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バイキングの豊かな多様性、大規模DNA分析で明らかに

  • 2020年9月18日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

「バイキング」と聞いて私たちが思い浮かべるのは、木製のスマートな船に乗って北欧の海岸線を略奪していた、亜麻色の髪をしたスカンディナビアの屈強な戦士だろう。

 バイキングについては、複雑な血統をもつ海の冒険者を称える古い物語が数多く伝えられているにもかかわらず、彼らは「純粋」な血統をもつ独自の民族または地域集団だった、という神話が今でも根強く信じられている。しかし、バイキングを象徴する角つきの兜と同じく、これは19世紀後半のヨーロッパで燃え上がった民族主義運動が生み出した悪しき神話にすぎない。バイキングの優位性によりヘイトを正当化し、固定観念を永続させようとする白人至上主義者の間では、こうした虚構が今もなお称賛されている。

 9月16日付けの学術誌「ネイチャー」に発表された古代人のDNAの大規模研究は、私たちがバイキングと呼ぶ人々の遺伝的多様性を明らかにし、縦横無尽に活躍した強い政治力をもつ商人と探検家の集団の事実を明らかにした。それは、歴史的・考古学的証拠が以前から示唆していたことでもあった。

曖昧な起源

 バイキングとは何者だったのか? 実は、その答えは明確ではない。英語の「バイキング(Viking)」という言葉は、襲撃、探検、略奪などを意味する「víking」という古ノルド語(古北欧語)に由来する。略奪を受けた側の人々が用いたこの言葉は、「バイキング時代」とされる西暦750年から1050年にかけて、スカンディナビアの船乗りの集団を意味していた。

「ネイチャー」の研究では、バイキングが進出したとされる地域に埋葬された、紀元前2400年頃から西暦1600年頃までの442人の遺骨の遺伝子データがまとめられている。調べられた遺骨のなかには、バイキングが旅をしたグリーンランドなどの地域に埋葬されていただけのものもあれば、スカンディナビア様式のコインや武器や船と一緒に埋葬されていたものもあった。

 北欧、イタリア、グリーンランドの80カ所以上の遺跡から数百点のDNAサンプルを集めるにはたいへんな苦労があった。さらに、遺骨から抽出された膨大な量の情報を分析するという作業もあった。デンマーク、コペンハーゲン大学の地理遺伝学センター・オブ・エクセレンスの所長を務める進化遺伝学者で、バイキングゲノムプロジェクトを主導したエシュケ・ウィラースレフ氏は、「このデータを分析するにあたって、これほどまでに計算上の困難に直面するとは想像していませんでした」と打ち明ける。

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「民族」というより「現象」

 DNA分析の結果、バイキングは狩猟採集民、農民、ユーラシアの草原の住人などを祖先にもつ多様な集団だったことが明らかになった。また、この時代の人々がほかの地域から来た人々と混血した遺伝学的多様性の「ホットスポット」も3カ所特定された。1つは今日のデンマークで、残りの2つは今日のスウェーデンのゴットランド島とエーランド島だ。3カ所はいずれも当時の交易の要衝だったと考えられている。

 バイキングはスカンディナビアから出発し、ときにスカンディナビアに戻ることもあったが、遺伝子分析から、彼らはスカンディナビア地域内ではあまり交流がなく、遠く離れた地域を旅する中で出会ったさまざまな民族と混血していたことが明らかになった。

「遺伝子分析の結果から、バイキングが均質な集団ではなかったことは明らかです」とウィラースレフ氏は言う。「バイキングの多くは混血」で、南欧とスカンディナビアの祖先の血を引いており、具体的な例としては、祖先がサーミ(スカンディナビアの先住民)とヨーロッパ人だったりしたという。

「スコットランドの遺跡では、遺伝学的には全くスカンディナビア人ではない人が、バイキングの剣や装備とともに埋葬されている例も見られました」

 この結果は、バイキングという現象が純粋にスカンディナビア人だけのものではなかったことを証明しているとウィラースレフ氏は言う。「バイキング現象の起源はスカンディナビアにありますが、それが世界中に広がって、ほかの民族と結びついていったのです」

