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アラブ初の火星探査機を打ち上げ、UAEの意気込み

  • 2020年7月23日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 7月20日午前6時58分、アラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「HOPE(アラビア語で希望を意味する「アル・アマル」とも)」を搭載したH2Aロケットが、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。

 打ち上げ後、ロケットから無事に切り離された探査機は、約28日後に地球の軌道を離れ、自力で4億9300万キロを旅して、2021年2月に火星の軌道に入る。UAEのムハンマド・ビン・ラシド宇宙センターで開発されたHOPEは、アラブ諸国初の惑星間探査機だ。

「この気持ちは、言葉では言い表せません」。UAEの先端科学大臣でHOPE計画の科学部門を率いるサラ・アル・アミリ氏は、打ち上げ後の感想をそう述べた。「これが、UAEの未来です」

 HOPE探査機の最大のミッションは、火星の1年にあたる687日をかけて、火星の大気と気象パターンを観測することだ。

 一方で、石油に依存してきたUAEにとっては、経済を多様化させ、科学技術の分野でイノベーションを起こしたいという狙いもある。かつて多くの科学的発見をもたらしたアラブ世界の豊かな歴史に、新たな1章を加えたいという強い期待がかけられているのだ。

「私たちアラブ人は、色々なものを伝統や過去と結びつけるのが好きですが、HOPEは未来を意味しています。争いから離れ、人類と経済の発展に焦点を置くという意味です」と、UAEにあるシャルジャ・アメリカン大学教授の宇宙物理学者ニダール・ゲッスーム氏は語る。

イスラム黄金時代をもう一度

 UAEの火星探査計画「エミレーツ・マーズ・ミッション」は2014年、ドバイ首長国のムハンマド・ビン・ラシド・マクトム首相によって立ち上げられた。マクトム首相はかねてから国の宇宙計画に注力し、2009年には初の人工衛星打ち上げに成功している。そして、UAEの建国50周年となる2021年12月2日までに火星へ探査機を送ることを目標にしていた。

「多くの人は、名声のためだろうと思っているようですが、そうではありません」と、ゲッスーム氏は言う。宇宙探査に焦点を当てることで、アラブ世界の若者たちが科学の仕事に興味を持ち、STEM(科学・技術・工学・数学)が盛んになることを、UAEの指導者たちは願っているのだ。

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 ペルシャ湾に面するUAEは、7つの首長国で構成される連邦国家だ。新型コロナウイルス感染症の流行で原油価格が急落する以前から、経済ショックや世界的な流れを受けて、湾岸諸国の石油依存経済が長続きしないことは明らかになっていた。そのためUAEは、今回のミッションをきっかけに、科学技術をベースとした経済に踏み出し、自国で活躍する世界的研究者を増やしたいと考えている。

 さらにもうひとつ、今回の火星探査はアラブ諸国にとって象徴的な意味も含んでいる。8世紀にはじまったイスラム黄金時代に、アラブとイスラムの科学者たちは、数学、天文学、医学、哲学の分野で飛躍的な進歩を遂げた。その歴史的遺産は、高い失業率、過激思想、難民問題、内戦、貧困に苦しめられている現代のアラブ人の感情を今も強く揺さぶる。

「昔は、ここから知識が生まれていました」と、HOPE計画のディレクター、オマー・シャラフ氏は言う。「現在の科学技術は、かつてこの地にいた科学者たちの成果によるところが大きいのです。彼らはそれぞれ、異なる背景を持ち、異なる民族の出身でした」

 火星探査は、中東や北アフリカでの競争を生み、それぞれのSTEM産業の発展に貢献するだろうと、シャラフ氏は期待する。地域の幅広い人材を活かすために、UAEはアラブ人研究者たちを採用して天文学や惑星科学の訓練を施す新たなプログラムを立ち上げた。こうした努力によって、アラブ諸国の若者たちが過激派集団へ加わるよりも科学を学ぶことを選択するようになり、さらに世界の他の地域への頭脳流出も抑えられると期待されている。

 UAEの宇宙プログラムは、これまでもいくつかの成果を挙げてきた。2018年には、ハザ・アル・マンスーリ氏がUAEの宇宙飛行士として初めて国際宇宙ステーションを訪れ、約1週間滞在した。その後マンスーリ氏は、全国を回って講演を行っている。2017年に創設されたUAE宇宙飛行士計画は、2117年までに火星に有人基地を作るという大きな目標を掲げた。

