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ピラニアに噛まれても平気、装甲ナマズのウロコの秘密を解明

  • 2021年1月27日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 先日、米カリフォルニア州の研究室の水槽で、魚同士を対決させる実験「ピラニア vs コリドラス」が行われた。ピラニアは鋭い歯をもつアマゾンの肉食魚、コリドラスはとぼけたような顔つきをした、体長3cmほどのナマズ目の魚だ。

 ピラニアはコリドラスを水槽の隅に追い詰めると、大きく口を開けて1回、2回、最終的には10回噛み付いた。しかし、コリドラスはなんでもない様子で、身をくねらせてゆっくりとその場を離れていった。少しムッとしているように見えたが、どこも傷ついてはいなかった。

「この魚は驚いたら素早く逃げますが、そんな反応さえ見せませんでした」と、米カリフォルニア州立大学フラトン校の生物学准教授であるミスティ・ぺイグ=トラン氏は、ほほ笑みながら説明する。「まるで『何をしているの? うっとうしいわね』と文句を言っているようでしょう?」

 コリドラスはなぜ、こんな目にあっても平気なのだろう? ぺイグ=トラン氏らが学術誌「アクタ・バイオマテリアリア(Acta Biomaterialia)」に2020年11月に発表した研究によると、その秘密は彼らがまとう鎧にあるという。コラーゲンとミネラルでできた特殊なウロコが、すぐれた防御力を発揮しているのだ。研究者たちは、このウロコを模倣して従来の素材よりも強くて軽い新素材を開発できれば、防弾服などに利用できるのではないかと期待している。

ピラニアの歯から生き延びる

 コリドラス・トリリネアトゥス(Corydoras trilineatus)は、英語で「アーマード・キャットフィッシュ(装甲ナマズ)」と呼ばれる、ナマズ目カリクティス科の魚である。南米のアマゾン川とその支流で、泥底の餌を探して暮らしている。

 コリドラスの体長は3〜5cm程度しかないため、オオカワウソやアマゾンカワイルカなどの大型の捕食者によって丸ごと食べられてしまうことはある。けれどもピラニア、特にコリドラスに興味を持つような小型のピラニアに対しては、硬いウロコが生き延びる助けになる。

 研究では、飼育下のピラニア(Pygocentrus nattereri)をコリドラスの水槽に入れた。今回の論文の著者で、現在は米チャップマン大学に所属するアンドリュー・ロウ氏は、コリドラスはやられてしまうだろうと予想していた。ピラニア愛好家が公開している動画では、コリドラスほどのサイズの魚(鎧はもたない)が餌として与えられ、ピラニアが腹を1回噛んだだけで内臓を引きずり出していたからだ。

 しかし、コリドラスは生き延びた。彼らの急所はエラの周りのウロコに覆われていない部分で、ここを狙って噛まれたらひとたまりもないのだが、胸びれと背中にある鋭いトゲを広げて、ピラニアの攻撃から身を守ることができる。

 ピラニアは通常、獲物の尾を攻撃するが、鎧に守られたコリドラスの尾を食いちぎるのは難しく、平均8回も噛みつかなければならなかった。腹部のウロコを突き破るにはさらに苦労していた。

次ページ:硬い層と柔らかい層が相乗効果

 計10匹のピラニアのうち3匹は最終的に攻撃をあきらめてしまったが、ほかの7匹は食事にありつくことができた。しかしそれは、ピラニアとコリドラスが同じ水槽の中に閉じ込められていて、ピラニアが好きなだけ再挑戦でき、コリドラスには逃げ場がまったくない条件下での話である。野生環境には濁った水や植物があり、賢い魚が隠れる場所はたくさんあるとロウ氏は言う。

「そういう環境なら、鎧が傷つく前にピラニアから逃げることができるでしょう」とペイグ=トラン氏は言う。内臓を傷つけずに逃れることができれば、「また別の日にピラニアと戦うまで生き延びることができます」

コリドラスのウロコをヒントに

 コリドラスのウロコは丸くない。細長いウロコが2列、体に沿って並んでいる。このウロコは「scute(稜鱗)」とも呼ばれ、非常に硬い。

 しかしロウ氏によると、コリドラスを有利にしているのは、鎧の柔らかい部分であるという。ウロコの1枚1枚は、2つの層からできている。1つはミネラルを含む硬い表面で、もう1つはコラーゲンからなる繊維層だ。

 硬い表面、特に、鏡や皿のような薄くて硬い表面はもろい傾向があり、衝撃によりひび割れたりする。硬いミネラル層が、ピラニアの歯が体に突き刺さるのを防いでいる一方で、その下の柔らかいコラーゲン層はピラニアの噛む力を吸収し、ウロコが割れるのを防いでいる。

 米カリフォルニア大学サンディエゴ校の材料工学者マーク・マイヤーズ氏は、ロウ氏が行った水槽対決の結果に興味をそそられたと言う。「鎧のような皮膚は自然界において何度も進化してきました」。それぞれの鎧は、各生態系において捕食者と被食者が繰り広げる「軍拡競争」に沿って登場しているという。マイヤーズ氏はまた、コリドラスのウロコの柔らかい部分の微細な構造をぜひとも調べてみたいと言う。

 コリドラスがフェザー級なら、アマゾンのヘビー級は、体重90kg、体長180cmにもなる世界最大級の淡水魚、ピラルクーだ。マイヤーズ氏のチームはこの魚を10年間も研究してきた。ピラルクーの鎧はコラーゲンを使っていて、圧力を分散させるために複雑に並べたシート状になっている。コリドラスのウロコのコラーゲンは、ピラルクーのコラーゲンと同じ構造を作っているのかもしれないし、まったく新しい構造を作っているのかもしれないと、マイヤーズ氏は言う。

 人間は何千年も前から魚のウロコがどのようなしくみで機能しているのか解明しようとしてきたし、甲冑のデザインにも利用してきた。ペイグ=トラン氏は、自然を模倣する試みの例として、中国の漢王朝や南ロシア草原を中心に活動したスキタイの複雑なウロコ状の胸当てを挙げる。

 今日の研究者たちは、コリドラスのような魚のウロコは、軽量で柔軟な防弾服を製作するためのヒントになると考えている。世界中の研究チームが、高分子やガラス、セラミックスなどを使って、魚のウロコを模倣した構造をもつ防弾服の試験を行っており、最近では英インペリアル・カレッジ・ロンドンのグループが、炭素繊維で補強した薄い高分子にウロコ状の構造を持たせることで、従来より46%も高い負荷に耐えられることを確認している。

 ペイグ=トラン氏は、「アマゾンの小さな戦車」のような魚が人間の発明家にヒントを与えたとしても意外ではないと言う。なにしろ彼らは何百万年も前から発明を続けてきたのだから。

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