ジュゼッペ・ベンチュレラ氏だ。ビタミンBが豊富で、オリーブオイル少々とパルメザンチーズを振りかけて生のまま食べるのが一番だと語る。

 インセンガが驚嘆してから150年余り。今も珍重されているホワイトフェルラはしかし、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで近絶滅種(critically endangered)に指定されている。

 このキノコは、人間の影響により危機に追いやられたと認識された最初のキノコだ。そして2006年から2015年までは、絶滅の危機にあると世界的に認められた唯一のキノコだった。

「シチリア島では人々にとても愛されているキノコなので、数が減少し始めた当時は、その話題で持ちきりでした」と、米国オハイオ州のマイアミ大学の菌学者ニコラス・マネー氏は話す。

 マドニエ国立公園内の保護区域ではキノコ狩りは禁止されているが、周辺地域では、傘が直径3センチ以上に成長したキノコなら採集することができる。ホワイトフェルラは春が旬で、4月から5月下旬まで楽しむことができる。

 だが、私たちが気づいていないキノコはどうなのか。危機に瀕しているキノコはどれだけあるのだろうか。

「地球上には100万から600万種の菌類が存在すると考えられています」と、米ウイスコンシン大学マディソン校の菌学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもあるアン・プリングル氏は話す。しかし、世界中に生息しているにもかかわらず、菌類は保全活動から長く取り残されてきた。

 プリングル氏は「ホワイトフェルラは食用とされているので、私たちもその危機に気づいて対処しようとします。でも、人間が気づいていないだけで、危機に瀕している菌類は他にもたくさんあるかもしれません」と言う。

次ページ:菌類とキノコと菌糸体

 では、私たちが目にすることがなく、人間に理解されていない微生物を、どのように保全すればいいのだろうか。なぜ、保全する必要があるのだろうか。

 キノコ保全分野の専門家で米シカゴ植物園の主任研究員であるグレッグ・ミュラー氏は、「地球上の今ある生命体は、菌類なしでは存在できません」と言う。

 マネー氏も「菌類の保全は、緊急に取り組むべき課題です。菌類は森や樹木と深い関わりがあり、菌類がいなければ樹木は育ちません。ですから、私たちは菌類がなければ生存できないのです。地球の健全さという観点から、菌類は非常に重要です」と話している。

菌類とキノコと菌糸体

 私たちにおなじみのキノコといえば、丸いボタンのような形をしていたり、平たい傘をかぶっていたりするキノコが地面から顔を出しているイメージだろう。だが、それは菌類の生殖作用の一部にすぎない。地上に出ている部分は子実体(しじつたい)と呼ばれているが、その地下部分は、菌糸体という細く微細な菌糸のネットワークにつながっている。1998年には、米国オレゴン州ブルーマウンテンの地下に8平方キロメートルに及ぶ菌糸体の広がりが発見され、それまでに調査された範囲では地球で最大の生命体とされた。

 菌根菌と呼ばれる菌類は、植物と共生関係にある。私たちが地上で目にする一般的な植物の9割は、菌類と相互に助け合う関係を築いているのだ。

「菌糸が植物の根に進入して、真菌コロニーと根との間に胎盤のような関係が生まれます」とマネー氏は説明する。「植物にとっては、もうひとつの根系のようなものです」

 植物は、こうした菌糸ネットワークのおかげで水分やミネラル、栄養分をより多く吸収することができ、一方で菌類は、植物が光合成で生み出す糖の一部を得ることができる。

「地面からひと握りの土を手に取ると、目に見えない菌糸体が手のひらに載っていることになります」とプリングル氏は話す。DNA解析技術の進化によって、今では、土や花の蜜など、あらゆるものに存在する目に見えない菌類のDNA配列が分かるようになっている。

 だが、菌類を数えることは困難だ。種によって異なるが、菌糸体から伸びる子実体の数は多様なので、地上で確認できる子実体の数は地下の個体数とは一致しないからだ。

「それを解決する方法はありますが」とプリングル氏は言う。「時間も費用もかかる取り組みです」

次ページ:菌類が重要な理由

菌類の現状

 2018年に発表された世界の菌類の状態に関する評価報告書によれば、存続が脅かされているかどうかを判断するための査定を受けた菌類はわずか56種だった。動物は6万8000種、植物は2万5000種が査定を受けているのと比べると、圧倒的に少ない。現在では、世界で168種のキノコが危機にあると評価されている。

 シチリア島のホワイトフェルラの例からもわかるように、キノコの乱獲は生息数の減少につながる。キノコの多くは、食用となるだけでなく、健康にも効果があるとされている。チベットの冬中夏草は、咳や腰痛など、あらゆる症状の治療に用いられている。万能薬として販売されているチャーガ(カバノアナタケ、別名シベリア霊芝)は乱獲が進み、一部の地域では数が激減している。

 キノコは、植物と同様の多くの脅威にも直面している。生息地の減少や土壌汚染、特に殺菌剤を含む肥料の使用は、キノコに大きな打撃をもたらす。気候変動もキノコに影響を及ぼすことが研究で明らかになっている。子実体が地面から顔を出す時期の決め手となる気温や湿度が変動するからだ。

 現在、研究者たちは菌類が気候に及ぼす影響の解明にも取り組んでいる。

 2013年、ミュラー氏のチームが、IUCNレッドリストの下位区分として「菌類レッドリスト」を立ち上げた。このイニシアチブは、当時、IUCNレッドリストで絶滅危惧種に指定された菌類が3種のみ(地衣類2種とホワイトフェルラ)だったため、菌類の保全の重要性を強調することが目的だった。

「市民科学者コミュニティの協力も、重要な進展です」とミュラー氏は言う。「iNaturalist」や「マッシュルーム・オブザーバー」など、キノコ狩りのクラブやウェブサイトでキノコ愛好家たちが見つけたキノコを記録することで、研究者たちはより多くの現地情報を入手できるようになった。

 この10年間で、シチリア島以外に、ギリシャのある島でもホワイトフェルラが発見されており、ミュラー氏は、ホワイトフェルラの危機の度合いが「近絶滅種(critically endangered)」から「絶滅危惧種(endangered)」に引き下げられる日が近いかもしれないと考えている。

菌類が重要な理由

 マネー氏によれば、菌類は樹木にとって不可欠なパートナーというだけではなく、地球全体の気候に影響を及ぼす存在だ。

 秋のおだやかな森を歩くと、地面に落ちた葉や枝などは枯れて命を失っている。だが、その下には、こうした残骸を分解するために活発に活動している菌類の世界がある。菌類は植物が蓄える炭素を分解して土壌に閉じこめる働きをしていることが、研究で明らかになっている。世界中の土壌は炭素の巨大な貯蔵層で、大気と植物の炭素貯留量の合計よりも多くの炭素を貯蔵しているのだ。

 炭素循環における菌類の具体的な役割や、どの菌類が重要なのか、どれだけ多くの菌類が必要なのかという点については、まだ研究を進めているところだとプリングル氏は話す。

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