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儀式の起源は感染症などの危険回避か、由来抜け落ち伝統に、研究

  • 2021年1月19日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 新年のお祝いは、人類最大級の儀式だ。今月の初め、世界中の人々が花火を上げ、キスをし、1年の抱負を立てた。祝い方には、それぞれの文化に特有のものもある。米国南東部ではササゲ(黒目豆)とコラードグリーン(キャベツやケールの仲間の野菜)を調理し、スペインでは新年を迎えた瞬間にブドウを食べ、中南米では前年を象徴する像が燃やされた。

 人類のどの文化にも固有の儀式がある。儀式とは一般的に、何らかの目的のために繰り返し行われる象徴的な行動のことだ。ただし、その行動がどう機能するのかは説明できないことが多い。

 儀式は共同体の意識や共通の信念を強化する一方で、人々を疎外したり分断したりすることもある。ある文化で大切にされる儀式が、別の文化にとっては奇妙に映る場合は特にそうだ。

 儀式を研究する科学者の大半は、起源がはっきりしないことが儀式の典型的な特徴の1つだと考えている。だが最近は、儀式の多くは災害を回避しようとして始まり、やがて純粋に社会的かつ非常に特異なものになったのではないかと考える研究者が増えてきた。

 人々が身の安全のために始めた行動は、儀式化されることによって、本来の理由が忘れ去られた後も文化の中に維持されているのではないか。英国王立協会の学術誌「Philosophical Transactions of the Royal Society B」の2020年8月17日号(オンライン版は同年6月29日に公開)では、儀式の起源をそのようにとらえる論文が特集されている。

 例えば、儀式的な調理法や体の清め方は、病気の予防手段として始まったのかもしれない。また、多くの儀式は苦難のときに心に慰めを与え、それが一般的な風習になった後は、共同体の感覚を強めることで人々を結びつけるのに役立っている。

次ページ:「窮屈」な社会とルーティーンの安心感

 コロナ禍の今、人々は脅威に対応するため、再び新しい行動を取り入れ始めているが、こうした行動が儀式と呼べるものになるかどうかはまだわからない。儀式は定義上、病気や災害を回避する実践的な方法としてよりも、社会的な意義のほうが重視される行動にしか当てはまらないとオーストラリア、クイーンズランド大学の心理学者マーク・ニールセン氏は言う。これこそが、儀式を(料理などの)その他の文化的行為と区別する特徴だ。

「特定の料理の作り方を学ぶとき、最初は大抵レシピ通りに作りますが、何度か作っているうちに一人一人違った作り方をするようになります」。だが儀式化された慣習では通常、このような個別化は起こらないとニールセン氏は説明する。注意深く繰り返されるうちに、そうした行動は「機能的な価値を失い、もっぱら社会的な価値のために行われるようになるのです」

「窮屈」な社会とルーティーンの安心感

 自然災害や病気が多く、暴力や病気のリスクが高い地域では、社会規範が強く、規範から逸脱した行動に対する寛容さが低い「窮屈」な社会になる傾向があると、米メリーランド大学の心理学者ミシェル・ガルファンド氏は説明する。そうした社会に暮らす人々は、より宗教的で、儀式化された行動に高い優先順位を置く傾向があるという。

 人々が脅威にさらされたり危険を感じたりすると、社会への同調性が変化することが、ガルファンド氏の研究からわかっている。全世界を巻き込むパンデミックを描いた映画『コンテイジョン』が公開された2011年、氏らはアンケート調査を実施したところ、映画を見終わった観客が、社会的に逸脱した人々に対してより強い敵意を感じていたことを明らかにした。

 儀式ではしばしば、全員が一斉に同じ動きをしたり、決まりきった予測可能な方法で同じ動作をしたりする。このような行動をすると、人々の間に一体感が生まれて心強く感じる。危険に直面したときには、集団が協力できるかどうかは生死に関わる問題になるかもしれない。

「その好例が軍隊の文化です」とガルファンド氏は言う。世界中の軍隊で訓練されているシンクロした集団行動は、危険な状況下で一丸となって行動するための準備なのだ。

 儀式は、他の種類の恐怖や不安を克服するのにも役立つ。チェコ、マサリク大学のマルティン・ラング氏は、儀式の予測可能性は本質的に安心感を与えると考えている。氏のチームの研究では、ヒンドゥー教の寺院で祈りの儀式を繰り返したモーリシャスの女性が、人前でスピーチをすることへの不安が小さくなったことなどが明らかになった。

