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クランベリー農家らに危機感、忍び寄る温暖化の足音

  • 2020年12月1日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 エルドリッジ一家が5年前に米マサチューセッツ州ケープコッドの小さな町にあるクランベリー畑を購入したとき、手入れが簡単ではないことはわかっていた。だが、覚悟はできていた。

 彼らはクランベリーに絡みつく毒性の強いツタウルシを抜き、水をはった畑ではクランベリーを集める熊手を這い上がってくる蜘蛛を追い払った。寒い夜には、果実を凍らせないためのスプリンクラーをいつでも操作できるよう、畑の横にとめたトラックの中で寝た。

 それでも毎年秋の収穫の喜びを思えば、苦労する価値は十分ある、とオーナーの妻のタバサ・エルドリッジさんは言う。水面に浮く赤褐色の葉、タンニンを含む冷たい水、彼女の夫と息子が水面をかき分け、ぷかぷかと浮かぶ果実を優しく集めていく。クランベリー農家の醍醐味だ。

 しかし、クランベリーの将来は不確かだ。米国北東部のニューイングランド地方では、ほかの地域と同様に、気候変動の影響でクランベリーの生育条件の多くが昔とは変わってきている。こうした変化はクランベリーの成長を困難にし、その将来に疑問符をつけている。

 クランベリーを愛する農家と彼らを支援する科学者は、解決策を見つけようと努力しているし、状況はまだそれほど深刻ではない。しかし、実践的な解決策はまだ見つかっていない。

厳しい気候に適応した果実

 北米原産のクランベリー(オオミノツルコケモモ)は高さ10〜20センチほどのつる性の常緑樹で、東海岸の各地で古くから先住民により食料をはじめ、染料や薬としても用いられてきた。その後、ヨーロッパ人が北米に進出すると、クランベリーを日常的に食べることが、ビタミンC 不足で起こる船乗りの壊血病の予防になることに気づいた。

 今日では、マサチューセッツ州はウィスコンシン州に次いで全米第2位のクランベリー生産地となっており、生産量は年間10万トン以上にのぼる。

 両州におけるクランベリーの主な生産地は、氷河が硬い岩盤を削ってできたくぼみだ。氷河が後退すると、このくぼみは湿気が多く、植物が豊かで、砂質で、酸性の湿地帯となった。湿地の端にはクランベリーが繁茂し、豊富な水と、厳しい冬と、穏やかな夏に適応していった。

 クランベリーの種子を運ぶのは風や野生動物ではない。水だ。果実が熟してつるから水中に落ちると、浮いた実は湿地の縁まで漂っていき、そこに定着する。

次ページ:「異常気象はもはや異常ではない」

 寒い冬の間、クランベリーは休眠状態になる。クランベリーは寒さを経験した日数を記憶していると考えられているが、そのしくみはまだわかっていない。クランベリーが正しく発芽するためには、0℃から7℃の低温の日が少なくとも70日必要だ。

「寒冷な気候に適応したクランベリーには、寒い冬と休眠のサイクルが必要です」と気候変動が植物に及ぼす影響を研究している生物学者のリビー・エルウッド氏は言う。「彼らはそうすることで春を知るのです」

 クランベリーは暑さにも弱い。夏が暑すぎると葉や果実が焼けてしまう。また、その年の果実が熟しつつある真夏に、翌年の果実になる小さな芽が出てくるため、1度の猛暑がその後数年にわたって大惨事をもたらす可能性がある。

「異常気象はもはや異常ではない」

「近年は毎年のように記録的な出来事が起こります。異常気象はもはや異常ではなく平常になっています」と言うのは、ケープコッド・クランベリー生産者協会の専務理事であるブライアン・ウィック氏だ。

 マサチューセッツ州全体のクランベリー畑が、四季を問わず、気候変動の影響を感じはじめている。

 夏の変化は明らかだ。同州の夏は今年、観測史上最も暑かった。気温が32℃以上になると、生産者はしばしばクランベリーに水をかけて冷やす必要が出てくるが、それには費用も手間もかかる。今年の夏の暑さと深刻な干ばつは生産者たちをひどく悩ませた。

 収穫の時期も変わった。夏の終わりから秋にかけての涼しい時期がなくなったことでクランベリーの成熟プロセスが混乱し、果実が赤く色付く時期が遅くなってしまったのだ。「昔は9月の半ばには収穫が始まっていましたが、今は10月に入ってからです」とウィック氏は言う。

