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気温38℃でも森は育った、温暖化で「熱帯林が危機」は誇張?

  • 2020年11月25日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 世界で最も高温の熱帯雨林は、南米アマゾンではなく、米国アリゾナ州ツーソン郊外の砂漠にある。閉鎖空間の人工生態系「バイオスフィア2」の中だ。

 1990年代初頭に施設内に植えられた、熱帯の樹木に関する研究の成果が最近になって報告され、驚くべき事実が明らかになった。ここの樹木は熱帯林が今世紀中に到達すると見積もられているどの推定よりも高い温度に耐えているという。

 最近、森林科学者に希望を与える研究成果が多く発表されている。今回の研究もその1つだ。地球がもっと高温になり、大気中の二酸化炭素濃度が高くなっても繁栄できるような予想外のメカニズムが植物には備わっているのかもしれない。

 熱帯林は今も人間と自然の両方からの脅威にさらされているが、一部の研究者は、気候変動によりいまの熱帯林が差し迫った危機に直面しているという悲惨な報告には誇張があるのではないか、と考えるようになっている。

「生物には発明の才があります」と、米アリゾナ大学の生態学者でバイオスフィア2研究の共同リーダーであるスコット・サレスカ氏は言う。「私たちが考えていたよりもはるかに独創的です」

 科学者たちはここ数年、「アマゾンの森林は、もはや炭素吸収源として頼りにならない」「アマゾンの熱帯雨林は転換点に近づいているのかもしれない」「世界の熱帯林の気温は、すでに樹木が耐えられる限界に近づいている」「気候変動は老木を殺している」など、森林と気候変動の影響について警告する報告を相次いで発表してきた。

 私たちが燃やす化石燃料が、人類がこれまで経験したことがなく、樹木でさえ長らく経験してこなかった気候を作り出していることは確かだ。米国シアトルにあるワシントン大学の生態学者で気候科学者のアビゲイル・スワン氏は、「私たちは熱帯林を、恐竜たちがのし歩いていた白亜紀以来の高温に追い込んでいます」と言う。つまり、6600万年前以来ということだ。

 しかし、こうした高温に樹木がどのように反応するかを予測するのは困難だ。実際に森林をまるごと使って、今よりも高温の未来を想定した実験を行うのは、コストがかかりすぎる上に論理的にも問題がある。科学者たちは基本的に小規模な実験や野外観察に基づいて推定するしかなく、多くの場合、コンピューターモデルを使って数十年先を予測してきた。

次ページ:自然林では28℃で光合成が鈍化

人工生態系「バイオスフィア2」

 バイオスフィア2は、1991年から1994年にかけて人間を閉鎖空間で生活させる実験の舞台となったことで有名だが、気候変動の森林への影響を検証する貴重な機会も与えてくれた。高さ約30メートルのガラス製のピラミッドの中には、広さ2000平方メートル(約600坪)の熱帯雨林がある。1990年代初頭にここに植えられた木々は、今ではその先端が天井に当たるほどになった。

 内部の温度は、世界で最も高温の熱帯雨林であるアマゾンが、今世紀中に到達すると予想されている温度を超えている。従来の野外研究では、これほどの高温になると植物はほとんど光合成をしなくなっていた。

 2000年代初頭、バイオスフィア2のさまざまな環境条件下での樹木の成長に関するデータが記録され、サーバーとハードドライブに保存された。現在、米ミシガン州立大学の博士研究員である生態学者のマリエル・スミス氏は、これらの記録が未来の気候の下で森林がどうなるかを研究する貴重な機会を与えてくれることに気がついた。

 スミス氏は、気温と飽差(ほうさ)という関連する2つの変数の影響を解析したいと考えた。飽差とは、空気中の飽和蒸気圧と実際の水蒸気圧の差のことで、つまり、空気中にあとどれだけ水蒸気を含むことができるか、という指標だ。飽差が大きいと空気は水蒸気を奪う力が強くなるため、植物は水分を失いやすくなる。

 高温の空気はより多くの水分を保持できるので、通常、飽差は温度と足並みをそろえて上昇する。しかしバイオスフィア2ではミストが空気を湿った状態に保っていたため、気温が高く飽差は小さいという珍しい状況を作り出していた。施設内の二酸化炭素濃度は、当時の外気よりやや高い400ppm以上で安定していた。

