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なぜ変異株にもコロナワクチンは効くのか、その根拠とは

  • 2021年1月23日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 新型コロナウイルス感染症の症例が報告されてから1年以上が経過した今、公衆衛生当局は新たな脅威に直面している。変異株だ。12月には英国で初めて「B.1.1.7(20I/501Y.V1)」が、同じく12月に南アフリカで「501Y.V2」が、そして1月13日にはブラジルで「P1」が確認された。

 これらの変異株の致死率が従来株よりも高い証拠はない。しかし、突然変異によってウイルスのスパイクたんぱく質(人間の細胞に取り付く部分であり、ワクチンの標的となる)が変化し、感染力が高くなっている可能性はある。

 米ジョンズ・ホプキンス大学によると、新型コロナによる死者は1月15日までに世界で200万人以上が確認されている。変異株をなおざりにすれば、感染がこれまで以上に急速に拡大し、死者がさらに増加するおそれがある。

 しかし、既存の新型コロナワクチンは免疫系に多面的に働きかけ、変異株のウイルスに対してもある程度の防御効果を発揮するとの証拠が、世界中でワクチンの接種が進むにつれて得られるようになってきた。

「変異株ではスパイクたんぱく質に変化がありますが、ワクチンの効果がなくなるほどではありません」。米食品医薬品局(FDA)のワクチンおよび関連バイオ製剤に関する諮問委員会で委員長代理を務めるアーノルド・モント氏は、1月11日に行われた米国医師会雑誌「JAMA」のインタビューでそう語った。「現在のワクチンが効くようですし、数週間後にはより明確にわかるでしょう」

 ウイルスの進化を遅らせ、変異させないためには、ウイルスの拡散を防ぐ行動を続けることが重要だと専門家たちは言う。つまり、マスクを着用し、手を洗い、ソーシャルディスタンスを保ち、そしてできるだけ早く予防接種を受けることだ。

「変異株を既存のワクチンでカバーできないという証拠は今のところありませんし、そもそも変異株の出現を阻止する方法は、ウイルスを封じ込めることに尽きます」と、米製薬大手ファイザー社のワクチン研究部門でウイルスワクチンの最高科学責任者(CSO)を務めるフィリップ・ドーミッツァー氏は述べる。「世界でウイルスが複製される回数が減れば減るほど、変異株の発生は少なくなります」

 もしワクチンに耐性をもつ変異株が出現した場合でも、現行のワクチンに調整を加えることで、どんな新しい変異にも対応できると氏は付け加える。

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多岐にわたるワクチンの標的

 私たちの体は、ワクチンや自然感染に反応して様々な抗体を生成する。新型コロナの場合、これらの抗体は、ウイルスのスパイクたんぱく質の複数の部分を標的としている。突然変異で変化しうる領域だけではないのだ。抗体のこうした多様性のおかげで、原理的には、ウイルスの変異によってワクチンが完全に無効にはなりにくい。

「抗体が結合する部位の一つを破壊する突然変異がある場合、その特定の抗体の結合活性は下がりますが、その場所に結合しない抗体が他にもたくさんあるわけです」と、米テキサス大学医学部ガルベストン校のウイルス・微生物学者ペイヨン・シー氏は語る。

 ドーミッツァー氏によれば、ワクチンは抗体だけでなくT細胞も活性化させる。T細胞とは、新型コロナウイルスに対する体の初期の反応で重要な役割を果たす免疫細胞だ。ワクチンの臨床試験(治験)のデータからは、大量の抗体が作られる前にT細胞が体を防御し始める可能性が示唆されている。

 例えば、ファイザーの治験の最終段階である第3相試験では、2回投与したうちの1回目の10〜14日後にはワクチンの効果が現れ始めた。しかし、初期の第1相試験では、その時点では必ずしも血中抗体のレベルが高くはない患者が多かった。

「このウイルスから身を守るにはごく少量の抗体しか必要ないのか、あるいは抗体ではない別の何かが効いているのかのどちらかです」と、T細胞の役割に言及しながらドーミッツァー氏は語る。

 新型コロナウイルスに対する複雑な免疫反応を踏まえると、ワクチンの誘導によって生成された抗体が現在または将来の変異株にうまく結合しない場合でも、やはり防御効果はある可能性があると氏は述べる。

 こうした部分的な防御効果は、季節性インフルエンザのワクチンですでに観察されていると、米ワシントン大学の免疫学者ヘレン・チュー氏は指摘する。「ワクチンのウイルス株と完全には一致しない株に感染したとしても、ある程度は防御されます。そして、有効率が95%もある現行の(新型コロナ)ワクチンは、50〜60%であるインフルエンザワクチンよりも圧倒的に優れています」

 呼吸器ウイルスに対する免疫反応を研究しているチュー氏は、新型コロナ感染症を初めの頃から注視してきた。2020年2月には、米国で最初に確認された感染者の採血に関わった。氏は変異株の出現に驚いてはおらず、現行のワクチンの広範な効果への信頼も揺らいでいない。

「私はワクチンを打ちましたし、一緒に仕事をしている科学者や医師も基本的には全員打つはずです」と氏は語る。「私だったら、新しい変異株が出現しているという理由で躊躇したりはしません」