民族に縛られない集団

 今回調べられた古代のバイキングと現代のスカンディナビア人との共通点は、意外なほど少なかった。現代のスウェーデン人のうち、1300年前に同じ地域に住んでいた人々を祖先にもつ人はわずか15〜30%で、バイキング時代以降に多くの移住と混血があったことを示唆している。

 また、バイキング時代のこの地域の住民の外見は、現在の典型的なスカンディナビア人とは異なっていた。例えば、古代の人々は、無作為に選ばれた現代のデンマーク人の集団よりも平均的に黒っぽい髪と目をしていた。

 研究者は以前から歴史的・考古学的証拠にもとづき、バイキングが国家や民族に縛られない多様性に富む集団だったのではないかと考えていたが、今回の遺伝子データは、そのことを裏付けている。

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 アイスランドのモスフェル考古学プロジェクトを率いる米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の考古学者ジェス・バイヨック教授は「素晴らしい研究です」と称賛する。「この研究は新しい情報をもたらしただけでなく、バイキング時代について知られていたことのほとんどすべてに裏づけを与えました」。なお、バイヨック氏は今回の研究には関与していない。

 米ベイラー大学の歴史・考古学の助教で、今回の研究には関与していないダビデ・ゾリ氏も同意見だ。「かつてバイキングは、誰が誰だかわからないほど互いによく似た、金髪で髭面の堂々たる体躯の男たちだと考えられていましたが、近年の研究は、そうではなかったことを示唆していました」と彼は言う。

 ナショナル ジオグラフィック協会(NGS)の元シニアプログラムオフィサーで、NGSジェノグラフィック・プロジェクトの主席科学者をつとめたミゲル・ビラール氏は、今回の調査結果が現代のナショナリズムや文化的アイデンティティの概念に逆らい、バイキングの複雑な歴史を描き出したのは当然のことだと考えている。「DNAは(先入観の)箱に収まるとはかぎりませんから」。なお、氏も今回の研究には関与していない。

何が彼らを結びつけたのか

 バイキングが活動した範囲は広かったものの、今回の研究から、家族単位の結びつきも明らかになった。

 エストニアのサルメでは、戦いのあとにスウェーデン人の男性41人が2隻の船と武器とともに埋葬されたが、その中で4人の兄弟が並んで埋葬されていたことが確認された。研究者たちはまた、デンマークで埋葬されたバイキングと英国オックスフォードで埋葬されたバイキングが第二度近親者(遺伝子の4分の1を共有する祖父母、孫、おじ・おば、おい・めいなど)であることも明らかにした。

 しかし、こうした大規模なDNA分析では、そもそもバイキング現象がどのようにして始まったのかという疑問は解決できない。彼らを結びつけたのが民族性ではないとすれば、何が彼らを結びつけたのだろうか? 頑丈な船を造り、海上で効率よく戦う技術だろうか? それともほかの要因があったのだろうか?

「人は支配的な文化の生き残り術を採用し、適応することができます」とゾリ氏は言う。「どのような理由であれ、バイキングとして生きることは、生き残り、経済的にも政治的にも成功する主要な手段の1つでした」

 バイキング時代の少なくとも442人の遺伝的多様性が確認された今、研究者はバイキングのルーツの探索範囲を広げられるようになった。「これは非常に大規模な研究ですが、たった450体弱の遺骨を調べたにすぎません」とバイヨック氏は言う。「大きな一歩ではありますが、第一歩にすぎません」。氏は、この研究をきっかけにバイキング時代の遺伝学的歴史が幅広く研究されるようになることを期待している。

「遺伝学は、バイキングの物語よりも少しは信憑性があるでしょう」とゾリ氏は言う。しかし、全体像を明らかにするにはさらなる時間と研究が必要だ、と彼は言う。

 今回の大規模な研究の意味合いを理解し、文献や考古学的証拠とDNA分析の結果を突き合わせる骨の折れる作業はこれから始まる。私たちがバイキングと呼ぶ文化の触媒となった人々が、どのように生活し、移動し、冒険と影響力を求める過程で何が起こったのかについてはまだまだ分からないことが多い。「人類の歴史において、移動は常に重要な要素でした」とゾリ氏は言う。「バイキングの移動経路から、もっと多くのことが明らかになるはずです」

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