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コロナ患者、本当にこわい「免疫システムの暴走」

  • 2020年5月12日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 新型コロナウイルス感染症にかかった多くの重症患者にとって、最大の脅威となるのはコロナウイルスそのものではない。人体がウイルスと闘うために立ち上げる“戦闘部隊”だ。

 免疫システムは病原体から体を守るために不可欠だが、時に健康な細胞を傷つける激しい凶器にもなる。免疫反応が暴走する例の一つが、過剰な炎症を引き起こす「サイトカインストーム」だ。集中治療や人工呼吸器を必要とする場合を含め、新型コロナウイルス感染症の最も重篤な事例において、この現象が起こっているのではないかと考えられている。

 サイトカインストームは「新型コロナウイルス感染症にかかった人が亡くなる原因として最も多いものの1つ」と話すのは、米国ボストン市、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のアナ・ヘレナ・ジョンソン氏だ。

 臨床医や研究者たちは、現在も、サイトカインストームがどれほどの頻度で生じているのか、何がそれを引き起こすのかについて調べているところだ。こうした過剰な免疫反応は、新型コロナウイルス特有のものではないため、既存の治療法の中で有効だと思われるものの目星はついている。こうした治療法を他の治療薬と合わせれば、回復のスピードを早められるうえ、科学者たちがワクチンの開発を急ぐ間に致死率を下げられるかもしれない。

「それが、このパズルの鍵のようなものです」と、米ワシントン大学の免疫学者マリオン・ペッパー氏は言う。

免疫システムの暴走

 人間の体には、侵入した者を発見し退治する方法が用意されている。サイトカインは、こうした防御反応を調整するにあたり極めて重要なタンパク質だ。体の防衛軍を結集するために細胞からサイトカインが放出されると、極小の防犯アラームのような役割を果たし、免疫システム全体に侵入者の存在を知らせる。

 通常は、サイトカインの情報伝達によって免疫細胞および分子が感染箇所に動員される。防衛軍を動員する過程で、複数の種類のサイトカインが度々炎症を引き起こす。当該箇所での脅威が小さくなり始めると、サイトカインによる情報伝達は止まり、防衛軍は撤退することになるのが普通だ。

 しかし、サイトカインストームが起こると、「免疫システムが狂ってしまう」と話すのは、米コロンビア大学のウイルス学者アンジェラ・ラスムセン氏だ。サイトカインのアラームは止まるどころか鳴り続け、不必要に兵士を集め続けて、病原体そのものよりも体にダメージを与えてしまうことがある。たった一人の暗殺者を捕らえるために大軍を送るようなものだ。しまいには体全体が戦場と化してしまう。

 サイトカインストームが起こると、血管が大量の免疫細胞で詰まって交通渋滞のようになり、臓器に酸素や栄養分が届かなくなってしまうことがある。また、感染した細胞に向けられたはずの毒性を持つ免疫関連分子が、血管から漏れ出て健康な組織を損傷してしまうこともある。場合によっては、こうした分子の渦が呼吸困難を引き起こす。サイトカインストームが止まらない限り、患者は組織を損傷し、臓器不全を起こし、そして究極的には死に向かうことになる。

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 サイトカインストームは症状が表れてから最初の数日間で全身に広がり、驚くほどの速さで勢いを強めていく。こうした状態になるケースとしては、二つのシナリオが考えられる。一つは、免疫システムが新型コロナウイルスを体から駆逐し損ねて、サイトカインがとめどなく放出されることになってしまう場合。もう一つは、感染が収まってからもサイトカインが放出され続ける場合だ。

“嵐”を制御する

 サイトカインストームは様々な病気で見られる。エボラウイルス病(エボラ出血熱)、インフルエンザ、マラリア、エリテマトーデス、特定の種類の関節炎などだ。症状は人によって異なり、新型コロナの重症例における特徴もまだつかめていない。どういう人で起きるのかも定かではないが、遺伝的要因と年齢はいずれも関係がありそうだ。

