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私たちはどうなる?米国で暮らすインド移民の不安

  • 2020年7月6日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 トランプ米大統領が、米国の移民受け入れを一時的に停止する計画をツイッターで発表したのは2020年4月、隔離が始まってから5週目のことだった。私、アイシュワリャ・クマールはインドからの合法移民で、米コネティカット州ハートフォードに住んでいる。

 このツイートは、私や現在米国で暮らす数百万の合法移民にとって、何を意味するのか? 私は、米ニューヨーク・タイムズ紙のウェブサイトを何度も更新した。最新の情報に飢えていた。

 情報は、断片的に入ってきた。「米国にいるビザ取得済みの人の排除に関しては、一言もない」と、ある記事は伝えていた。

 排除。

 巨大な石をのみ込んだような気がした。私は、自分が汚いと感じた。本当はここに属する人ではない、「よそ者」なのだと思った。翌日、当面の間、国外からのグリーンカード(永住権)の申請を制限する大統領令が出された。

 6月22日、別の大統領令により、今年中の在留外国人(H、L、Jのビザ保有者)の入国が一時停止され、移民の不安はさらに高まった。私の心には、疑問が渦巻いていた。すでに国内にいるビザ保有者は、どうなるのか? 国内からのビザ更新の申請は、どうなるのか? まさに傷口に塩を塗るようなものだと思った。

 私の家族は、1万3000キロ離れたインドのマドゥライに住んでいる。マドゥライは、無期限のロックダウン下にある。父は糖尿病で、心臓も患っている。マドゥライでは、2メートルの距離は、ほとんどの人が確保することのできない贅沢なものだ。現在、インドでは、確認されたCOVID-19の感染者数の合計は60万人を超え、1万7000人以上の死者が出ている。

 私は、あまり帰省をしない。よくて年に1度だ。しかし、いつもこう思っていた。いざとなれば、私が帰省することも、家族がこちらに来ることもできる。政府の政策とパンデミックにより、それが奪われることは堪え難い。

 インド、マドゥライの家族に電話すると、父はいつも明るい赤いバンダナを首に巻いている。人と接触する際に、鼻と口を覆う用意だという。家族はアパートに住んでおり、誰も外出を許されていない。ロックダウンの2週目、テラスに人がいないことに気づき、晩に散歩を始めた。汗が母の顔を滴り落ち、暑くなってきたと私に話す。南インドの夏のピークは、ちょうど今だ。

 私とパートナーは、遠く米国から、家族にとって今がどういう状況なのか、必死に理解しようとした。私がアマゾンやインスタカート(食料品や日用品の即日配達サービス)で食料品を注文するのに対し、家族は牛乳屋が新鮮な牛乳を家の外に毎朝配達し、八百屋が少なくとも1日に1度は新鮮な農産物を売りに来るのを待っている。父は特別な許可を得て、マスクと手袋をして、働く会社が主催するイベントに参加した。私は心配した。無症状のウイルス保有者からうつされたらどうするのか?

次ページ:移民にとって「家」とは

 伯母(母の姉)は、米国にいる。ペンシルベニア州立大学の学生である娘を訪ねて、インドから来ていたのだ。伯母は15年前、インドのベンガルールで、バイクから投げ出され、木に激突した。数カ所を骨折し、頭の骨も治療しなければならなかった。3カ月前、米国へ旅立つ直前に、はしごから落ち、再び頭をけがした。発作抑制剤を服用しており、想定していた短い旅行にちょうど必要なだけ荷物に詰めた。だが今、家に帰ることも、家族といることも、薬を補充することも許されない。

 2週間前、伯母の娘が、インドの医師に電話した。米国の医師に電話し、処方箋を米国の病院に送ってもらうよう頼んだのだ。数週間待ち、ようやく伯母は薬を手に入れた。「いつ夫に会えるのかは、わからない」と私に話した。「だけど、薬がある今は、少なくとも生き延びることはできる」

 ベンガルールでマーケティングマネージャーをしている私の妹プージャは、インドがロックダウンされる前に、ベンガルールを出る最後のバスの1つに乗り、マドゥライにいる両親のもとにたどり着いた。いつまた会えるのかは、わからない。今のところ私たちは、メッセージアプリのWhatsAppで連絡を取り、バーチャルでハグをしている。ただし、妹のインターネット接続は、途切れがちだ。

「今朝の顔を見せて」と妹が言うので、私は写真を送った。目の下には、クマができていた。この頃、睡眠中によく目が覚める。悪夢を見るのだ。

 私は、寝室が2つあるきれいなアパートに住み、オンラインのヨガを受講している。週末には裏庭の手入れをし、麺を一から作る。

 私の家族が経験しているのは、珍しいことではない。祖父母が初めて孫に会うのが窓越しだったり、化学療法中の妻の手を握ることができない夫や、家族から隔離された最前線の労働者がいる。そして子供は、親の葬儀をきちんと行うこともできない。だが、この距離、私が感じるこの縮めることのできない距離、これは移民にとって悪夢だ。

 親友のビシャカはライターで、移民でもあり、米ワシントンD.C.で一人暮らしをしている。彼女は、ロックダウン期間中を通して、インドの家族にインタビューをした。会話は、哲学的な質問で終わることが多いという。この生活で何を優先すべきか? 死ぬ時、この世に何を残したいか? 私たちにとって何が重要か?

 彼女と私は、家族から遠く離れて暮らすという選択をした。ここで自分自身の人生を築くことを選んだ。多くの意味で、ここが「家」になった。だが、向こうも、家なのだ。我々は、2つの場所に住んでいる。

「友人が、この社会的距離の確保は、2020年中は続く可能性があると言った時、私は家を失った」と、ビシャカは私に話した。「アイシュ、これほど長く人に会えない、特に家族に会えないなんて、どうしたらいいの?」

 移民にとって、家の意味は、絶えず変化する。家族のことか? 場所なのか? 今や、どういうわけか、その間のスペースのことになったのか?

 大統領のツイート後、私はマドゥライの家族に電話をかけた。母が画面に現れた時、目に涙が浮かんだ。母はいつものように私を慰め、最高の結果を願いなさいと言った。父は、「明日いる所を心配しなければならないとしたら、充実した生活を送っていると本当に言えるのだろうか?」と聞いた。少し間を置いて続けた。「だが今は、インドに帰って来るよう頼むことすらできない」

 その後数秒間、静寂が空気を満たした。私たちの呼吸だけが聞こえた。私たち3人の。私は言った、いつものように。「バイバイ父さん、気をつけて」

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