サイト内
ウェブ

オオヤマネコ、1年で3000キロも移動、日本縦断並み

  • 2020年8月8日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 自然豊かな米アラスカ州では、ヘラジカやクマなどの野生動物に遭遇することは珍しくない。だが、カナダオオヤマネコ(Lynx canadensis)となると話は違う。耳の上に房毛があり、足はミトンのようにふっくらとした美しいその姿を目にするのは、特別な体験だった。

 それが、最近では様子が変わってきている。アラスカ州で最も人口が多いアンカレッジで、今カナダオオヤマネコが頻繁に目撃されているという。

「ソーシャルメディアに多くの写真が投稿されているのを見ると、いたるところに姿を現しているようです」と、アラスカ州漁業狩猟局の野生生物学者デビッド・サールフェルド氏は話す。また多くの人は、体重9〜14キロほどのカナダオオヤマネコが獲物に襲い掛かるときの様子や、子ネコ同士で遊んでいる姿など、ペットのイエネコとよく似ていることに驚くという。

「普通のネコのように、ポーチに上がって窓から家の中を覗き込んでいたという情報がとても多く寄せられています」

 目撃情報が増えている理由は、おそらく好物の獲物であるカンジキウサギ(Lepus americanus)の数がピークに達しているためと考えられる。カンジキウサギの個体数は8〜11年ごとに増えたり減ったりを繰り返す。そして、今のようにカンジキウサギが増える時期は、カナダオオヤマネコの数も増える。

 アンカレッジだけにとどまらず、カナダオオヤマネコはアラスカ州全土からカナダの北部にまで広がり、時にはカナダとの国境を越えてやってくることもある。1匹のオオヤマネコがいったいどこまで移動できるのか、少し前まではほとんど知られていなかったが、5年前に始まった「ノースウエスト・ボレアル・リンクス・プロジェクト」による追跡調査のおかげで、オオヤマネコたちはこれまで考えられていたよりもはるかに多くの困難を乗り越え、遠くまで足を延ばしていたことが明らかにされた。

次ページ:100匹近くが猟師の罠に

 ホボと名付けられた個体は、2017年3月にカナダとの国境に近いアラスカ州テトリン国立野生生物保護区で発信器付きの首輪を装着された後、同年6月に生まれ故郷を離れ、険しい山を登り、急な川を渡り、2018年7月には何と3500キロを移動していた。

 なぜそれほど長い距離を移動するのだろうか。カンジキウサギを探して、群れがいるところを見つけるとそこに縄張りを作るのではないだろうかとも言われているが、はっきりしたことはわからない。いずれこの調査から十分な情報を集めて、その謎を解明したいと科学者たちは願っている。これまでに、同プロジェクトは170匹以上のオスとメスに発信器付きの首輪を装着している。

 また、調査で集められたデータは、アラスカ州やカナダ北部でカナダオオヤマネコを保護するために役立てることができる。例えば、どのような環境を通って移動しているのかがわかれば、人間が土地を利用したり開発する際に、オオヤマネコが自由に移動できるルートを確保することも可能だ。

100匹近くが猟師の罠に

 前回カンジキウサギの個体数がピークに達していた1999〜2000年の冬、アラスカ州のブルックス山脈で、“ジャック・R”として知られる猟師が仕掛けた一連の罠に、100匹近いカナダオオヤマネコがかかったことがあった。アラスカ州では、免許を持っていれば罠でカナダオオヤマネコを捕らえることは合法で、捕らえる数に制限もない。

 驚いたジャック・Rは、アラスカ大学フェアバンクス校北極圏生物学研究所の生態学教授ナット・キーランド氏に意見を求めた。

 オスのカナダオオヤマネコは50平方キロ(約7キロ四方相当)ほどの縄張りのなかを移動していると考えられていた。ジャック・Rの罠は4倍の200平方キロにわたって仕掛けられていたが、そこに100匹近くという数字は、ネコが自分の縄張りを越えて移動していることが示唆された。

 こうして2015年、米国魚類野生生物局、米国国立公園局、アラスカ大学フェアバンクス校ボナンザクリーク長期生態系研究プログラム、そしてカナダの政府機関であるエンバイロンメント・ユーコンの協力による調査プロジェクトが始動した。

 プロジェクトの科学者たちは、毎年春になると、動物に痛みを与えない人道的な方法で、成長したカナダオオヤマネコを罠にかけ、GPS発信器のついた首輪を装着している。

 また、倒木の下や茂みに隠されている巣を探して、中にいる子ネコたちを取り出し、体重を測って片方の耳にタグを取り付ける。子ネコのうちからタグをつけておけば、成長した後も個体を判別できるためだと、キーランド氏は説明する。そして、自分の生まれた場所からどれだけ遠くまで移動したか、またどの個体が成長しても故郷を離れないかなどもわかる。

次ページ:なぜ長い距離を移動するのか

 オスは、メスよりも早い時期に生まれた場所を出る傾向にあるとキーランド氏は付け加えた。メスは比較的自分の母親の近くにとどまるが、オスは遠くへ行って新しい縄張りを作ることが多いという。

 ホボ以外にも、驚くほど遠くまで旅した個体がいる。オスのタグ番号700594(名前はつけられていない)は、2019年2月にアラスカ州ベトルズで首輪をつけられ、3カ月後には400キロ離れた北極海沿岸にたどり着いた。

 その後、東へ向かってサガバニルクトク川まで行き、さらに南へ方向転換してブルックス山脈のニグ川を目指した。2020年7月の時点ではまだ移動を続け、首輪の発信器も作動していた(電池が切れたり首輪が外れて、追跡できなくなることもある)。総移動距離は3200キロに迫ろうとしている。

なぜ長い距離を移動するのか

 ウサギやその他の獲物を求めて移動しているというだけでは説明がつかないと、サールフェルド氏は言う。

 2020年春、ウサギの数が増えていたとき、アラスカ漁業狩猟局が行った別の研究プロジェクトのために首輪をつけられたオスの個体が、アンカレッジからユーコン準州南西部にあるクルアニ国立公園まで1000キロ近く移動した。

「なぜ大のおとなが、豊富にエサがある場所を離れて別の場所へ行こうと思ったのでしょう」と、サールフェルド氏は問う。

 カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学の保全生態学教授で、カナダオオヤマネコを研究したことのあるカレン・ホッジス氏は、ノースウエスト・ボレアル・リンクス・プロジェクトのデータがカナダオオヤマネコの分散に関する過去の不完全な情報と一致すると話し、チームはもっと新しいテクノロジーと追跡ツールを使って調査を行っていると評価した。

 これだけの長距離を移動すれば、カナダオオヤマネコがどこにいても遺伝的に似ていることの説明がつく。「北米のどこへいっても、カナダオオヤマネコは同じです。彼らは移動し、その先々で交配しています。一カ所だけ変わった遺伝子が見つかるということはありません」

単独行動だけではない

 プロジェクトでは、カナダオオヤマネコについて他にも様々なことが明らかになった。

 例えば、巣の中には7〜8匹の子どもが見つかり、一度に生まれる子どもの数がこれまで考えられていたよりも多いことがわかった。ただ、これも今がちょうどカンジキウサギの個体数増加の時期にあたっているせいかもしれない。

 また、発情期ではない時期でも首輪をしたオスとメスが一緒にいることもあり、それほど単独行動が好きな動物というわけでもなさそうだ。2匹のメスが長い時間一緒に狩りをするケースも報告された。キーランド氏は、おそらく母親と成長した娘だろうと話している。

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2020 日経ナショナル ジオグラフィック社