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人類は3万年前に北米到達、新たな研究が物議

  • 2020年7月30日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 メキシコ中北部の砂漠の高山にあるチキウイテ洞窟。研究者たちは最初、数千年前の環境を調べるためにここに来た。ところが、期せずして古代の尖頭器(槍先)らしきものが発見されたことで、アメリカ大陸の歴史を書き換えるかもしれない10年近くにわたる調査が始まった。

 7月22日付けで学術誌「Nature」に発表された論文によれば、チキウイテ洞窟から見つかった証拠は、人類が約3万年前にはすでに北米大陸に居住していたことを示唆しているという。3万年前という年代は、現在の一般的な推定よりも2倍近く古い。

 人類がいつアメリカ大陸に到達したのかについては100年以上も議論が続いているが、およそ1万3500年前というのが長らく通説になっていた。しかし、近年の発掘によって、この年代は徐々に古い方へと見直しが進んでおり、3万年以上前に人類がいた形跡があるとする論文も発表されていた。その説を支持する証拠をめぐって盛んに議論されているところに今回の論文が発表され、早くも論争をさらに過熱させている。

「これほどまでの主張をすれば必ず国際的な議論を呼び、批判も浴びることになりますから、しっかりとした根拠を準備しておかなければなりません」と話すのは、米オレゴン州立大学の考古学者ローレン・デイビス氏だ。氏は今回の論文には関わっていない。「私にしてみれば、当然の主張です。到達年代は、これ以上早まりようのないところまで早まることになるでしょう」

チキウイテ洞窟から見つかったもの

 発掘の責任者であり論文の筆頭著者であるチプリアン・アルデレアン氏は、メキシコのサカテカス自治大学の考古学者だ。仲間たちとともに、傾斜した洞窟の床を3メートルの深さまで掘り、何千もの石を発見した。氏らはそれらを石刃、尖頭器、剥片石器といった道具だとしている。それらの材料になった石灰岩は、洞窟内には存在しない種類のため、外から持ち込まれたと考えられている。

次ページ:ヒトの化石は見つかっていない

 床の地層のあちこちからは木炭の破片も見つかっている。ヒトが燃やしてできたものか、それとも自然のものかは不明だが、放射性炭素を使った年代測定によれば、およそ1万2000〜3万2000年前のものだという。

 ヒトの化石は見つかっておらず、動物の骨もごくわずかだ。ヒトのDNAは地層から発見されているものの、それが古代のヒトのものなのか、調査の過程で混入した現代人のDNAなのかはわからない。

「チキウイテ洞窟の最大の功績は、確かにそこには何かがあるという、ほのかな明かり、小さなシグナルをもたらしたことです」と、2011年以来、発掘を率いてきたアルデレアン氏は言う。

 今日のチキウイテ洞窟を訪れた人は、こんな過酷で住みにくい場所をヒトがあえて選んで住んだわけがない、と思うことだろう。だがそれは正しくない。

 床の地層からは花粉や植物のDNAが見つかっており、ここがかつてはもっと涼しく、緑と水の豊富な場所であったことを示している。2万8000年ほど前のものと推定される深い地層からは、現在のメキシコには自生していないベイマツの痕跡が、ヒトが作った石刃と思われる石とともに発見されている。

 地球上で氷河が覆う広さが最大になった2万4000年前は、最終氷期最盛期(LGM)として知られる。その頃、チキウイテ洞窟のまわりにはビャクシン属(ヒノキ科の針葉樹)、マツ、トウヒ、モミが生い茂り、湖や温泉が点在していたと考えられる。「米国のオレゴン州やカナダのブリティッシュ・コロンビア州のようだったはずです」とアルデレアン氏は語る。「今とはまるで違う光景だったのです」

証拠に対する疑問

 通説では、LGM(およそ2万6500〜1万9000年前)にカナダを覆っていた氷床が徐々に後退していく中で、陸地になったベーリング海峡(ベーリング地峡)経由で人類がアジアからアメリカ大陸にやって来たとされる。チキウイテ洞窟において主張されている年代は、それとは相いれない。こうしたこともあって、「Nature」誌に掲載されたデータを見た外部の専門家たちは、今回の発見に関して慎重な態度を取っている。

 ヒトが作った道具だと著者らが主張する石は、特に厳しい目を向けられている。石が洞窟の外に由来するという証拠は示されたものの、それが実際にヒトの手によって作られた物なのか、それとも自然な地質学的作用によってできたのかはわからないと、一部の専門家は疑問を投げかける。