 さらに2018年には、UAEのエンジニアだけで建造された地球観測衛星の打ち上げも成功させた。このように早いペースで宇宙計画を進めることができたのは、彼らなりの国際連携に取り組んできたおかげといえる。

外国から科学技術を吸収

 HOPE計画が目指したのは、平均年齢27歳というUAEの科学技術者集団になるべく多くの専門知識を蓄えさせることだった。そのため、米コロラド大学ボルダー校の大気宇宙物理学研究所の協力を仰いだ。この研究所は、宇宙探査機や科学計器の製造で長い実績を持つ。その他に、アリゾナ州立大学やカリフォルニア大学バークレー校にも協力を依頼した。

 過去にUAEは、初の人工衛星建造の際に韓国とも協力している。おかげで、UAEの科学者と技術者は火星探査の専門知識を短期間で身に着けた。

次ページ:火星で何を調べるのか?

 コロラド大学大気宇宙物理学研究所のプログラムマネージャー、ピート・ウィズネル氏は、「UAEはあえて困難な方法を選びました。リーダーシップからエンジニアに至るまで、すべての段階において、深く関わっていたのです」と話す。

 UAEで火星計画が立ち上がってから6年間、全く何もないところからここまで来たと、アル・アミリ氏は言う。「宇宙科学という、私たちにとっては全く未知の新しい部門を作るところから始めました」。HOPE科学部門のメンバーは、80%が女性であるという。UAEでSTEMを学び、職業とする女性の割合が高いことを示している。

「私たちにとっては、いたって普通のことです。能力が認められる、それだけのことです」と、アル・アミリ氏は言う。

 ところが、建国50周年に間に合わせるために急ピッチで進めてきた計画が、直前になって大きな壁にぶつかった。新型コロナウイルス感染症の流行により、各国の空港が閉鎖され、産業は世界的にほぼ休止状態になってしまったのだ。

 シャラフ氏らは、計画を前倒しすることにした。日本到着後2週間隔離されることを計算に入れて、予定よりも早く先発チームを日本の打ち上げ場へ送り込んだのだ。探査機は、米コロラド州から最終試験のためドバイへ送られ、その後、名古屋にある中部国際空港を経由して船で種子島宇宙センターに到着した。

火星で何を調べるのか

 HOPE探査機は、2021年2月に火星に到着し、この惑星の赤道上空2万〜4万キロを楕円形に周回する予定。過去に火星に送られたどの人工衛星よりも高い軌道を周回することで、火星全体の気象パターンを観測することが可能となる。

「火星の気候システムは大変複雑です」と、フランス人宇宙物理学者で火星専門家のフランソワ・フォージェ氏は言う。例えば、火星の巨大な砂嵐は、時にこの惑星全体を包み込み、太陽の光を遮ることすらある。また、火星の大気のほとんどは二酸化炭素で、その一部は冬になると固体(ドライアイス)になって極冠を形成する。

 従来のほとんどの火星周回衛星は、極地の周りの低い位置を飛行している。こうすると詳しい地上の調査は可能だが、火星全体の気象パターンを見渡すことは難しい。HOPE探査機は赤道上空の高い位置を飛ぶため、1年間を通じて、広範囲な火星の姿を観測できる。

 火星の下層大気と上層大気間で起こっている対流を調べ、宇宙空間へ流れ出す水素と酸素を計測することもできるだろう。それは、かつて火星の大気にあった水がどのようにして失われ、生命の宿る惑星から死の世界へ変化したのかという長年の謎の解明に役立つかもしれない。探査機の軌道からは、最長12時間連続で1カ所を観測し続けられるので、砂嵐の発生など、リアルタイムで気象現象をとらえることもできそうだ。

 だが、こうした発見以上に、宇宙への進出はアラブ世界にとって重要な科学的躍進の第一歩であり、古い時代への回帰を意味している。

「かつて人々は共存し、お互いの違いを受け入れていました」。シャラフ氏は、中東で科学と文化が大きく発展した8世紀から14世紀までの時代について、そう語った。「互いの違いを受け入れられなくなった途端、私たちは後退を始めてしまいました」

 シャラフ氏は、火星への到達が新たな世代に夢を与えることを願っている。「この計画は、未来の英雄たちを作るという目的もあるのです」

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