 クランベリーが必要とする冬の寒さも変化している。昔は毎年冬になればしっかりと冷え込んだが、近年は冷え込みが弱く、将来的には必要な寒さの条件を満たすのが難しくなるかもしれないと懸念されている。

 さらに、冬の氷が少ないと、クランベリー栽培にとって重要な作業がしにくくなる。生産者は木の周りの温度を一定に保つために、冬の間はクランベリー畑に水をはっている。そして数年に一度、この水の表面が凍った氷の上に車を走らせて砂を撒く。春になって氷が解けると、砂は水底のクランベリーの上に静かに落ちていく。こうして砂をかけることで、新しい根の成長を促し、一方で有害な昆虫の卵や菌類の胞子を埋めて、害虫の発生を防ぐのだ。

 しかし今では、車で上を走れるような厚い氷がはることはめったにないため、生産者は畑に水をはって借りた船から砂を撒いたり、畑の中を歩いて砂を撒いたりしなければならない。しかし、船のレンタル料は高額だし、畑の中を歩けば植物が傷つく。

次ページ:気候変動がもたらす影響

栽培期間の長期化で霜のリスクが増加

 5月の平均気温が1度上昇すると、クランベリーは約2日早く花を咲かせる。非常に暖かい春だった2010年には、開花時期が例年より2週間以上早くなった。将来的にはこのような春が多くなる可能性が高い、とエルウッド氏は言う。

 生産者にとって、クランベリーの開花時期の早まりは脅威だ。ニューイングランド地方の春先に霜が降りるのはよくあることだが、ほんの少し霜が降りただけで花はだめになり、その年は果実を収穫できなくなってしまう。

 そこでクランベリーを守るため生産者の多くは、霜の季節は24時間体制で畑の温度を監視し、畑の横のトラックやトレーラーで寝泊まりしながら、数分ごとに状況を確認する。気温が氷点下に近づくと、すぐにスプリンクラーを作動させ、植物に軽く水をかける。水が凍るときに放出されるわずかな熱が芽や葉を温める上、繊細な氷の膜で植物を保護してくれるからだ。

 クランベリーの開花が早まって収穫が遅くなれば、その分、霜のリスクは高くなる。1日でも霜が降りれば、作物はダメージを受ける可能性があるため、マサチューセッツ大学農業食料環境センターのクランベリー・ステーションには、気温や露点などの情報により、栽培者が霜の危険性を予測するのを助けるシステムがある。植物生理学者のピーター・ジェランヤマ氏によると、当初、このシステムは毎年4月15日から10月末まで運用する予定だったが、生産者の要望に応えて、期間を前後2週間ずつ追加したという。

気候変動がもたらす影響、気温以外にも

 気温以外にも、気候変動がもたらす変化は複雑で、影響力は同じくらい強い。例えば、北東部では降水量が急速に変化している。気温が1℃上昇するごとに、大気の水分保持量は7パーセント増加する。つまり、それだけ降水量が増えるということだ。

 例えば今年、この地域は記録的な干ばつに見舞われた。しかし、数回だけ訪れた嵐がそれぞれ一度に数百ミリもの雨を降らせたため、全体の降雨量を見ると平年をわずかに下回っているだけだ。しかしエルドリッジさんは、「5時間で100ミリも降るような雨を、植物は利用することはできません」と言う。こうした雨は土壌に吸収されないからだ。

 現在のクランベリーの代わりに、気候変動に強い新しい品種が開発されるかもしれない。しかし、クランベリーは多年草であり、生産者には頻繁に植え替えを行う余裕はない。ケープコッドのクランベリーの中には百年物の木もあるほどだ。

 多くの生産者にとって、気候変動はまだ最重要課題ではない。しかし、エルドリッジさんのように気候変動の影響を受けはじめている生産者もおり、彼らはジェランヤマ氏のような科学者が、気候変動に適応する方法を教えてくれることを期待している。

 植物はこれまでの進化の過程でも天候に関連したストレスにさらされてきたので、それなりの適応能力を持っている。また栽培者の側でも、適切なタイミングで水を散布するなどの方法で、畑の温度をコントロールすることができる。しかし、そのための手間と費用の問題はある。

 生産者と研究者は、将来のことを考えはじめる時期に来ているとウィック氏は言う。「今世紀中に、マサチューセッツ州の気候は、現在のクランベリー栽培の南限であるニュージャージー州か、もっと南の地方のような気候になっているでしょう。そのとき、私たちはどうするのでしょう?」

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