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米コロナ死者が10万人突破、本当はもっと多い?

  • 2020年5月28日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 米疾病対策センター(CDC)の死亡統計局のチーフであるロバート・アンダーソン氏は毎朝、米国の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死者数を最新のものに更新するという気の滅入る作業を監督している。この国の死者数は現在、世界最多だ。

「亡くなった方たちのために、重要な務めを果たしているのだと感じています。死者の数をしっかりと数え、彼らの経験が、他の人たちを助ける計画や政策に反映されるようにしているのです」と、アンダーソン氏は語る。

 2020年5月27日(日本時間28日)、米国の死者数がついに10万人を超えた。こうした数字は、科学者や政府関係者がパンデミックの深刻さを知り、検査や、物理的距離確保の要請といった予防措置を的確に講じるための指針となる。

 この作業は一見、遺体の数を数えるだけの単純なものに思える。しかし、たとえ最適な条件が揃っている場合でも、すべての死者数を集計することが困難であることは、過去の経験が示している。診断の見落としや変則的なデータ、予防接種を受けていないといった事情が関わる関連死は、今回のパンデミックの破壊力を曖昧にしてしまう可能性がある。

 新型コロナウイルスに関しては、他国でも同様のパターンが報告されている。イタリアの統計の暫定分析は、最も被害の大きかった地域の実際の死亡率が、公式発表のおよそ1.5倍になる可能性があることを示している。

 英国の研究チームは、年齢、慢性疾患、政府の対応などを加味したうえで、コロナウイルスが今後1年間の死亡率にどのような影響を与えるかを予測した。最悪のシナリオでは、英国内でさらに60万人近い死者が出る可能性があるという。こうした分析からわかるのは、新型コロナウイルスによる影響の全貌を明らかにすることは長期的な課題であり、常にある程度の不確実性を含むということだ。

「混乱が収まるまで、死者についての正しい集計はわからないでしょう。ですからわれわれは、データがそもそも不完全であることを自覚している必要があります」と、米エール大学の疫学者ダニエル・ワインバーガー氏は言う。「それでもこの情報を元に、数多くの重要な政治的決定が下されるでしょう」

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死者数を追跡する理由

 猛暑となった1665年の夏、ロンドンはペスト(黒死病)の流行に見舞われていた。このとき同市の役人は、市内で発生したすべての死者を、その原因とともにリストアップする「死亡表」を週ごとに作成していた。

 おかげで現代の歴史家たちには、同年に7万人近いロンドン市民がペストで死亡したことがわかっている。また、それとほぼ同数の人たちが、マラリアとみられる症状や、「歯とぜん虫」と呼ばれる謎めいた病が原因で亡くなっている。この死亡表から得られたデータは、集団の健康に関する、世界最初期の統計分析の基礎を形作った。

 現代においては、死者数の集計方法はより正確かつ洗練されたものとなっている。だが、こうしたデータの重要性が公衆衛生の核であることに変わりはない。

 米国では、だれかが亡くなった場合、葬儀社、医師、検死官は48時間から72時間以内に、その原因とともにしかるべき書類を州に提出することになっている。州はその後、データをCDCの死亡統計局に転送する。死因が自動車事故であってもCOVID-19であっても、プロセスはほとんど変わらないとアンダーソン氏は言う。ただし、ある人物が亡くなってから、その死が死亡統計局に記録されるまでには、1、2週間の遅れが生じる場合もあるという。

 米国ではずっと新型コロナウイルスの検査が足りていない。つまり、入院しているすべての人が必ずしも検査を受けるわけではない。だからこそCDCは、死因の確認について医師の判断に任せる場合もあるのだと、アンダーソン氏は言う。

 問題は、症状のみからCOVID-19と診断した症例(可能性例)を勘定に入れている州がある一方で、そうしていない州もあることだ。また、死亡診断書に記載されている原因が正確でない可能性もあると、ワインバーガー氏は言う。

 パンデミックの初期には、COVID-19による死者が見落とされていたケースもあった。また、死因の誤認は常に起こり得る。3月の肺炎による死者数の急増は、COVID-19によらないとされていたものの、CDCのデータを使って予備的な分析をしたところ、検査率が低いせいで誤った判断が下されていた可能性もあることがわかっている。もし検査がより広く行われるようになれば、こうした懸念は低下するかもしれないとワインバーガー氏は言う。

 予備分析を行ったエール大学のチームによると、米国が発表している新型コロナウイルスによる死者数は、可能性例を考慮に入れてもなお、著しく過少であるという。今回のパンデミックの発生源とされる中国、武漢市もまた、4月17日、新型コロナウイルスによる死者数を50%過小計上していたことを当局が発表し、その数は3869人に増加した。

