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中国の探査機「嫦娥5号」が月へ、野心的なサンプルリターン計画

  • 2020年11月25日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 11月24日、中国の月探査機「嫦娥(じょうが)5号」が、海南島の文昌宇宙発射場から「長征5号」ロケットによって打ち上げられた。目指すのは、月の土壌や岩石を採取して地球に持ち帰るという、中国史上もっとも複雑で野心的なミッションだ。成功すれば、米ソが盛んに月を目指した1970年代以来の快挙となる。

 嫦娥5号は4日間かけて月の軌道へ到達すると、月着陸機を放出し、月の表側の北西部、リュムケル山の近くに着陸させる。着陸機はそこで地表に穴を開け、土壌サンプルを収集し、保護カプセルに格納する。

 重さ2キログラムほどのサンプルを格納したカプセルは、着陸機から月周回軌道へ打ち上げられる。最後に、月を周回している探査機がこれを回収し、地球に持ち帰る。約23日間のミッションが終わるとき、カプセルは高速で大気圏に再突入し、モンゴルに到着することになっている。

 中国地質大学の惑星科学者である肖龍(シャオ・ロン)氏は、「このサンプルは、間違いなく、月の歴史について新しい知識をもたらしてくれるでしょう」と話す。中でも興味深いのが、月の火山活動だ。

 月で火山活動があった期間はこれまで、45億年前に月が形成されてからおよそ10億年ほどと考えられてきた。しかし今では、場所によってはかなり最近までマグマが流れ続けていたらしいことがわかっている。こうした活動により、古いクレーターの跡が消えて若い火山岩が残される。

「嫦娥5号が持ち帰る岩石から、月の火山活動がここまで長く続いた理由とその経緯を再考できるはずです」とロン氏は言う。

 2004年に承認された嫦娥5号の計画は、中国にとって念願のミッションと言える。長征5号ロケットはこの計画を念頭において設計され、さまざまな革新的ロケット技術が盛り込まれた。2017年7月に行われたこのロケットの2回目の打ち上げは、エンジンのタービン排気装置の一つで発生した問題が原因で失敗。これによって嫦娥5号の計画は3年遅延した。

 今回のミッションを足掛かりに、中国は月開発の大きな一歩を踏み出すことになる。

「世界の宇宙開発国は、月を長期探査や資源開発、そして移住の対象と考えているようです」と、宇宙開発の歴史に詳しい米ジョージ・ワシントン大学宇宙政策研究所のジョン・ログスドン名誉教授は話す。

「若い」土壌を回収できるか

 現在地球にある月のサンプルのうち、もっとも新しいものは、1976年に旧ソ連のルナ24号が持ち帰ったものだ。このミッションでは、月の地表の物質170グラムを直接地球に持ち帰った。

 嫦娥5号がやろうとしていることは、それよりも複雑だ。どちらかと言えば、合計382キロの物質を持ち帰った米国のアポロ計画に近く、月周回軌道でのランデブー飛行やドッキングが必要になる。

 しかし、アポロが持ち帰ったサンプルはすべて30億年以上前のものだった。ロン氏によると、嫦娥5号が集めようとしているのは、20億年以内のサンプルだ。これにより、現在私たちの目に見える部分、すなわち月の表面の若い部分を形成した後期火山活動について研究できるようになる。

 嫦娥5号の着陸地点に近いリュムケル山は、月の「嵐の大洋」にある標高1100メートルほどの山だ。嵐の大洋は、月面に肉眼で黒く見える「海」の中でもっとも大きく、過去のマグマ活動によって形成された玄武岩で覆われている。また、この付近の岩石は、他のサンプルよりもかなり新しいと考えられている。

次ページ:解明されるかもしれない様々な仮説

 嫦娥5号が解明しようとしているのは、月の火山活動だけではない。米ブラウン大学の惑星科学者であるジェームズ・ヘッド氏は、「この場所を調べることで、あらゆる種類の基本的仮説を検証できるでしょう」と話す。

 リュムケル山付近の岩石や土壌を鉱物学的に分析すれば、この一帯が独特な地質になっている理由が明らかになるかもしれない。この付近には、カリウムやレアアース、リンといった元素がかなり集中しているが、その理由はわかっていない。「回答を出すべき重要な疑問があるのです。それ次第では、月に対する考え方が大きく変わるかもしれません」と、ヘッド氏は話す。