 スミス氏らは10月12付けの学術誌「ネイチャー・プランツ」に発表した論文で、バイオスフィア2の木々は気温が38℃に達するまでほぼ同じペースで光合成をしたと報告した。これに対して、ブラジルとメキシコの自然林では、28℃から光合成のペースがはっきりと低下していた。

光合成自体ではなく「呼吸」のせい

 現在広く支持されている仮説のひとつに、熱帯林が高温で光合成をしなくなるのは、その機能自体を直接止めてしまうからだというものがある。だが、スミス氏や他の専門家は、今回の結果はこの仮説への強力な反証になるとしている。

 一方で、自然界の植物が高温で光合成をしなくなる主な理由は、飽差が大きくなって空気が乾燥し、植物に間接的に被害を及ぼしているからだと彼らは推測している。植物の葉は、気孔を通じて二酸化炭素を取り込んでいるが、同時に気孔は水分を放出する役割も果たしていて、二酸化炭素分子を1個取り込む間に水分子を300個も放出する。気温の上昇とともに飽差が大きくなると植物は生命維持のために、水分が外に出ていかないように気孔を閉じてしまう。

 植物が気孔を閉じれば、「食べ物」である二酸化炭素を取り込めない。しかし、現実の世界では、上昇しているのは気温だけではない。二酸化炭素濃度も急速に上昇している。このことが樹木を高温から守るのに役立つかもしれない、とスミス氏は言う。高温で二酸化炭素濃度が高い未来には、植物の気孔は、二酸化炭素をたっぷりと取り入れつつ、水分を保持するために閉じるようになるのかもしれない。

「希望を感じさせる結果です」と、アリゾナ大学の生態学者で、バイオスフィア2の熱帯雨林研究チームを率いるローラ・メレディス氏は言う。「森林が環境に適応し、効率を維持する戦略を持っていることは、心強く、私たちに希望を与えてくれます」。なお氏はこの研究に関わっていない。

 しかしスミス氏は、この結果には極めて大きな仮定があると言う。バイオスフィア2の実験には高濃度の二酸化炭素は含まれていなかった。そのため、植物が将来こうしたメカニズムにより水分を維持するのかどうかは証明できないからだ。

次ページ:植物には回復力がある

植物が持つ回復力

 パナマの研究者たちは次のステップとして、二酸化炭素濃度が高くなると本当に植物が高温でも生きていけるのかどうかを検証している。今のところ、答えは「イエス」であるようだ。

 植物学者のクラウス・ウィンター氏は、パナマ運河の近くにあるスミソニアン熱帯研究所の研究基地に6個のドームを作った。バイオスフィア2に比べるとはるかに小さく、小さな木しか植えられないが、二酸化炭素と温度の両方をコントロールできる。

 彼が学会で発表した研究では、今世紀に到達すると考えられている気温よりも高温になっても、水分と二酸化炭素をたっぷり与えられた植物は正常に成長することがわかった。なかでも中南米原産の常緑樹バルサはめざましいほどの急成長を遂げたという。

 スミス氏が示唆するメカニズムを直接検証したわけではないが、この実験により二酸化炭素と水が豊富にあれば高温に耐えられる樹木があることが確認された、とウィンター氏は言う。「樹木は、私が予想していたほどは高温の影響を受けなかったのです」

 ウィンター氏の同僚であるマーティン・スロット氏は、植物がより温暖な条件に適応できるかどうかを研究している。すべての植物にはそれぞれ最適な温度範囲があるが、研究者たちは温度を上げながらガス検出装置を使って個々の葉の光合成能力を測定することで、その温度範囲を調べている。

 スロット氏は、25℃で成長すると光合成能力が最も高くなる苗を見つけた。しかし、同じ植物を35℃で育てた場合、光合成能力が最も高くなる温度は30℃前後になった。植物が体内の生理的機構を変化させる能力は、生物が環境条件に応じて個体を変化させる能力である「可塑性」の一例であり、変化する条件に対する防波堤になると見られている。

