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目の錯覚でプロポーズ、動物たちにも錯視、ハエでも発見

  • 2020年11月27日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 目の錯覚が起きるのは、私たちが現実をそのまま受け止めるのではなく、積極的に解釈しているからだ。目が光を正確にとらえていても、時に脳が誤ってしまうこともある。知覚は必ずしも現実と一致しているとは限らない。

 科学者は何十年もの間、錯覚を利用して人間の視覚の根底にある認知や心理の過程を探ってきた。そして最近では、人間以外の動物も、様々な種類の錯視(視覚における錯覚)を体験したり作ったりできるという証拠が得られている。

 人間や動物の脳のどの部分で錯視が起きるのかを理解すれば、人間だけでなく、動物たちが世界をどう知覚しているのかを理解する助けになるだろう。

 2020年8月24日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された論文で、米エール大学の研究者は、ショウジョウバエも人間と同じように、静止している絵を見て動いていると錯覚してしまうことを示した。

 例えば、神経科学者や心理学者の間ではよく知られている「蛇の回転」という静止画がある。視線を動かすと、止まっているはずの蛇が動いているように見える絵だ。この論文の研究者は、絵を見ているショウジョウバエの脳で視覚を処理するニューロンを追跡し、操作した。すると、運きを検出する細胞にはいくつかのタイプがあって、それぞれの働きのわずかな不均衡が錯視を起こしていることも示された。

 エール大学の分子細胞発生生物学教授で論文の最終著者であるデイモン・クラーク氏によると、人間や他の動物に錯視が起きる時、同じ神経メカニズムが働いている可能性があるという。

「ハエと人間は、5億年前に生きていた共通の祖先を最後に別々の道を歩み始めましたが、動きを知覚するために同様の戦略を進化させました。その戦略を理解すれば、人間の視覚系についての理解も深まるでしょう」

飼育動物の行動を改善

 人間と同じように錯視を体験する動物の例は数多く存在する。なかには錯視を作り出し、相手をだます能力を持つ動物もいる。

 ショウジョウバエや人間だけではなく、サルやネコ、魚も、動いていないものを動いていると錯覚してしまうことが研究で示されている。

 ある研究者は、動物園にいる動物たちの生活の質を向上させるために錯視を利用する研究を行っている。2019年、イタリアで飼育されているライオンのメスに「蛇の回転」の絵を見せたところ、3頭のうち2頭が反応し、それがまるで動く獲物であるかのように、かみついたり、引きずり回したりした。また、積極的で社会的な行動が増え、型にはまった行動が減ったという。

 研究者らは、他の飼育動物でもこれを試し、ストレスの軽減や行動の改善につながるかどうか確かめたいとしている。

次ページ:視覚トリックでメスにアピール、図解も

視覚トリックでメスにアピール

 オーストラリアに生息するオオニワシドリ(大庭師鳥)は、毎年春になると、メスの気を引くために「あずまや」付きの庭園を造り、管理する。小枝を組んでトンネルの形をしたあずまやの一方には、骨や貝殻、小石を並べて作られた見事な庭園が広がっている。

 あずまやを訪れたメスは庭のないほうから中に入り、庭の側に立ったオスは、飾り物を一つひとつメスに披露する。メスは、いくつかのあずまやを訪れ、一番気に入った庭の主を交尾相手に選ぶ。

 このとき、ニワシドリのオスはあずまやに近いところには小さなものを置き、あずまやから離れれば離れるほど大きなものを置く。「あずまやの中の決められたメスの位置から見て初めて、その意味が理解できます」と、英エクセター大学の生物学者ローラ・ケリー氏は解説する。手前のものから遠くにあるものまで、すべての飾り物が同じ大きさに見えるのだ。その結果、庭は実際より小さく見えて、オスの体がより大きく見えているのかもしれない。これは「強化遠近法」と呼ばれる視覚効果だ。

 人間も、昔から芸術や建築の分野において、強化遠近法を取り入れてきた。世界各地のディズニーテーマパークにあるシンデレラ城や眠れる森の美女の城にも、この技法が使われている(※)。

「城の上へ行けば行くほど、レンガや窓が小さく作られています。城の一番下に立って見上げると、城は実際よりもはるかに高いと、脳が思い込んでしまうんです」と、ケリー氏は話す。

