サイト内
ウェブ

米国の森林火災、ナパバレーのワイン農園に甚大な被害

  • 2020年10月14日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 世界的に有名なワイン生産地、カリフォルニアのナパバレーが、危険な時代に突入した。

 2020年に起こった前代未聞の森林火災によって明らかになったのは、この地のブドウの収穫シーズンは、今や森林火災のシーズンでもあるという事実だ。

 まず8月に、落雷をきっかけにした森林火災が発生、最終的に1500平方キロを超える範囲に燃え広がり、5人の死者を出した。

 9月下旬には、ナパバレーで「グラスファイア」と呼ばれる別の火災が発生した。これはまたたく間にナパバレー史上最悪の森林火災となり、約300軒の住宅を含む1235棟の建物が破壊された。

 ナパは米国で最も有名かつ重要なワイン生産地であり、総額400億ドル規模とされるカリフォルニアのワイン産業を代表する地域だ。しかしここ数年、大規模な森林火災が続いていたところに、今年の被害が追い打ちをかけ、産業は存続の危機にさらされている。

 森林火災の影響はあらゆる面に広がっている。農園で働く人々は、息もできないような煙の中で作業をするか、作業をすべてあきらめるかの選択を迫られている。地域経済を支える観光産業も脅かされている。ナパバレーを訪れる観光客の消費額は、年間22億3000万ドルに上ると言われる。

 さらには、ワインそのものの存続も危ぶまれている。ある試算によると、火災と煙によって引き起こされるさまざまな影響により、2020年にナパバレーで収穫されるカベルネ・ソーヴィニヨン種のブドウの8割が、ワインの原料には使えない可能性があるという。

 カリフォルニアのワイン生産地で起こっている森林火災は、建物だけにとどまらず、同地域の経済的・文化的基盤をも破壊する勢いなのだ。

次ページ:26カ所のワイン施設やブドウ園に損害

26カ所のワイン施設やブドウ園に損害

 グラスファイアの発生から24時間もたたないうちに、ナパバレーでも特に大規模なワイナリーのひとつ「シャトー・ボズウェル」が炎に包まれているのが確認された。

「わたし個人の所有物は一切残りませんでした。しかし、なによりの痛手は家族の歴史が失われたことです」と、オーナーのスーザン・ボズウェル氏は言う。氏の亡き夫が1979年に作った最初のワインも焼けてしまった。

 火災はそこから谷の北側を容赦なく進み、少なくとも26カ所のワイン施設やブドウ園に損害を与えた。中世トスカーナの城を模して、15年の歳月と4000万ドルを費やして建設された人気ワイナリー、カステッロ・ディ・アモローサでは、主要な建物のひとつが破壊された。数週間前に改装を終えたばかりだった、高級ファッションブランド、モエ・ヘネシー・ルイヴィトンが所有するニュートン・ヴィンヤードもまた、廃墟と化した。

 被害を受けた大規模ワイナリーだけではない。家族経営の小規模なワイン農園でも、歴史ある建物が炎上したほか、瓶詰めされたワインの在庫も焼け、場合によっては数年分の生産量がまるごと失われた。

 多くのワイン醸造業者は、避難命令を無視して農園に残り、自分らの財産を守るためにチェーンソーで防火帯を作ったり、プロパンガスのタンクを炎から遠ざけたり、建物に水をかけたりした。そんな彼らの強い味方となったものがひとつある。ブドウの木だ。生きている植物であるブドウの木は、水をたっぷりと含んでおり、火が進む速度を遅くし、ときには建物を救うこともある。

「燃えるのは一般的に下草、つまり自生している草です」と、ケイン・ヴィンヤードのクリス・ハウエル氏は言う。「一方、ブドウの木そのものは、燃えないことがわかっています」

 大きな損害が出たものの、ナパバレーの避難区域内にある215カ所のワイナリーの大半は、1週間後にグラスファイアがほぼ鎮圧されるまで持ちこたえた。ただし、数々の難しい問題は、まだようやく表面化し始めたばかりだった。

煙の中でブドウを収穫する移民たち

 そうした問題のひとつは、ブドウ園で働く人々に関するものだ。カリフォルニアのワイン産業を支える労働者は大半がラテン系移民で、彼らがとりわけ忙しくなるのが8月から10月にかけてのブドウの収穫期だ。