 また、このミッションによって、太陽系の星々の年代についても精度が高まる可能性がある。衝突でできたクレーターは一定のペースで増えると想定すると、クレーターのサイズや数を調べれば、その場所が形成された年代を推定できる。月のサンプルの年代を特定できれば、月の表面だけでなく、太陽系内のクレーターがある天体の年代を厳密に特定できる。こうした天体の年代は通常、月の表面と比較して推定することが多い。

 月の地質に詳しい米ノートルダム大学のクライブ・ニール氏によると、新たな年代分析を行うことができれば、地球周辺の天体がどのように形成されたかについて、既存の仮説が問い直されたり、新たな疑問が浮上したりする可能性もあるという。

サンプルの収集法と分析法

 嫦娥5号は2つの方法でサンプルを収集する予定だ。一つは深さ180センチほどの穴を掘る方法、もう一つは月の表面の岩石や土壌をすくい取る方法だ。地球に届けられたサンプルは、密閉された容器で北京にある国家天文台の実験室に運ばれる。そこで、放射性同位体の量の測定を含め、鉱物学的、化学的に組成を調査し、厳密に年代を測定する。

 中国の研究者たちにとって、今回のミッションは一大イベントだとロン氏は言う。「新しい、しかも自分たちの月サンプルが手に入るのです。惑星科学や惑星探査に携わる学生や若い科学者を触発することになるはずです」

 現時点では、このサンプルが中国以外の科学者に共有されるどうかは定かではない。欧州宇宙機関(ESA)の国際協力責任者であるカール・バーグキスト氏によれば、ESAと中国国家航天局はサンプルを他の研究機関に送ることに関して議論しているが、まだ合意には達していないという。

 ただし、バーグキスト氏は、ESAもこのミッションに関わることになる予定だと述べている。「ミッションの重要な初期段階では、我々の深宇宙ネットワーク局がサポートを提供します。その後も、複数の重要なフェーズでバックアップを行う予定です」

 史上初めて月の裏側に着陸し、現在も継続している嫦娥4号のミッションと同じように、今回も月着陸機に科学装置が搭載される。地中レーダーを使えば、数百メートルの深さまで複数の岩石層を識別し、地質の歴史を解明できる。また、月の内部のマントルに由来する岩石を検出するために嫦娥4号に搭載されたような画像分光計は、着陸地点の鉱物の組成分析や水を含む物質の探査に利用できる。

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中国の壮大な宇宙探査計画

「今回のミッションは、中国による一連の無人月探査計画の中の一つにすぎません」と、前出のログスドン氏は話す。

 嫦娥5号が成功すれば、嫦娥6号が月の南極からサンプルを持ち帰るミッションに向かうことになるだろう。大量の氷や太陽系最大級の衝突クレーターが存在するとされる月の南極エイトケン盆地は、科学的に大きな注目を集めている。

 さらに高度な探査機となる嫦娥7号と8号も、南極付近に着陸して、周辺地域の分析や新技術の試験を行う予定になっている。たとえば、水や水素といった今後の有人探査に役立つ物質を検知して抽出する技術、月の地表での3Dプリント技術のテストなどだ。長期的な目的は、2030年ごろに国際月研究ステーションを設立し、無人探査、そして将来的な有人探査に役立てることだ。

「やがて中国は月の有人探査に乗り出すでしょう」とログスドン氏は述べる。

 中国は、有人宇宙飛行の経験を積むため、2021年に3つ目の宇宙ステーションの建造を始める予定だ。低軌道で周回するこのステーションは、規模においても複雑さにおいても、これまでのものを大きく超えると見られている。10年ほど利用できる設計で、有人宇宙飛行計画を積極的に進める中国にとって貴重な経験をもたらすだろう。

 嫦娥計画のミッションは、他の天体の無人探査に向けた土台作りにもなる。中国はすでに周回機と探査車からなる「天問1号」を火星に向かわせており、火星の組成、磁場、表面構造を調べる予定だ。また、嫦娥5号は、火星からサンプルを持ち帰るという大胆なミッションの布石として欠かせない一歩でもある。中国の「宇宙白書」にも、2020年代後半のロードマップとして、地球近傍の小惑星とともに火星のサンプルリターンがあげられている。

「探査能力が高まれば、太陽系を探査できるチャンスも増えます」とロン氏は述べている。

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