 このトリックは、ニワシドリのメスにも効くようだ。質の高い錯視を作り出したオスほど、求愛に成功する率は高い。

トカゲを騙す

 より多くの動物が、人間と同じように錯視を体験することがわかってきたが、問題は、その動物たちがどのように物を見ているのかをどうやって知るかだ。

 イタリアのパドバ大学の心理学者であるクリスチャン・アグリロ氏は、この分野ではあまり研究対象とされていない爬虫類の錯視について調べることにした。まず最初に、フトアゴヒゲトカゲでデルブーフ錯視が起きているかどうかを実験した。

 デルブーフ錯視とは、色付きの円がもう一つの円によって囲まれている二重の円が複数あるとき、色付きの円の大きさがすべて同じでも、外側の円の大きさが異なると、色付きの円が大きく見えたり小さく見えたりするという錯視だ。実生活で例を挙げるなら、同じ大きさの食べ物が異なる大きさの皿に載せられていると、小さな皿に載せられた食べ物は、実際よりも大きく見える。

 トカゲで実験を行う際にも、アグリロ氏は食べ物を使った。

「トカゲを訓練する必要はありません。ただ、大きく見える方のエサを選択するかどうかを観察すればいいだけです。同じ大きさのエサを、小さな皿と大きな皿に載せて与えます。錯視に騙されれば、小さな皿の方を選ぶはずです」

次ページ:カムフラージュの達人

 実験の結果、予想通りフトアゴヒゲトカゲは小さな皿の方を選んだ。

 その後、ミュラー・リヤー錯視や垂直水平錯視など、似たような錯視でも実験を行った。ミュラー・リヤー錯視は、同じ長さの2本の線が、両端につけられた矢羽の向きによって長さが異なるように見えるもので、垂直水平錯視は、垂直の線の方が、それと交わる水平の線よりも長く見えるという錯視だ。これまでのところ、どの実験でもトカゲは人間と同じように錯視を体験しているようだという結果が出ている。

 フトアゴヒゲトカゲと人間という2つの大きく異なる種で同じように錯視が起きているとしたら、両者ともに同じ知覚メカニズムを有している可能性が高いと、アグリロ氏は論じる。それは共通の祖先から受け継がれたものなのか、それとも環境のなかで似たような問題を解決するために、それぞれが独自に進化させたものなのかは、まだはっきりしない。

カムフラージュの達人

 自分の体で錯視を作り出す動物もいる。カムフラージュを思い起こしてもらえればいい。カムフラージュには2つのタイプがある。1つは、雪のなかのホッキョクギツネのように、周囲の環境に体の色を合わせるタイプ。もう1つは、「分断色」と呼ばれるもので、これは模様によって体の形や輪郭そのものを視覚的に混乱させる効果を持つ。

 エクセター大学の生態学者マーティン・スティーブンス氏は、「分断色は、その動物の翼や手足など体の輪郭を崩して、見えにくくさせてしまいます」と解説する。その良い例が、シマウマの縞模様やヒョウの斑点だ。濃淡の区別がはっきりした模様が、複雑な色をした背景との境目をあいまいにしてしまう。

 スティーブンス氏は過去に、ワタリガニの仲間であるヨーロッパミドリガニの分断色について調べたことがある。ヨーロッパミドリガニは様々な色をしていて、様々な環境に生息している。視覚的に複雑な環境の潮だまりにすむカニは、背景の色が均質な干潟にすむカニよりも模様の濃淡がはっきりとしていた。複雑な色が混在する環境では、カニは体の輪郭を崩すために、より極端な分断色が必要だということだ。

 また、自分の皮膚の色や模様を自在に変えられるコウイカなどは、分断色の達人と言えるだろう。彼らにとっては、コントラストがはっきりした分断模様もお手のものだ。ある研究室の実験で、市松模様のボードの上に置かれたコウイカが、数秒のうちに自分の体も白黒に変化させた例がある。

 コウイカがどんな時に体の模様を変化させるかを調べた研究により、それが置かれた場所やコントラスト、輪郭といった視覚情報の重要性も示されている。

 このように、実験室でも自然のなかでも、人間と動物が世界を同じように認識しているということが次第に明らかになりつつある。たとえホモ・サピエンスとショウジョウバエという大きくかけ離れた種であっても、お互いが見ている世界は、思ったより似ているのかもしれない。

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