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130年以上前に発見された蛾、ついに生きた姿を撮影

  • 2021年2月15日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まってから1カ月がたった頃、写真家のジョエル・サートレイ氏は米ネブラスカ州リンカーンの自宅で、朝早く新聞を取るために外へ出た。いつもなら仕事で1年の半分は家を空けているが、コロナで取材がことごとくキャンセルされ、ふさぎ込んでいた。

 ポーチに出ると、外灯に群がる虫に目が留まった。トンボやセミ、コガネムシのような甲虫を見ていたら、沈んでいた気分がぱっと明るくなった。

「昆虫やその他の無脊椎動物を撮影していれば、パンデミックの間もきっと忙しくなるに違いない。そう思ったんです」。サートレイ氏は、動物を絶滅から守るべく、世界中の動物園と野生生物保護区にすむ全ての動物を撮影するナショナル ジオグラフィックとの撮影プロジェクト「PHOTO ARK(フォト・アーク、写真の箱舟)」の発起人だ。

 その日から、サートレイ氏は成人した2人の子どもと友人らと一緒に、昆虫を探しに出かけ始めた。協力してくれた友人のローレン・パデルフォードさんとバブス・パデルフォードさんは、定年後にネブラスカ州を拠点として昆虫の写真を撮影しているアマチュア昆虫学者だ。

 一同は早速、ネブラスカ州と、隣接する5州の農地や草原へ出て行き、恐ろしげなアリジゴク(ウスバカゲロウ)から色彩豊かなヨコバイ、細長いサシガメまで、あらゆる小さな虫を見つけては、写真を撮っていった。その結果、わずか8カ月で新たに900種の写真がフォト・アークに加えられた。

「フォト・アークにとってこれほど重要な生きものたちが、自分のすぐ目の前にいたなんて、ただ驚いています」。サートレイ氏は、虫を見つけたらその場で写真を撮るか、テントに持ち込んで撮影した後、すぐに野生に戻した。

 こうして、10年以上をかけて取り組んでいるフォト・アークの1万1000種目にサートレイ氏が選んだ生きものは、ロングトゥースト・ダートモス(Dichagyris longidens)と呼ばれるモンヤガの仲間だった。

 体長約2.5センチで、米国南西部が原産。1890年に記載されたものの、その後はほとんど忘れられていた。詳しい情報がなく、生きた個体の撮影に成功したのは、なんとサートレイ氏が初めてだという。

「ゴリラやトラといった哺乳類のほうが注目されやすいですが、私たちみんなを救ってくれているのは、昆虫なんです」。昆虫は、花粉媒介者として重要な農作物の成長を助け、有機物を食べることで分解を手伝ってくれる。

 1月12日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された論文によると、米国だけでも、昆虫の経済価値は年間約700億ドル(約7兆3500億円)に及ぶという。その一方で、世界の昆虫は今急速に減少していると、多くの研究が警告している。主な理由は生息地の消失と農薬だ。

 論文の筆頭著者である米フロリダ大学の准教授、河原章人氏は、フォト・アークの1万1000種目にガを選んだサートレイ氏の決断を高く評価する。

「これまで見向きもされなかった小さな生きものに、人々の注意を引き付けてくれるでしょう。ガは、その価値が正しく評価されていません」。河原氏は、フロリダ自然史博物館で鱗翅目(チョウやガの仲間)の学芸員も務めている。

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謎多きガ

 サートレイ氏は2020年9月、ニューメキシコ州を流れるペコス川の岸でこのガを捕獲した。何の種なのかわからなかったので、虫の種を調べられる米アイオワ州立大学昆虫学科のウェブサイト「BugGuide」の編集者であるボブ・ビアジ氏に写真を送った。すると、こんな返事が返ってきた。「この写真を、私たちは少なくとも130年間待っていました」

 河原氏によると、同じヤガ科の中には、ロングトゥースト・ダートモスとかなり似た外見をしている種がいくつかあるそうだ。いずれも小さな茶色のガで、専門家でも見分けるのは難しいという。これまでほとんど研究されてこなかったのは、そのためだった。

 幼虫は、ネキリムシと呼ばれる。その名の通り、夜になると土から出てきて、芽が出たばかりの植物の茎を噛み切ってしまう。一部の種は農業害虫とされているが、ほとんどは農作物には無害であると、河原氏は言う。

 成虫はコウモリのエサになり(「とりわけ肉厚なんです」と河原氏)、夜に咲く花の花粉を媒介する。ガが授粉に果たす役割は、チョウやハチと比べると見過ごされてしまうことが多いと、河原氏は言う。

 地球上には、知られているだけでおよそ16万種のガやチョウがいるが、その他にも未記載の種が約20万種はいるだろうと言われている。「あまり知られていない昆虫が、まだまだたくさんいます」と、ニューメキシコ州立大学の昆虫学教授スコット・バンディ氏は言う。

 なかでもニューメキシコ州には、多くの未記載種がいるとされている。その理由のひとつは、南西部にあるニューメキシコが合衆国の州に昇格されたのが1912年と、比較的最近であるためだ。東部の州では、数百年前から昆虫学者が種の記載を続けてきた。

「そこが、私にとってはたまらなく面白いんです。ここに生息しているものだけでも、まだたくさん研究することがありますから」とバンディ氏。

昆虫に迫る脅威とその対策

 最近の研究によると、ガとチョウは他の昆虫よりも速いペースで減少しているという。多くの種は、発見すらされないうちに絶滅してしまうかもしれない。

 ガにとってとりわけ深刻な脅威は気候変動であると、河原氏は指摘する。気温の変化が激しければ、幼虫が混乱して、いつさなぎになればいいのかわからなくなる。また、森林火災も増え、多くの幼虫が生きたまま焼かれてしまう。

 もうひとつの脅威は光害だ。月の光を頼りに移動する夜行性のガは、人工的な光に惑わされ、その周りを何度も円を描いて飛んでいるうちに体力を消耗し、簡単に敵の餌食になってしまう。

「PNAS」の論文で河原氏は、ガやその他の昆虫のためにできる簡単な8つの行動を挙げている。例えば、夜には会社や自宅の電気を消したり、地域に固有の植物を植えるといった小さなことでいい。

 また、もっと周囲の世界に興味を持ってほしいと呼びかける。スマートフォンを持って外に出てみよう。石をひっくり返したら、その下にどんな虫が見つかるだろうか。それを写真に撮って、シェアしてほしいという。一般の人々によるこうしたデータが、科学的な研究の助けになる。特にパンデミックの今は、科学者たちが直接行って現地調査をするのが難しくなっている。

 河原氏は、最後にこう言った。「多くの写真家が、人気の大型動物ばかりに注目するのではなく、数えきれないほどたくさんの種類の、びっくりするような生きものが、家のすぐ裏にもすんでいるのだということに気付いてほしいと思います」

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