変異を監視すべき

 研究者たちは何カ月もの間、新型コロナウイルスの変異株のスクリーニング検査を行い、どの変異が最もウイルスの感染力や免疫系を回避する能力を高めるのかを明らかにしようとしてきた。

 現在は、新たに出現した3つの主要な変異株に焦点を当てて研究が進められている。それぞれの株には独自の変異があるが、3つの変異株すべてに見られる変異があり、これらがウイルスの拡散を助けていることが示唆される。

 その一つである「N501Y」という変異は、新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質にある、ヒトの細胞のACE2受容体と結合する部位のアミノ酸を変化させる。これまでの研究でも、N501YによってACE2受容体にウイルスがより効果的に結合できるようになり、ヒトやヒト以外の動物に対する感染力が高まる可能性が示されている。2020年9月25日付けで学術誌「サイエンス」に発表された研究では、この変異によって、実験用マウスで新型コロナウイルスの感染力が高まることが明らかになった。

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 しかし、この変異だけでは、ウイルスが現行のワクチンへの耐性をもつには至らないようだ。シー氏の研究室ではドーミッツァー氏を含むファイザーの研究者と共同で、N501Y変異の有無だけが違う2種類の新型コロナウイルスを遺伝子技術を用いて作成した。そして、ファイザーと独ビオンテックが共同開発したワクチンの治験参加者20人の抗体が、それら2種類のウイルスにどのように反応したかを調べたところ、抗体は、変異のないウイルスと同様にN501Y変異ウイルスにもしっかりと結合した。

「ワクチンの効果が等しかったことが示され、非常に満足しています」とシー氏は述べる。この予備的な結果は1月7日付けで査読前の論文を公開するサーバー「bioRxiv」に発表された。

 とはいえシー氏は、この研究には大きな限界があることを認めている。それは、各変異株がもつ変異は一つだけではないという点だ。例えば、B.1.1.7変異株にはスパイクたんぱく質に影響を与える8つの変異がある。今後2〜3週間の間に異なる変異の組み合わせでスクリーニング検査を行い、ファイザー・ビオンテック製ワクチンをさらにテストする予定だとシー氏は言う。

 501Y.V2変異株には、やはりスパイクたんぱく質の受容体結合部位に影響する「E484K」という別の変異がある。1月4日付けで「bioRxiv」に公開された米フレッド・ハッチンソンがん研究センターの研究では、抗体がウイルスのスパイクたんぱく質とどの程度結合するかに、この変異が多大な影響を与えることがわかった。

 E484Kおよび類似の変異を持つ実験室モデルウイルスに対し、新型コロナから回復した患者の抗体を用いてスクリーニング検査を行ったところ、一部の患者の抗体は変異ウイルスとの結合力が著しく低かった。ただし、現在認可されているワクチンは強力な免疫応答を生み出すものであり、E484K変異をもつ変異株にワクチンが全く効かないという証拠は今のところないという点は重要だ。

 この論文の最終著者であるジェシー・ブルーム氏は、ツイッターへの一連の投稿の中で、ウイルスに対する防御効果(中和力)が減ることとゼロになることは全く違うと強調している。

「E484Kや他の突然変異を心配すべきでしょうか? もちろん! だからこそ、多くの人が研究に励んでいるのです。しかし、私たちは視野を広く保つ必要があります」と氏は書いている。「中和力が低下することは、免疫がないこととは違います。ヒトにおけるワクチンの効果への影響については、慎重に研究する必要があります」

もしもワクチンの改良が必要になったなら

 ワクチン開発企業は、既存のワクチンに反応しない新型コロナ変異株が出現した場合に備えて、迅速に対応するための準備を進めている。ファイザーのドーミッツァー氏は、ワクチンに変更が加えられるのは、新型コロナに対する免疫をすでに獲得している人々の間で新しい変異株が広がっているという確かな臨床データが得られた後でなければならないだろうと述べる。

 ファイザー・ビオンテック製および米バイオ製薬モデルナ製のワクチンがもつ利点の一つは、迅速な更新が可能だということだ。しかし、変更されたワクチンが接種されるまでには長い道のりがあるとドーミッツァー氏は注意を促す。ワクチンが変更された場合、政府の規制当局は改めてワクチンの安全性や効果を確認する必要があるからだ。研究者たちは、季節性インフルエンザワクチンの変更を管理する仕組みが参考になるだろうと指摘する。

「誰もがインフルエンザをモデルにしようと考えていますし、私も同感です」とドーミッツァー氏は言う。しかし、「インフルエンザでの規制のやり方を新型コロナでどのように適用すべきか、考えなければなりません」

 また、新しい変異株が出現した際には、研究者が即座に気付けることが重要だ。ナショナル ジオグラフィックがインタビューした3人の専門家は全員、世界中の政府に対して、新型コロナウイルスのゲノム配列決定とデータの共有にもっと力を入れるよう求めている。

「患者が感染しているウイルスの遺伝子配列を注意深く監視する必要があります」とシー氏は言う。「それが私たちの公衆衛生における目となり、耳となります」

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