「環境の変化に対する植物の反応を考えるときに植物を静的で硬直的なものとして扱うと、不正確で、もしかすると間違った予測につながります」とスロット氏は言う。「気候の将来を予測しようとするコンピューターモデルでは、可塑性を考慮する必要があります」

 植物の隠れた回復力を示す証拠は野外調査からも得られている。ブラジルのマナウスにある国立アマゾン研究所のフラビア・コスタ氏は、ブラジルの森林モニタリング区域で収集された20年分のデータを分析した。

 モニタリング区域には樹木の根が地下水に届きやすい低地の森林が含まれており、ウィンター氏のドームの植物のように水が十分にある状態だった。コスタ氏の研究チームは、アマゾン全体の3分の1以上がこうした「地下水面の浅い」森林であり、2005年、2010年、2015年の激しい干ばつでも安定した成長を続け、炭素を貯留し続けていたことを明らかにした。

次ページ:実際にどうなるかはまだわからない

 これまでの論文は、気候変動による干ばつと、成長と枯死のペースの加速が樹木を死滅させ、アマゾンの森林が炭素を吸収する能力を低下させていると警鐘を鳴らしていた。しかし、アマゾン全域の湿潤な森林に研究区域の森林のような回復力があるとすれば、「生産性の低下と枯死率の上昇は過大評価されているのかもしれません」とコスタ氏は言う。

 英リーズ大学の環境科学者で、アマゾンの主要な研究ネットワークの1つを率いるオリバー・フィリップス氏は、低地の湿潤な森林はほかの森林よりも干ばつに強いという点については同意する。しかし、彼の研究にもそうした森林は含まれており、これ以上モニタリング区域を増やすことで結論が劇的に変わるかどうかはわからないという。彼とコスタ氏は現在、アマゾンの森林をより完全に再現するために、研究区域のデータを共同で分析しているところだ。

実際の影響は未知数

 ここで紹介したどの研究の結論も、最終的なものではない。

 コスタ氏は、森林は将来、これまで以上に深刻な干ばつに直面する可能性があり、ずっと持ちこたえてきた低地の湿潤な森林でさえもストレスを受ける可能性があると指摘する。一方、熱帯林には気候変動に非常に弱い樹木やまだ発見されていない回復メカニズムなどもあるはずで、シミュレーションを利用した研究で、実際の熱帯林が持つ驚異的な多様性を再現するのは非常に難しい。アマゾンだけでも推定1万6000種の樹木があり、バイオスフィア2やウィンター氏のドームやコンピューターモデルで再現できる数は足元にも及ばない。

 さらに、ウィンター氏のドームの植物はまだ苗木であり、十分な水やりが行われているため、干ばつ時にはこれほどよく育たない可能性がある。ウィンター氏はコロナ禍の規制が解除されたら、ドームでこの点を調べる予定だ。

 気候変動はすでに樹木の成長と炭素貯蔵を抑制していると警告する論文を今年、学術誌「サイエンス」に発表した米ワシントン州にあるパシフィック・ノースウェスト国立研究所の地球科学者ネイト・マクダウェル氏は、スミス氏の今回の結果は「心強い」が、「二酸化炭素濃度の増加は、植物が将来直面することになる乾燥した空気への適応に実際のところ役立つのか?」という重要な疑問に対する答えはまだ出ていないと指摘する。

 スミス氏は、二酸化炭素濃度の上昇によって植物が生き続けられるようになった場合、植物は高温に対処するために背丈が低く、がっしりした姿になる可能性があると言う。その場合、彼女とマクダウェル氏の研究は対立するものではなく、補完的なものになる可能性がある。

 実際、バイオスフィア2の森林は30年の間に変化してきたが、それはおそらく極限的な状況に置かれたせいだろう。施設内の樹木のうち、イソプレンという化学物質を作る樹木は、ほかの樹木よりもよく生き残っている。イソプレンは高温での光合成を助けると考えられているが、この変化の意味はこれから解明していく必要がある。

「私たちは、偶然、より回復力の強いアマゾンをバイオスフィア2の中に作ってしまったのかもしれません」とスミス氏は言う。「とはいえ、その森林がアマゾンと同じ量の炭素を蓄えられるとは限りません」

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