儀式の人間らしさ

 オランウータンの文化の進化を研究してきたスイス、チューリッヒ大学の霊長類学者カレル・ファン・シャイク氏によると、他の霊長類でも表面的には儀式によく似た行動が観察されているという。あらゆる動物と同様、霊長類も生まれつき危険や病気の回避に役立つ本能をもっているうえ、嫌な経験をしたり集団内の他の個体を観察したりすることで、リスク回避を学習することもできる。

 しかし、ヒト以外の霊長類が本当に儀式を行っていることを裏づける証拠はまだ見つかっていないとファン・シャイク氏は言う。「儀式は、私たち人間がみずから作り上げた独特の環境の中で進化してきたものであり、私たちの文化的な心が生み出したものなのです」

次ページ:大集団で生活するようになってから発生

 氏の考えでは、多くの社会的儀式は、人間がより大きな集団で生活するようになってから生まれた。大きなきっかけは、農業によって、多人数が同じ場所で暮らすことが可能になったことだという。「人間は、大きな集団で生活するという決断によって、集団内の対立から、別の集団との戦争、急速に広がる感染症まで、あらゆる種類の暴力、災害、病気に直面することを運命づけられました」

 このような破局を回避しようと、人々は精一杯知恵を絞った。「社会的志向が強い人間は、厄災が起こると、霊や悪魔や神などの何者かのせいだと解釈する傾向があったのだと思います。だから人間は、そのような厄災が二度と起こらないようにする方法を見つけようとしたのです」

 例えば宗教儀式には、病気の原因になりやすい衛生、性、食品の取り扱いに関わるものや、争いの原因になりやすい財産や家族の問題に関連したものが多い。私たちは自分がコントロールしようとしているリスクの原因を常に理解しているわけではないので、すべての儀式が効果的だとは限らない。「しかし、効果があったものもあります」とファン・シャイク氏は言う。

 生じるリスクへの対処に加えて、リスクの回避に関連して存続している儀式もある。米テキサス大学オースティン校の認知科学者クリスティン・レガーレ氏によると、出産時の母子死亡率が依然として高いインド農村部のビハール州には、妊娠と出産に関連する儀式が269もあるという。「そのほとんどが、好ましくない結果を回避しようとするものです」

 こうした周産期の儀式の多くが、現代医学のアドバイスと完全に一致しているとレガーレ氏は言う。例えば産後6日目に行われるヒンドゥー教の儀式「チャッティ」で母親が栄養価の高い食品を食べることもその一つだ。

「その他の儀式の大半はおそらく当たり障りのないものですが、危険なものもあります。例えば、生まれた直後の乳児を入浴させたり、司祭や導師から母乳育児を始める祝福を受けるまでは粉ミルクを与えたりするのは、清潔な水が手に入らない地域では危険です」

 このことは、儀式が一度社会的に重要な意味をもつと、たとえ逆効果であっても、やめさせるのは困難であることを示している。こうした習慣の研究を通じて、文化に配慮しつつ健康的な行動を促す方法を見つけようとしているレガーレ氏は、「ほとんどの人にとって、現代医学のメカニズムは儀式と同じくらい不透明です。それに留意することが大切です」と話す。

 伝統的な儀式は何世代にもわたって受け継がれてきた一方で、現代医学の実践は比較的新しい。「医師から『残念ですが、あなたのためにできることは何もありません』と言われたら、それは事実かもしれませんが、非常に落胆させられるでしょう」とレガーレ氏は言う。「だから世界中の多くの人々が、現代医学以外の選択肢を求めるのです」

コロナ禍の新習慣はやがて「儀式」化する?

 このパンデミックの時代には、手洗いなどの実用的な医学的助言も、ある種の儀式めいたものになっている。手洗いの方法やかけるべき時間を専門家が事細かにアドバイスしてくれるので、それに従えば、自分はしっかり手を洗うことができたという安心感が得られる。

 手洗い以外にも、肘タッチやエアハグなどの習慣も浸透し始めている。また、マスクの着用は、感染リスクを減らす科学的に有効な方法であるだけでなく、着用すること(または、あえてしないこと)が、特定の社会集団への忠誠心を示す方法にもなっている。

 これらの習慣が繰り返されるうちに、やがて由来が忘れ去られ、真の儀式となることはあるのだろうか? 現時点ではわからない。今回のパンデミックの原因については多くの言説が飛び交っているが、宗教的に説明しようとする人や、人為的な環境破壊の影響を強調する人もいる。その様子は、厄災に遭った私たちの祖先が、自分たちは報いを受けるようなことをしたのだろうかと自問自答したのとよく似ている。

 幸い、人間がもつ生来の探求心は科学研究にもつながっていて、将来の厄災を防ぐ上で私たちはかつてないほど有利な立場にあるとガルファンド氏は言う。「世界中の人々がこのことを心に留めるようになれば、実際に何かを学ぶことができるかもしれません」

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