次ページ:ブドウを収穫するか、収入をあきらめるか

 しかし、森林火災の煙が充満する中でのブドウ摘みは、労働者の健康を害する恐れがある。しかも今年はCOVID-19に感染するリスクまであるのだ。

「地域の経済を支えているのはラテン系の住民ですが、ここには非常に明確な人種間格差が存在します」と語るのは、ナパ郡の西に隣接するソノマ郡で移民を支援する「グラトン日雇い労働センター」の副所長、ガブリエル・マカバンスキー氏だ。

 ナパ郡とソノマ郡では、多くのワイナリーが、火災が起こっている中で収穫を強行した。収穫を急がなければならないという空気が高まっていたのは事実だ。ワインの品質を保つためには、ブドウが煙にさらされるのを最小限に抑える必要がある。そのため経営者の中には、燃え盛る炎の近くに農業作業者を送り込む者もいた。

 企業は、郡の農業委員会から「商業的農業活動証明」と呼ばれる証明書を取得すれば、強制的な避難区域へも立ち入ることができる。10月6日、ナパ郡には、この証明書を求める申請が536件寄せられた。またソノマ郡の記録によると、グラスファイアに際して発行された115件の農業活動証明書のうち、25件は、10人以上の作業員の立ち入りを求めるものだった。

「空気質指数(AQI)が150を大幅に超える避難区域内で、屋外で作業が行われていたというのは、非常に憂慮すべきことです。しかも彼らには、N95マスクも与えられていなかったのです」と、マカバンスキー氏は言う(米環境保護庁の定義によると、空気質指数150は、一般の人が健康への影響を受ける可能性がある閾値)。

 これは「地元産業と地域の政府とが、移民労働者の健康よりも、ブドウの健康と収穫の確保を優先している」証拠だと、氏は述べている。

 こうした状況において、移民労働者たちは厳しい選択肢を突きつけられる。危険な条件でブドウを収穫するか、それとも収入をあきらめるかだ。ブドウの収穫作業はいい儲けになる。収穫シーズンのピーク時、ナパにある最高級のブドウ園管理会社の中には、摘み取り作業員に時給45ドルを支払うところもある。

 ただし、ワイン生産地の農業従事者の多くは、年に5〜6カ月しか働いていないと、マカバンスキー氏は言う。「数カ月間は一定した賃金が支払われますが、年間の平均収入でみると、移民労働者の大半は貧困の中で生活しているのです」

次ページ:ワインに不快な風味とアロマ

ブドウの実が受ける影響

 2020年の火災から得られた最大の教訓は、カリフォルニアにおける森林火災はもはや、予測された時期にのみ起こる災害ではなくなったということだ。

 ワイン生産地の火災シーズンはこれまで、秋の後半、つまり10月から11月にかけて訪れるのが通常だった。この時期には、ワイン用のブドウはおおかた収穫を終えている。例えば、2017年10月にナパ郡とソノマ郡で壊滅的な火災が発生した際には、同地域のブドウの90〜95%はすでに収穫されていたため、煙の有害な影響を受けずに済んだ。

 そうした煙によってブドウが受ける影響は「スモークテイント」と呼ばれ、森林火災の煙が空気中に長時間滞留し、果実の皮に特定の化合物が付着することによって起こる。この化合物を排除することはほぼ不可能であり、出来上がったワインには不快な煙のような風味とアロマが発生する。

 今年は落雷による火災が8月中旬から発生し、その時点でカリフォルニアのワイン用ブドウはまだほとんど収穫されていなかった。

 ナパのワイン醸造業者の中には、8月の火災による被害をなんとか逃れられたと胸をなでおろしていたところもあるだろうが、その希望は9月の火災によって打ち砕かれた。「収穫は望めません」と、ナパのスプリングマウンテンにあるバーネット・ファミリー・ヴィンヤーズのオーナー、ハル・バーネット氏は言う。

「煙がひどく充満しているため、今年はワインを作ることは不可能です。試してみる価値すらありません」

 グラスファイアは今もくすぶり続けており、ナパのブドウへの煙害の規模はまだ明らかになっていないものの、それが甚大であることは間違いない。2019年には10億ドル分のブドウが収穫されたナパにとって、失われるものは極めて大きい。

 しかしこれまで、ワイン醸造業者は、そうした損失を防ぐための手段をほとんど講じてこなかった。「その危険が現実味を増していることは感じていました」とバーネット氏は言う。「火災による被害は、もしそうなったらという話ではなく、いつそうなるのかという問題だということは、わかっていたのです」

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2020 日経ナショナル ジオグラフィック社