 とは言え、サイトカインストームはある程度知られているものなので、対処法が開発されている。現在は新型コロナウイルス感染症における効果が検証されているところだ。注目が集まっているのは、重症患者において高濃度で見られるインターロイキン6(IL-6)と呼ばれるサイトカインだ。これに対する効果を期待されている治療薬の一つに、免疫細胞のIL-6受容体をブロックし防犯アラームが聞こえない状態にする、関節炎用のトシリズマブという薬がある。

 初期の複数の報告は、トシリズマブには効果があるとしている。米ネブラスカ大学医療センターの感染症専門医ジャスミン・マーセリン氏によれば、トシリズマブを投与された重症患者たちはその後回復するようだ。しかし、これまでに行われているのは事前に計画された臨床試験ではなく、その場その場でトシリズマブを投与された患者を追跡するものに留まると言う。

 トシリズマブを投与された患者を投与されなかった患者と比較しない限り、新型コロナウイルス感染症に対してどれだけ効いているのか、確かな結論を導くことは難しい。「投与なしに自力で回復していたかもしれませんから」とマーセリン氏は話す。

 現在、答えを出すために、対照群(臨床試験において、研究中の新しい治療を受けない群)を含めた臨床試験が世界で何十と行われている。たとえばフランスで進行中のものでは、64人の「中等症から重症」の患者にトシリズマブが投与され、通常の治療のみの65人と比較して、最終的に致死率および人工呼吸器の必要性が低くなることがわかってきている。

生死を分ける治療のタイミング

 炎症が起こる前にそれを抑える方法もありかもしれないと話すのは、米マサチューセッツ大学医学部の免疫学者、ケイト・フィッツジェラルド氏だ。治療薬としては副腎皮質ホルモンや、やはり関節炎治療薬であるバリシチニブなどがある。いずれも細胞が様々な種類のサイトカインを生成するのを止める。ほかにも、他の病気の治療法として臨床試験が行われているものに、機械で血中からサイトカインを取り除き、サイトカインストームの終結を早めるという方法がある。

 だが、死に至るウイルスを前にしているとあって、免疫反応を抑制する治療法に対して専門家たちは慎重になっている。

「こうした治療法のリスクは、真逆の方向へ行ってしまいかねないことです」と、マーセリン氏は話す。たとえば、免疫を抑制しすぎると、新型コロナウイルスと闘うことができなくなったり、他の細菌や真菌などの病原体が加わるかもしれない。新型コロナウイルス感染症関連での死亡例において、こうした危険な感染が原因となったものは少なくない。

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 ラスムセン氏によると、治療のタイミングも重要だ。サイトカインをブロックする治療薬の投与が早すぎれば、ウイルスが「暴走する」ことがあり得る。しかし、待ちすぎれば、患者を救うには遅すぎた、ということになりかねない。

 生死を分けるそのタイミングがいつなのかを示唆する研究はある。IL-6による防犯アラームを聞こえなくするケブザラという治療薬は、人工呼吸器や集中治療を必要とする「重篤」な患者には効果がありそうだが、一段階下の「重症」レベル以下の患者には、特に効果はないようなのである。

新型コロナウイルス感染症へのワンツーパンチ

 専門家たちは、サイトカインをブロックする方法は、ウイルスそのものを狙う抗ウイルス薬と組み合わせた時に最も有効かもしれないと考えている。

「免疫反応にばかり注目して、その原因となっているものを見ないのでは進展しないでしょう」とマーセリン氏は言う。

 先週、米国立アレルギー感染症研究所は、新型コロナウイルスの自己複製能力を弱めるレムデシビルという抗ウイルス薬が、新型コロナウイルス感染症からの回復をある程度早めるようだとの予備的な調査結果を発表した。現在、レムデシビルと組み合わせて臨床試験が行われているサイトカインストーム治療薬とのコンビネーションで、さらに成果が出るかもしれない。

 しかし、この戦術が万全だというわけではないと、マーセリン氏は言う。治療薬同士が干渉して効果を打ち消してしまったり、場合によっては患者の容体を悪化させることもあり得る。

 臨床試験が続く間もパンデミックは広がっており、「結論に飛びつきたくなるものです」とジョンソン氏は話す。「しかし、証拠が出るのを待たなければなりません。毎週毎週、新しい事実が判明するのです」

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