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人類が宇宙に滞在し続けて20年目の日、人類の偉業ISS

  • 2020年11月2日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 2000年のハロウィーン(10月31日)は歴史的な日となった。米国人1人とロシア人2人の宇宙飛行士を乗せたロシアのソユーズロケットが、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から、完成したばかりの国際宇宙ステーション(ISS)に向けて打ち上げられたのだ。

 クルーは2日後にISSに到着。それから20年間、地球低軌道上のISSには人間が1日も途切れることなく生活し、仕事をしている。

 ISSは、人類史上最も高価で技術的に複雑な建造物の1つだ。1500億ドル(16兆円弱)を投じて建設され、サッカー場ほどの大きさがあり、地球の上空408kmを秒速7.7kmの猛スピードで飛行している。居住空間は地上と同じ1気圧に与圧されており、これまでに世界各国の男女241人が滞在してきた。

「この20年間、誰も大きなけがや病気をしなかったことは驚きです」と、ISSに340日間連続で滞在したことがある元米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士スコット・ケリー氏は言う。「この仕事に地上のスタッフがどれだけ真剣に取り組み、細部にまで注意を払ってきたかがよくわかります」

 1980年代半ばにNASAでISSの設計に携わったデイビッド・ニクソン氏によれば、巨大なISSの設計、建設、打ち上げ、運用には10万人を超える人々が協力してきたという。「人類が文明の黎明期から築いてきた偉大な建造物に例えるならば、ISSはピラミッドやアクロポリスに匹敵します」

「小さな国連」

 そうした地上にある不朽の建造物と同じく、ISSも長い歳月をかけて建設された。1984年に米国で宇宙ステーション「フリーダム」の構想が発表されたのをきっかけに、やがて米国、カナダ、日本、ロシア、および欧州宇宙機関(ESA)に加盟する11カ国を加えた計15カ国が参加するプロジェクトに発展した。

 1998年にはISSの最初の部品が軌道に到着し、2000年11月2日には冒頭で触れた第1次長期滞在クルーがISSでの滞在を開始した。現在は第64次長期滞在クルーがISSで生活している。

次ページ:ISSとクルーたちの試練

 この間、ISSプログラムは何度も深刻な課題に直面してきた。1986年のチャレンジャー号、2003年のコロンビア号のスペースシャトル事故では14人の死者が出ただけでなく、ISS計画全体が混乱してステーションの建設が遅れた。2007年には太陽電池パネルの1つに76cmの亀裂が入ったため、クルーが危険な船外活動を行って修理しなければならなかった。他にも空気漏れ、冷却液ポンプの破損、複雑な科学機器の修理、補給ミッションの失敗などにクルーは対処してきた。

 ISSの稼働とクルーの生存を支えるためには、クルーと世界中のサポートチームが技術的に協力し合うことが不可欠だ。NASAのISS副プログラムマネジャーを務めるケネス・トッド氏は、これを「小さな国連」に例える。

「各国の宇宙飛行士たちは、軌道上に組み立てられた小さな缶の中で、危険と隣り合わせの生活をしています」と氏は言う。「複数の文化をもつ飛行士たちをまとめ上げる経験は非常に勉強になりました」

 ISSでは、その独特な環境のせいもあり、普通の日常生活でさえ困難がつきまとう。例えば騒音だ。ISSが約90分で地球を1周するたびに、日なたと日陰で大きく温度が変わる。すると金属部品が伸び縮みして、はじけるような音がする。宇宙飛行士の中には、就寝中に心の平穏を保つため、耳栓をする人もいるほどだ。

 宇宙環境では機体だけでなく人体にも負担がかかる。通常は重力によって足に集まっているはずの水分が頭の中にとどまるため、宇宙飛行士は不快感に悩まされたり、地上に戻ったあとで視力が低下したりする。ISS内の二酸化炭素濃度はしばしば地上の10倍以上にもなり、頭痛を引き起こすこともある。また、重力がある場所で進化してきた人間にとっては、排泄などの基本的な動作も厄介な作業になる。