 オレゴン州立大学のデイビス氏は、米アイダホ州にあるクーパーズ・フェリー遺跡で発掘を指揮している。氏は、洞窟という環境では石が自然に欠け、人工物だと間違えやすい欠片がたくさん出来るのだと話す。

「忘れてはならないのは、石が壊れる物理的な要因はヒトだけではないということです」

 氏はまた、焚火の跡や刃物の傷が付いた動物の骨など、ヒトが住んだ他の痕跡がないことも気にしている。

「こうした遺跡で発見が期待されるものは数限りなくありますが、チキウイテ洞窟では壊れた石がいくつか見つかっているだけです」とデイビス氏は言う。「石を除けば、何もありません」。この論文自体は「興味をそそる」としつつも、氏は結論についての判断を保留している。

次ページ:年代が焦点に

 さらには、道具作りのスタイル、つまり、石が整形されたとすればその方法が、随分とユニークなものなのだ。

「見つかっている石がどれも、これまでに誰も見たことがないようなものであるのは興味深いです」。そう話すのは、米バンダービルト大学の考古学者トム・ディルヘイ氏だ。「今までに知られているものと全く似ていないものが見つかるということがあり得るでしょうか? それが、あり得るんですよ」

 というのは、氏にも似たような経験があるからだ。1997年にディルヘイ氏は、南米チリのモンテベルデ遺跡から、人類が約1万4500年前に同地に到達した証拠を発見したと発表。それまでの通説よりも1000年古い推定年代だった。この主張は激しい論争を招いたが、最終的には氏の説は受け入れられた。

 モンテべルデ遺跡で発見した石器については、自分も今回と似たような批判を受けたとディルヘイ氏は振り返る。チキウイテ洞窟の尖頭器らしきものは、メキシコ中北部で見つかっている後の年代の尖頭器に先行するものである可能性があると氏は考えている。

 だが、今回見つかった石器らしきものに技術的進歩が見られない点は懸念していると言う。床の地層から見つかった木炭の放射性炭素年代測定によれば、ヒトがこの洞窟を利用していた期間は2万年ほどだ。一方、モンテべルデ遺跡で見つかった石器は、数千年の間に明らかに変化した。しかし、もっと長い期間にわたってヒトが使っていたチキウイテ洞窟では、道具作りの技術に一切進歩の跡が見られないのだ。

 米オレゴン州にあるペイズリー洞窟遺跡の発掘を指揮する米オレゴン大学のデニス・ジェンキンス氏は、今回の論文に掲載された写真で見る限り、石刃とされるものがそれほど尖っていないように見える点が気になっている。「ただし、確かに人工物なのではと思えるものもありました」。また、石が洞窟の外に由来するという点は、ヒトが持ちこんで加工し、使っていたという主張に信ぴょう性をもたらしていると氏は言う。

 今回ナショナル ジオグラフィックが取材を申し込んだ研究者のうち数人からは、自身のコメントは控えるとしながらも、米テキサスA&M大学の「最初のアメリカ人研究センター」を率いるマイケル・ウォーターズ氏に尋ねるようにとの回答があった。ウォーターズ氏はアメリカ大陸における人類の定住についての卓越した専門家だ。

 氏からもコメントはなかったが、代わりに2019年に学術誌「Science」に掲載された氏の総説論文が送られてきた。現在の遺伝学的および考古学的証拠からすると、アメリカ大陸における人類定住が1万7500年前よりも早い時期にあったとは考えられないとする内容だった。

年代が焦点に

 チキウイテ洞窟の調査チームは現在、新たな論文を準備している。アルデレアン氏は、次に発表するデータが自分たちの説を補強してくれるものと信じている。とはいえチキウイテ洞窟は、人類がいつアメリカ大陸にやってきたかについて、より充実した複雑な絵を描くための数ある遺跡の1つにすぎない。アルデレアン氏は常々、チームにそう伝えていると言う。  

「この研究は、アメリカ大陸における人類の定住についての通説を見直す必要があるということと、定住の時代がもっとさかのぼる可能性を排除すべきでないということを示していると思います」と、チキウイテ洞窟の研究チームの一員である英ケンブリッジ大学の考古学者デブリン・ギャンディー氏は話す。

 しかし、彼らが提示した年代については「間違いなく激しい異議が唱えられるでしょう」とジェンキンス氏はくぎを刺す。「それについては疑いようがありません」

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