「こうしたデータの集計に一貫したやり方は存在せず、数字は必ずしも正確とは限りません」。米メイン海事大学の危機管理防災学教授で自らを「災害学者」と呼ぶサマンサ・モンターノ氏はそう語る。

 パンデミックの初期段階においては、新しい情報が入るたびに、死者数が上向きにも下向きにも修正されるものだとモンターノ氏は言う。後から検死を行えば、真の死因がCOVID-19とは無関係の病気であることが明らかになる場合もあれば、検査が日常的に行われるようになる前のサンプルから、コロナウイルスの感染が明らかになる場合もあるだろう。

 わざと一貫しないやり方を行って、最終的な集計が影響を受ける場合もあると指摘するのは、NPO「人権データ分析グループ」の統計学者ミーガン・プライス氏だ。たとえばイラク戦争の最中、当局は死亡率を隠蔽したり、政治的に都合のいい物語を誘導するために、既存のデータから特定のものだけを選び出したりしていた。戦争はパンデミックとは扱いが異なるとはいえ、COVID-19のデータもまた、この種の操作の対象とされる危険性があるとプライス氏は考えている。

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流行のインパクトを示す「超過死亡」

 新型コロナウイルスによって世界中の人々の生活は根底から覆された。コロナ禍のさまざまな問題により、人々が死亡する可能性も高まっているとプライス氏は言う。

 手遅れになるまで病院に行かなかったせいで、心臓発作で亡くなる人がいるかもしれない。薬物を過剰摂取した後、社会的に孤立しているせいで命を落とす人もいるだろう。パンデミックの全容を理解するということは、こうした間接的な死者数を勘定に入れ、その数を過去数年と比較して、全体の死亡率がどの程度変化したのかを判断することを意味する。

 ワインバーガー氏らの分析によると、パンデミック初期、ニューヨーク州とニュージャージー州では、心臓発作や脳卒中など、一見呼吸器系ウイルスとは無関係と思われる死因も含めて、死者が1.5〜3倍に増加していることがわかった。

「日常的な予測範囲を上回る死亡者数の割合」と定義されるこうした「超過死亡率」の計算は、新型コロナウイルスの直接の犠牲者を数えるよりもさらにやっかいだと語るのは、英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで災害と健康を研究するイラン・ケルマン氏だ。

「地震は災害ではありません。システムが地震に対処できない時、それは災害となるのです」と、ケルマン氏は言う。また災害の余波は通常、最初の危機が去った後も長く続く。プエルトリコ大学と米ジョージ・ワシントン大学の科学者チームが、2017年にプエルトリコを襲ったハリケーン・マリア後に発生した超過死亡率を分析したところ、死者数の増加は少なくともその後1年間にわたって続いていたことがわかった。

 超過死亡とされる個々のケースが、本当にCOVID-19に関連しているかどうかを特定することは不可能に近い。

 米ジョンズ・ホプキンス大学の人口統計学者、ステファン・ヘレリンジャー氏らは、死者を一人ひとり分析するのではなく、統計ツールを用いて、パンデミックの最中に全体の死者数がどのように増加したかを推定している。こうした変化を計算するためには、パンデミックが発生していない年の米国の死者数パターンを詳しく把握している必要がある。計算には、細菌性肺炎やインフルエンザなどの季節性疾患の研究に由来するモデルなどが用いられる。

 たとえば、インフルエンザが猛威を振るっているシーズンには、心血管疾患による死者数が増加する傾向にある。この知見を基に疫学者は、新型コロナウイルスのパンデミックが起こった時、心血管疾患による死者数がどう変化するかを推測できる。

 問題は、パンデミックに対する世の中の反応によって、こうした仮定の多くが無意味になってしまう可能性があることだと、香港大学の疫学者ジョセフ・ウー氏は言う。パンデミックによるストレスとそれに伴う経済的混乱は、COVID-19とは無関係に、心血管疾患による死者を増加させかねず、それによって新型コロナウイルスと心臓発作との関係が歪められるかもしれない。

「目指すべきは、手に入る情報を最大限に活用し、可能な限りベストな数理モデルを作ることです」と、ウー氏は言う。

 また、そうした分析手法がどれほど精密になろうとも、それはあくまでも推定値に過ぎない。少なくともこの先2年間は、新型コロナウイルスによる総死者数は「まだわからない」としか言えないだろうと、プライス氏は言う。答えが出るのは、すべての検死が終わり、すべての書類が正式にまとめられ、データの質のチェックが済んだ後だ。

 真実に近づくには時間がかかる。だが、「わたしは科学を信じています」とプライス氏は付け加えた。

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