 だがISSでの生活は、別の意味でも人を変える。ケリー氏は、上空から見るバハマの青い海や広大なサハラ砂漠、そして「巨大な眼球に張り付くコンタクトレンズのような」神秘的で薄い大気に心を奪われた。「私たちは特定の国に属しているのではなく、地球の市民なのだと実感しました」

宇宙での科学実験

 ISSのクルーは、軌道上に居住空間を維持するだけでなく、実験室も作り上げた。ISSで科学実験を行えるようにするのは簡単ではなかった。ごく基本的な実験装置でさえ、ISSの微小重力環境で動かすには、しばしば設計し直さなければならなかった。その甲斐あって、ISSではこれまでに約3000件の実験が行われている。

 ISSで行われた研究は、宇宙でのDNA塩基配列の解析から、遠方の宇宙現象で生成する高エネルギー粒子の研究まで多岐にわたる。しかし、最も実りの多い分野の1つは、クルー自身が被験者となった研究だ。

次ページ:宇宙と地上の「双子実験」

 米コロラド州立大学の放射線生物学者スーザン・ベイリー氏にとってISSは、宇宙飛行士の健康について貴重なデータを提供してくれる場所だ。その最大の成果は、スコット・ケリー氏が宇宙で過ごした約1年間に、一卵性双生児の兄弟で同じく宇宙飛行士であるマーク・ケリー氏とともに調査対象となったNASAの「双子研究」だ。

 ベイリー氏はケリー兄弟から血液サンプルを採取し、染色体、特にテロメア(靴ひもの両端に付いているキャップのように、染色体の末端を保護するDNA配列)を調べた。ケリー兄弟のDNAを分析することで、人体が微小重力や宇宙放射線にどう反応するかを、より良く理解することができた。これまでの結果では、宇宙生活によって、テロメアの短縮(老化や心疾患と関連する)の兆候など遺伝子にさまざまな変化が起きたことが明らかになっている。(参考記事:「宇宙生活で染色体に異変、双子で実験、最新研究」)

「宇宙飛行によって老化が加速し、病気のリスクが高まるとしたら、私たちはどう対処すればよいのでしょうか?」とベイリー氏は問いかける。「それがわかれば、地球にいる私たちも恩恵を受けることができるでしょう」

ISSの未来

 地球を12万回以上周回し、53億kmも飛行したISSは今も健在で、これまで以上にグローバルな取り組みの場となっている。すでに19カ国の宇宙飛行士がISSを訪れた。NASAはISSの商業利用を促進しており、観光客の受け入れも始まる可能性がある。そうなれば企業の研究者から映画スターまで、より多様な人々が宇宙飛行をすることになりそうだ。

 だがそのためには、ISSとその後継ステーションは、もっと住みやすく、操作しやすいものになるべきだとニクソン氏は言う。氏は、もっと静かで快適に過ごすことができ、シャワー付きの広々とした宿泊施設を備えた宇宙ステーションを夢見ている。

 ISSがその時代まで運用されているかどうかはわからない。現時点では、少なくとも2024年までは稼働する予定となっており、ハードウエアの大半は少なくとも2028年までは安全に動作することが保証されている。

 だがNASAは現在、国際協力による有人月面探査をめざしているため、ISSの将来は不確実だ。ISSは軌道上で解体・廃棄されて、新たに別の宇宙ステーションが建造されるのだろうか? それとも各国が遠方の宇宙に進出していく中で、軌道上のISSは民間企業に引き継がれるのだろうか? あるいは、ロシアの宇宙ステーション「ミール」のように、最後の栄光の炎とともに太平洋に落下させられるのだろうか?

 ISSが最終的にどのような運命をたどるにせよ、探査の精神というその遺産は存続させなければならないとケリー氏は考えている。

「宇宙に出ている人間が1人もいなくなるような事態は避けなければなりません」と氏は言う。「20年の歴史を途切れさせてはいけません」

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