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新型コロナで先住民の希少言語が消滅の危機、ブラジル

  • 2020年11月19日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 ブラジルの先住民、プルボラ族の長老であるエリエゼル・プルボラさんが今年、新型コロナウイルス感染症のため92歳で亡くなった。プルボラさんのように、子どもの頃プルボラ語を話して育った人はもはやわずかだ。彼の死によって、消滅の危機に瀕しているプルボラ語は、またひとり語り手を失った。

 ブラジル先住民の言語は、ヨーロッパ人の到来以降、常に脅威にさらされてきた。かつてブラジルには1500の言語が存在していたが、今も使用されているのは181言語のみ。そのほとんどは、使用人口がそれぞれ1000人にも満たない。グアラニ・ムビャ族など、人口が多い先住民はかろうじて母語を維持しているが、少数派の言語は近いうちに完全に消えてしまう日が来ると恐れられている。プルボラ族は現在、220人しか生存していない。

 新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)は、その状況をさらに悪化させている。ブラジルでは、推定3万9000人以上の先住民がウイルスに感染し、877人が死亡した。プルボラ族でも6人の感染者が出ている。

 新型コロナウイルスで死亡する確率が高いのは、エリエゼルさんのような高齢者、つまり言語の守り人たちだ。感染拡大を防ぐため、人々は社会から切り離され、文化の維持に欠かせない祭りなどがキャンセルされ、ただでさえ進まない言語継承の努力が一層進まなくなっている。

 言語と文化を守ることは、プルボラ族にとって長く苦しい闘いだった。100年以上前、政府機関であるインディオ保護局を後ろ盾につけた人々が、ゴムの樹液を採取するためにロンドニア州にある先住民の土地へやってきた。彼らは、先住民の男性と少年たちを働かせて樹液を集めさせ、女性や少女たちを非先住民への褒美として差し出させた。そして、人々にポルトガル語だけを話すよう強要した。

「私たちの文化に関係するものはすべて禁止されました」と、ホザナ・プルボラさんは語る。ホザナさんは、母親のエミリアさん亡き後、プルボラ族の長になった。エミリアさんとエリエゼルさんはいとこ同士で、2人とも孤児だった。子どもの頃、誰にも聞こえないところでは小声でプルボラ語を話していたという。「2人は、隠れて自分たちの言葉を維持していました」

 1949年、インディオ保護局はこの地域の先住民がひとり残らず「混血し、文明化した」ため、純粋な先住民はいなくなったと宣言した。こうして公式には、プルボラ族は消滅した。

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プルボラ語を話す長老は残り2人に

 だが、プルボラ族は黙っていなくなることを拒んだ。祖先のものだった土地の一部を大豆と畜産農家から買い取り、プルボラ族最後の村「アペロイ」を建設した。だが、村はプルボラ族が全員住めるほど広くはなかったため、エリエゼルさんは近くにあるグアジャラ・ミリムという町で娘と一緒に暮らしていた。

 プルボラ族は現在、エミリオ・ゴエルディ・パラエンセ博物館の言語学者アナ・ヴィラシ・ガルシオ氏の依頼を受けて、プルボラ語の保存プロジェクトに協力している。博物館には、ブラジルのアマゾン地域に住む80の先住民言語の記録を収めた永久保管庫が構築されている。

 2001年にガルシオ氏が初めてプルボラ族を訪ねてみると、そこにはエリエゼルさんやエミリアさんなど、かつてプルボラ語を話していたという長老が9人いた。その多くは、アペロイ村から遠く離れた場所に住み、それまで数十年もの間プルボラ語を話していなかった。

「話すことができなかっただけでなく、聞く機会もありませんでした。プルボラ語とは全く接触しないでこれまで生きてきたんです」と、ガルシオ氏は言う。

 ガルシオ氏の招きに応じて集まった長老たちは、マイクに向かって話し出した。会話は全て録音され、プルボラ語の音声記録として保管庫に収められる。初めのうちは、わずかな単語しか思い出すことができなかった。動物の名前は簡単に出てきたが、文法や構文は難しかった。だが、互いに話をすればするほど、記憶がよみがえった。

 現在、プルボラ語を完璧とはいかないまでも話すことのできる長老は、パウロ・アポリーテ・フィルホさんとニロ・プルボラさんだけになってしまった。2人とも90代で、健康状態もよくない。アペロイ村の外に住んでいるため、パンデミック中は2人を訪ねることもできない。ホザナさんは、2人が知っていること全てを共有する前にコロナのために亡くなってしまうのではと心配している。

「まだ保管庫に記録されていないことがたくさんあり、とても心配しています。2人には、まだ語るべきことがたくさん残されています」

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サンパウロ、思いがけない協力者

 アマゾンからずっと南東にある大都市圏サンパウロでも、新型コロナウイルスは先住民の村を襲っている。グアラニ・ムビャ族が暮らす6つの村では、100歳以上の超高齢者を含む数百人が感染した。今のところ、死者は出ていない。

 村の公立小学校ではグアラニの言語と文化が教えられているが、学校が閉鎖されて、子どもたちは重要な学びの機会を失っている。コロナのおかげで失業した人も多い。

 だが、そこに思いがけない協力者が現れた。パンデミックが始まると、先住民の若きリーダー、アントニー・カライさんは、失業したコミュニティの人々を支援するための資金集めとして、オンラインでグアラニ語を教え始めた。100人までは対応できるだろうと思っていたら、2時間で300人以上の申し込みがあったという。

 誰も断りたくなかったので、別の村に住む2人の教師に頼んで、200人の生徒を受け持ってもらうことにした。グアラニ語を教えることによって、言語の保存に貢献できるだけではなく、非先住民の人々の先住民コミュニティへの見方も変わるだろうと、カライさんは期待している。

「言語を学ぶなら、言葉だけでなく文化も学ばなければなりません」

 その逆もまた同じことがいえる。つまり、言語が失われれば、文化も失われる。それこそが、プルボラ語の教師マリオ・プルボラさんが懸念していることだ。

 アペロイ村では、グアラニ・ムビャ村と同様、子どもたちは公立学校でプルボラ語を学ぶ。しかし、パンデミックの前から、子どもたちの数が少ないという理由で地元の自治体は学校を閉鎖しようとしていた。

 教師であるマリオさん自身、プルボラ語が流暢に話せるわけではない。ガルシオ氏が作成した博物館の音声記録を聞いて、言語を学んだという。

 パンデミックの前、マリオさんはパオロさんやニロさんなど村の外に住む長老たちを定期的に訪ねて、言語に関する質問をしていた。ところが今はそうした活動もままならず、言語にまつわる様々な情報が彼らとともに失われてしまうのではと、マリオさんは懸念している。

 プルボラ族は今年、人々の健康を守るために、毎年の集会や祭典を延期した。移動も必要最低限にするよう制限している。本来なら、人が多く集まる祭典で、物語や歌が伝えられ、言語が継承されていくはずだ。彼らは、このパンデミックが落ち着けば、自分たちの文化と言語を保存する責任が、弱い高齢者だけに押し付けられてしまわないように努力したいと話している。

「私たちは復活したと多くの人が言いますが、その言い方は好きではありません」と、マリオさんは言う。「私たちはいつだって、自分たちが何者であるかを知っていました。昔からここにいましたし、これからもずっとい続けます」

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